第45話「庇護欲の抑制」


「響谷くん、お弁当を食べる時間が無くなりますよ?」

「今から食べるの?早くしないと終わっちゃう!」


 呆気に取られてぼーっとしていた翔を桜花が現実に引き戻した。

 桜花の方を見るともう半分程を食べ終わっていた。ここから食べ始めても追い抜かすことは出来ないだろうな、とふと思った。


「私に構うことなく食べて食べて!」

「蛍さんは食べないのですか?」

「ん〜、もう済ませちゃったの」


 翔は急いで包みを開け、弁当を頬張った。あと残り時間は10分ほど。時間との勝負なので会話は出来るだけなしにしたい。


 幸いにも桜花に今回は話し相手がいるので大丈夫そうだった。


「蛍さんは響谷くんの事を知っているのですか?」

「カルマくんから聞いてる」

「カルマくん……」

「繰り返されると何だか照れちゃうな……」


 桜花が繰り返すと、蛍はさっと頬を染めた。


 ここで、カルマの気持ちになって考えてみる。


(大丈夫だよって頭撫でてあげたい!)


 翔は親友の気持ちをまた一つ理解することに成功した。

 翔とカルマの感性が同じなら、の話だが。


「別に普通だからね!翔くんもそう思うでしょ?」

「げほっ……げほげほ……うん」


 何とか口から散弾の発射を食い止めることが出来たが、その時に生返事で返してしまった。


 フレンドリーな会話というものはこういうものなのかなぁ、だとしたら一生かかっても無理だなぁ、と翔は会話一回目で既に諦めかけていた。


 そんな翔に追い討ちをかけるように、蛍は翔にとっては爆弾となる発言を繰り出した。


「私の事は呼び捨てでいいよ」

「分かった」

「響谷くん……」


 何か言いたそうにしている桜花だったが、翔が一心不乱に弁当をかきこみ始めたのを見て、やめた。


 翔は桜花に後で詰め寄られそうだなぁ、と思った。理由はさっぱりわからなかったが、直感的に察した。


「桜花ちゃんは本当にもう大丈夫なの?」

「えぇ。響谷くんと蒼羽くんが助けてくれたので」

「カルマくんも?!」

「そうですよ」

「意外だな〜」


 桜花は疑問符を浮かべる。勿論、隣で聞き耳を立てながら弁当にラストスパートをかけている翔も同じだ。


「カルマくんはそういう暴力関係は無理なんだろうなって勝手に思ってた。そうなんだぁ、かっこいいな」

「かっこいい、ですか?」

「どんな窮地にでも助けに来てくれる人はかっこいいと思う」

「響谷くんとカルマくん、どちらもですか?」

「うん。私はかっこいいと思う」


 はっきりと言い切られ、桜花の方が恥ずかしそうにしていた。


 翔はお茶を飲み、一息つく。心を落ち着かせるためでもあった。


 蛍は翔がわざとらしく茶を飲んでいたせいか、動揺しているのを察したらしく、ふふ、と微笑んだ。


 かっこいい、には心当たりがある。


 熱が出ている状態でタックルのようなものしか出来なかった翔と比べて、カルマは須藤の力を片手で容易く止め、反撃した。


 あの光景は間近で見ていた翔でさえ、興奮し見蕩れたのだ。

 少なからず関係を持った女の子が見ていれば間違いなく惚れるだろう。


 時計を見ようと目を向けると、カルマと視線が交差した。どうやら、何を話しているのか気になって仕方がないらしい。


 後で教えてやろうかと思ったが、カルマが居ないからこその言葉だろうし、まだ気があるのかどうかさえはっきりとは分かっていないので黙っておくことにしようと決意した。


「そんなにはっきり言うと勘違いされるぞ」


 こくこく、と激しく首を縦に振って同意を示してくれる桜花が可愛らしかった。


「勘違い?」

「男は単純だから」

「えへへ、勘違いじゃないのかもしれないよ?」


 くすっと妖艶に笑う蛍は可愛らしいというよりも大人の美しさのようなものが漂っていた。


 翔は先程が初めての会話だったが、それでも蛍の普段の様子と今の様子の印象の与え方の差は身に染みて感じていた。


 これ程の表情の変化は桜花にはない。


「僕はどっちでもいいんだけどね」

「そうなんだ。なら、勘違いって……」


 翔は男子、としか言っていないが蛍には少なからず心当たりがあるようだった。それがカルマであることを祈りつつ、翔は蛍の問いに答えなかった。


「どうして翔くんはどっちでもいいのですか」


 折角、沈黙をしていたのに、桜花が不思議に思って仕方がない!というような表情で訊ねる。


「……僕は勘違いとかしないし」

「ふぅん」


 苦しい言い訳だった。

 蛍は何かを読み取ったのか意味ありげに相槌を打ったが、逆に桜花は文面そのままを受け取ったようで、何も言わなかった。


 嘘をついてしまったかのような背徳感に苛まれる。


「羨ましいです」

「双葉も分かるようになる」


 桜花は眉尻を下げて困ったように笑った。


「翔くんも大変だ」

「それってどういう意味?」

「何でしょう」


 にへら、と屈託なく緩みきった顔で笑った蛍はそれ以上何も言うことなく、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、それ以上聞くことは叶わなかった。

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