第27話「Mr.Donuts」
到着した2人は早々に物色し始めた。
品揃えが最も良いと評判のこの店舗は翔のお気に入りでもあった。
桜花も初めてという訳では無いだろうがここまで多くの種類が一度に並んでいるのを見た事は初めてなのか、目を輝かせて、驚いていた。
「空席があって助かった」
「そうですね。100円セールですし、僥倖と言えそうです」
嬉しそうにトングを握りしめる桜花に翔は苦笑をもらした。
声色がうきうきを全くといっていいほど抑えられていなかったので、抑えられている顔とのギャップが少し面白かった。
「僕はこれにしようかな。ゴールデン」
「では、私はこの王道を」
あまり多く買っても食べられないし、何より夕食に差し障るので、ドーナツは一個ずつにしておいた。
飲み物はジュースかコーヒーか迷ったが、桜花が間髪入れずに「コーヒーで」と注文したので同じものにしておいた。
一緒のものを飲みたかったのではなく、大人びた感じを醸し出したかったのだ。
「久しぶりに来た。ドーナツなんて、ここ2年は食べてないなぁ」
「私も久しいですね。いただきます」
ここも翔が出しておいた。
ドーナツは運が良くて100円だったし、飲み物もそこまで高い訳では無いので、あまり痛くはない出費だ。
桜花は小さい口でぱくりと噛み付いた。
桜花のドーナツは王道のポン・デ・リング。
翔ならば、あの丸い部分を一口ずつ頂いていくのだが、桜花の一口はリスの如く小さかった。
「何ですか、じろじろ見て」
「じろじろは見ていない。けど目の前に座ってるんだから見えちゃうんだよ」
翔はそう言って大きく噛み付いた。忍ちゃんも大好きなゴールデンチョコレートのゴールデンがぼろぼろ零れ落ちていく。
後で集めて食べるのが好きなのだが、桜花に何を言われるのか分からなかったので今回は自重しようと決めた。
「美味しいです」
「それは良かった」
翔が作った訳では無いのだが、美味しそうに食べ、目を細める桜花を見ているとそんな言葉しか返せなかった。
「折角ですし、一口どうぞ」
桜花は翔の一口の目安にしているぴったりの部分を手で千切り、翔に差し出した。
別にいらない、と拒否すればよかったのかもしれないが、好意であることは分かっていたし、何より一緒に共感して欲しいのだという気持ちが伝わってきた。
その気持ちは偶然にも翔と同じだったので、翔も桜花と同じように自分のドーナツを桜花が一口で食べられるほどの大きさに千切った。
そして、同じように差し出した。
「折角だから僕の方のも食べてみてくれ」
「出来れば受け取ってからそうして欲しかったです」
桜花が苦言を言うのも当たり前だった。
お互いの手にはどちらの手にもドーナツが乗っている。だからどちらかが一旦置く、食べてしまう、などをしなければ相手から受け取ることが出来ない。
「そのまま動かさないでくださいね」
そう言ったかと思うと、桜花は翔の差し出したゴールデンに食らいついた。
ドーナツを持っていた手に桜花の唇が少しだけ触れる。翔は心臓が飛び出てくるかと思うほど、ドキッとした。
ちろっと舌を出し唇の周りについた砂糖の粉を舐めとっている様子が変に艶めかしく見えた。
半ば放心状態に陥っていると、桜花はぐっと更に突き出してきた。
「響谷くんも食べてください」
「ありがたくいただきます」
「このまま食べてください」
「僕の手はもう空いてるよ!?」
翔の中は「ポン・デ・リング食べたい」と「餌付けされるように食べるのはちょっと……」の板挟みになっていた。
翔の手はフリーになったのだが、桜花は頑として翔の言い分を聞かなかった。
意固地が発動したのだ。
翔がもう一度だけ、手が空いていることを言うと、
「私だけ恥ずかしいのは嫌なので同じ体験をしてください」
紅くなったり真顔になったりしながら返された。そんなことを聞いてやる人間は居ない。
当然、翔もわざわざ恥ずかしい思いをしたくはなかった。だが、一瞬の自分の羞恥心のせいで、これからの桜花との関係が狂ってしまいそうな気がした。
だから、だろうか。
「動かすなよ」
翔はとってもとっても甘くなったドーナツを味わうように咀嚼した。
「……超甘い」
「ドーナツですからね」
「分かってて言ってるだろ」
「さて、何のことでしょうか」
惚けているが、頬が染っているのでバレバレであった。そのことを指摘してみると、「響谷くんもです」と返されて慌てて手を頬に当てる。
多少熱っぽいかな、と思ったタイミングでくすくすとおかしそうに笑う桜花に、ダマされた、と悟った。
「卑怯だ!」
「どうせなら鏡で自分を見てみますか?」
そう言って手鏡を渡してこようとする桜花。
「いや、謝るので許してください」
もう本当だったとしたら洒落では収まらない。翔は何とか手鏡の出現食い止めた。
「そうですか……。いつもと変わらない普通の顔ですけどね」
そう言っていつも以上に笑う桜花に、翔はばつの悪い顔を浮かべるしかなかった。
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