第29話「温泉で秘密の話」


 ことん、と良く響く浴場。

 翔と修斗は温泉の大浴場に肩までゆっくり浸かっていた。久しぶりの大きなお風呂に心が踊る。


 翔の身体の傷を修斗は見て見ぬふりをしていたため、翔も気付かれたとは思っていない。


 男のシンボル云々の話は「ようこそ実力至上主義の教室へ」の中だけで充分なので、ここでは色々な人がいます、とだけ付け加えておく。特にお腹の大きいおじちゃん。


 軽く10分ほど一言も話すことなくじっくりと堪能していると、修斗が頃合を見計らっていたのか口を開いた。


「約束を果たそうか」

「何で「懐かしい」なんて言葉が出てきたんだ?」

「逆に聞いてみようか、どうしてだと思う?」


 翔は少し考える。

 梓と桜花がくっついていた時に修斗は「懐かしい」と言った。

 つまり、その時の光景は初めて見たものでは無いということだ。


「前に見た事があったから……とか」

「ご名答。私は前にも似たような光景を見たことがある」

「見たって……一体?」


 尚も首を傾げる翔に修斗は少し大袈裟にため息をついた。


「桜花や梓は翔が気付くまで黙っておくつもりのようだが……。これではそのまま終わってしまうな」

「気付くって?僕が?何に?」


 疑問詞しか浮かばない程に謎が広がっていく。何か知っているようで翔には隠している事だということまではわかるのだが、それが何のことであるのかは皆目見当もつかない。


「翔、どうして桜花が家に来たと思う?」

「それは身寄りがなかったからだろ?」

「翔は身寄りがなかったら他人の家に行くのか?」

「それは……」


 本来なら行政機関が噛んでいる正当な施設に入るのが筋だろう。他人の家にお世話になる、という発想は翔にはなかった。


「でも、実際に双葉は我が家にきたじゃないか」

「そうだ。だが、血は繋がっていない」


 そんなことは翔にだって分かっている。実は双子の兄妹でした、なんてオチはありえない。

 単に認めたくないだけかもしれないが、隠し子をする必要が無い。それが一番の理由だ。


「だったらどうして……」

「そんなに難しく考えることは無い。とても簡単な事だ」


 血の繋がりはない。

 他人。

 普通はそんな他人の家に居候はしない。

 しかし、現実では美少女が翔の家に居候している。

 まるで遊びに来ているかのように。


 遊びに来ているかのように?


 翔の中で歯車が一つ、噛み合った。

 家に遊びに来るのは仲のいい友達ぐらいが関の山だろう。


 という事は……。


「親同士が友達……?」


 それしか考えられなかった。


「桜花の親とは中学生からの仲で今でも連絡を取りあっている」

「母さんも?」

「勿論、向こうの母さんと仲良しだ」

「エリートさんだと母さんから聞いてたんだけど」

「エリートだな、確かに。父さんも母さんもエリートなんだぞ?」


 エリートは自分でエリートだ、とは言わないような気がしたが軽く流しておく。


「僕は会ったことがある?」

「物心つかない時に一度抱いてもらった気がするが……。その辺は母さんの方がよく覚えているはずだ」


 翔に向けてだからなのか、梓、という名前呼びではなく母さん、と呼ぶ修斗。


「双葉と会ったのかどうかも分からないよな……」

「あれだけ美人さんなら覚えていそうなものだけど、覚えてないのか?」

「美人て……」

「ここは男同士、隠し事はなしで本音を語るんだ」


 修斗の目が熱かった。炎のように燃えていた、と言うより炎だった。

 あとで、梓に聞かれたら当分は逃がされないだろうなぁ、なんて他人事のように感じながら頷いた。


「綺麗だとは思う。けど、だからこそ僕じゃない気もする」

「ははぁん、桜花の事が好きなんだな?」

「何でそんな解釈になるんだよ……」

「どうでもいいなら、「僕じゃない気もする」なんて言わないさ。少なからず気にはなっているんだろう?」

「まぁ……否定はしないよ」


 実の親の前では取り繕ってもあまり意味はないな、と感じさせられた。

 一緒に住むことになって、四六時中隣に美少女がいるのだ。初めはなんてこと無かったが、段々と桜花の一挙一挙を気にしだしたと自覚した時にはもう遅かった。


 気にしない方がおかしいだろう。


 お隣の天使様の周くんとかはおかしいのだ。理性強すぎ問題。


「ただ今の翔だと、その恋は実らない」

「イメチェンでもしろってか」

「そうじゃない。まだ気づかなければならないことがあるということだ」

「何だよ……」

「これ以上は流石に辞めておこう。私もまだ死にたくはない」


 どうせ、死ぬ、と言ったって寝させてくれない、とか、財布にあるお金が消えていく、とかそんなところだろうに。


 翔はふと、あることを訊ねようとした。


 無意識の時に記憶の底にあったものと現実が重なる現象のことだ。

 これが意味するものを何か修斗は知っているかもしれない。


「なぁ父さん」

「どうした?」

「……なんでもない」


 だが、聞けなかった。

 知っているかもしれないと期待していても答えを知るのが怖かったのだ。答えは自分で見つけたい、とそう思ったのだ。


「やりたいことをやれ。そうすればあとはどうにかなる」


 修斗はざばぁっと湯船から立ち上がる。

 その言葉は何か大きなものを含ませているような気がしたが、真意を図ることは出来なかった。

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