第52話「いらっしゃいませ」
「翔〜来たぞ〜」
「桜花ちゃん、来たよ!」
インターホンを通じて聞こえてくるのはとあるカップルの声だ。翔は結局、手間を省くことを最優先にして、カルマと蛍に同じ日にち、同じ時間に来てもらうことにした。
桜花も快く了承してくれたので、助かった。
翔は玄関の鍵を開け、二人を中に招き入れた。
カルマはジーパンにシャツ、と翔と同じような私服だった。
「よっ!」
「本当に来たんだな」
「おうよ。俺に二言はないぜ」
「本当だよ、全く……」
蛍の方をちらりと見る。
蛍はカーディガンを羽織り、短めのスカートをはいている。制服の時と、印象はガラリと変わり、年相応の可愛らしい面が強調されていた。
カルマの二言には蛍との交際も含まれていたのだろうかとふと思った。
蛍は蛍で、桜花と挨拶を交わしていた。
桜花の表情はとても穏やかなもので、安心しているな、と感じる。
「さ、上がってくれ。大したものは無いがもてなそう」
「そんなに気を使う必要はないぞ〜」
カルマが軽く笑う。
つられて翔が笑うと蛍と桜花が顔を見合わせて「仲良いね」などと、言い合っていた。
「私がしますよ」
お茶などの準備をしていると桜花から声がかかった。しかし、もうほとんど終わってしまっていたので、翔は「ほとんど終わった」と苦笑気味に答えた。
しかし、そう言っても桜花は翔の元から動こうとはしなかったので、仕方なく配膳は手伝ってもらうことにした。
「居た堪れないので……」
主語も何も無かったが、翔の不思議そうな顔から察したらしい桜花が恥ずかしそうに言う。
分からなくもないな、と翔も納得した。
カルマ達はつい先日付き合い始めた新カップルだ。あのメールからまだ一週間も経っていない。二人きりの雰囲気を醸し出してしまい、桜花が居た堪れなくなるのも無理はないだろう。
「持ってきたぞ」
「良きに計らえ」
「誰様だよ」
「お客様……?」
「どうして疑問形……」
何かボケて来るとは思っていたが、途中で歯切れが悪くなった。
「ありがと〜。今日は桜花ちゃんに美の秘訣を聞きに来たから、色々教えてもらうね!」
「秘訣と言われましても……。蛍さんも充分可愛いではありませんか」
「顔。顔が緩みすぎてるぞ」
どうしてカルマが照れる。
蛍は逆に頬を膨らませ、「全然だもん!」とご立腹だった。
翔から見れば、どちらも相当に可愛らしい顔付きなのだが、蛍は桜花に負けたと思っているらしい。
「翔は双葉さんと住んでるのか?」
緩みまくっていた頬を戻し、茶を啜ったカルマは翔がドキッとするようなことを訊いてきた。
「まぁ、色々あってな」
「やけに仲良いな」
はぐらかすように答えたが、中々に見逃してはくれないらしい。
そう言えば、どうしてそんなことも知らなかったのに玄関先では驚いた様子がなかったのだろう。
「何で今更そんなことを聞くんだよ」
「ん?いや」
「やっぱり当たってたんだ!すごい!」
答える気がなく言い淀んだカルマだったが、話を聞かれていたようで蛍が割って入ってきた。
「当たったって何が?」
「カルマくんの推理?みたいなやつ」
「推理ですか……。探偵さんみたいですね」
「そんな大したものじゃない」
「もう、謙遜のし過ぎは良くないんだよ?」
唯一、理解している蛍がお小言をちくりと零す。
「翔くんと、桜花ちゃんがもしかしたら一緒に住んでいるんじゃないかって昨日電話で言ってたの」
何?!電話だと?!
推理云々よりも彼女と電話する方に興味が湧いた翔は後でどんな話をしたのか聞こうと決意した。
「それはどうしてでしょう」
「簡単なことさ」
「学校で桜花ちゃんは翔くんにしか心を開いてないでしょ?それで話している人も私達を除外するといないし。そしたら、翔くんと何かしらの関係があるんじゃないかって」
カルマがロンドンの探偵のようにキメ顔で論理的に説明しようとしたところを蛍が続け様に話してしまい、完全にタイミングを失っていた。可哀想に。
あとで、電話でどのような話をしたのか聞こう。
「関係があるだけで、そんなにすぐ一緒に暮らしてる、って発想になるか?」
「う〜ん、可能性として残っていたのは単なる仲良し、幼馴染、一緒に暮らしている、の3つだったなぁ」
幼馴染で一緒に暮らしています、とは言わない方が良さそうだ。
背中に冷や汗を流していると、カルマがぼそっと呟いた。
「お弁当だな」
「弁当?」
「双葉さんと翔の弁当が一緒だった。一日だけなら軽く流してただろうけどずっと続いていると流石に疑わしくもなる」
「言われてみれば……」
「確かに同じ中身でしたね……」
そのようなところまで注視しているカルマに驚きを隠しきれない。
「幼馴染でも弁当の中身は毎日同じにはならないだろ?」
「まぁ……それは、そうだな」
「えぇ……そうですね」
幼馴染であることは黙っておく。
カルマはこれで説明終了、とばかりに茶を啜った。
死角の場所からナイフで突き刺されたような気分に襲われるが、なるほどなぁ、と感嘆してしまっている自分がいたのも確かだった。
「お茶いれるね」
「ありがと」
飲みきったのを見計らってか、蛍がカルマの湯呑みを取り、テーブルの上に置いてあったお茶容れから茶を注いだ。
後でおやつの時にはジュースも出す気でいるが、いらないような気がしていた。
「すっかり恋人ですね」
「仲がいいのが一番だよ」
「ふふ。そうですね」
仲睦まじく言葉を交わしている2人を見ながら、桜花と話す。
すっかり恋人、というのは距離のことだろう。ほぼ密着する程の距離でいる二人は嬉しそうに微笑みあっていた。
「仲良しさんです」
ずっ、といつもより翔との距離を詰めてきた桜花に翔は何も言わなかった。
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