第28話「楽しい時間は終わります」
翔達は散策することにした。
小腹も満たされ、ぶらぶら歩く兼ショッピング、といった感じだ。
今になって鮮明に思い出せるドーナツ事件(勝手に命名)は座った場所が周りからは見にくい場所だったため人の視線はあまり感じなかった。
翔が、感じなかっただけで、みていた人は少なからずいたのかもしれないが、それでも最小限の人数で済んだのは僥倖だと言えそうだった。
桜花もやりすぎた、と反省しているようなのでお互いにもう引き合いに出さないことにした。
「疲れた……」
「まだ10分も歩いていません」
「そういう意味じゃなくて。気力の方が……」
「私といることが苦痛なのですか」
「だからそうじゃない。感動とか緊張とかするとその後にどっと疲労が押し寄せてくるんだよ……」
映画、ドーナツ事件。
このダブルパンチは翔の気力を削り切るのに、充分な威力だったようだ。
桜花もそれは分かっていて、あえて斜め上の回答を返した。
「分からないこともありませんが、日頃で、無さすぎるのが行けないです」
「ごもっとも」
「あと、緊張は私の方がしました」
う〜ん……。何だかなぁ。
翔の本心では翔の方が緊張したと思っている。
しかし、ここで張り合っても最後には結局、相手に緊張させられたと言うことになることを気付いたため、ごもっとも、と流しておいた。
「何にせよ、あれは事故だから」
「掘り返さない、と決めたのに……」
「これは双葉がきっかけだろ?」
「私は「私の方が緊張しました」といっただけで、その事を言っているのではありません」
「その事以外に緊張することなんてなかったろ……」
翔は言葉遊びに絡まれて狐に包まれたような気分になった。
上手くはぐらかされている気がする、というやつだ。
「響谷くん」
「ん?」
「これ、どうでしょうか」
ふらっと立ち寄ったのは洋服屋。目的のない散策なので、声さえかけてもらえれば翔はそれに従っていく。
呼び止められなかった場合、翔は気付かずに行ってしまう可能性がある。
「綺麗だな」
「セール中だそうですよ」
今日は何かとセールが多いような気がする。
翔は桜花が自分の身体にぴったりと当てて、感じを訊ねて来たので、最初に感じたことをそのまま口にした。
白のワンピースが、なかなかどうしてよく似合っていた。
「セールばっかりだな……店閉じるのか?」
「セールには良く会いますけど、閉店セールという訳では……」
桜花も自信が無いので言い切ることが出来なかったようだ。
翔は別に閉店セールだろうが、普通にセールだろうが、タイムセールだろうが、何でも良かった。
セールのことについて語りたいのではなく、話のきっかけにと思っただけだったのだ。
ところが、真面目に返されてしまいどこか不発したような気もする。
「買うか?」
「どうしましょうか」
桜花が悩んでいるのは最近、梓が桜花のためにと結構な枚数の服を買ってきたからだった。中にはネグリジェのようなものも見えたような見えなかったような……。
翔のために着てくれることは確実にないだろうが、あるという存在だけは知っていた。
「一着ぐらい自分で買った服があってもいいと思うけどな」
「買ってはくださらないのですか?」
「そんなことを言ってきながら実は心の中で「流石にここまで甘える訳には」とか考えてるだろ?」
「どうして分かったのですか」
「見てれば分かる」
図星をさされて桜花は少し目を逸らした。ブーメランが見事に返ってきて、突き刺さってしまった。
「……買ってきます」
「その辺で待ってるよ」
翔は桜花の不自然な様子に気付かなかった。
白いワンピースを着た桜花を想像すると、周りの風景は何故か緑の綺麗な公園や、噴水のある広場が映る。
白は清潔感を引き出す色として有名なので、そこから引っ張られてしまったのか。
「翔」
そこまで思考を巡らせたところで、聞き慣れた声に呼ばれた。
「あれ?今日はもう終わりか?」
「まだよ、後は温泉が残っているの」
「翔、桜花は?」
「奥にいるよ。すぐに来る」
梓と修斗が翔と合流した。
どうして一緒に並んでやらないのか、と両親から視線で言われるが勿論分かるわけがなかった。
「買ってきました」
「お疲れ様。もうここでやり残したことはないか?」
「唐突ですね……。特にこれといってはないですよ」
「温泉に行く」
「は?」
桜花が冷気を伴う声を出す。
過剰なまでに勘違いされていることは桜花の顔を見なくても分かった。
「勿論、男女別だぞ?僕は父さんと、双葉は母さんと」
ここでようやく桜花は翔の後ろにいた梓と修斗に気づいた。
「どうして温泉なのですか?」
「それはね〜、私が修斗さんにお強請りしたからよ」
おねだり、が「お強請り」に聞こえたのは翔だけだったのだろうか。
ちらり、と修斗を見ると、ははは、と乾いた笑い声が聞こえてきた。
「強請った理由は?」
「え?聞きたい?」
「やっぱりいい」
わざとらしく聞き返されたので、理由は何となく察した。
桜花はクエスチョンマークを頭上に浮かべていたので、いつものあれだ、と呟くと納得したようだった。
両親の甘々エピソードなど子供が聞きたいはずがない。
「行きたいです、温泉」
やはり、日本人というべきか。
桜花は嬉しそうに言った。クールに佇んではいるが、犬のように尻尾があれば今頃、ブンブン振っているだろう。
「桜花ちゃん可愛い〜!!」
梓が抱きついた。
桜花は困ったような顔をしていたが抵抗しようとはいなかった。
「なんかいいな」
「悪かったな、娘じゃなくて」
「息子がいたからそう思うのかもな」
修斗は翔に近付いてわしゃわしゃと頭を撫でた。
可能性だったものが叶う喜びは元からあったものよりも随分と高くなるだろう。梓のそれは顕著で同性でそれなりに時間経ったからか遠慮がまるでなかった。
「懐かしいよ」
「懐かしい?」
繰り返した時にまた記憶の蓋が開いた。
記憶の中にあった写真のような1ページに今広がっている光景に似たようなものがあった。この大人の方は梓だろう。
しかしこの小さい子は……?
記憶がはっきりしないためな性別が見分けられるほど大きくないからか、ともかく翔には男の子か女の子か判断できなかった。
「温泉なら男同士で話もできるから、その時にな」
修斗に声を掛けられて現実に引き戻される。
翔は約束、と言いながら乱された髪をいじった。
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