第16話「幼馴染には戻れない」


 眠かった。

 少し男の見栄を張ってしまい、「好きなだけここに居てもいい」みたいことを言ってしまったため、翔から言い出すことは絶対に無理な事なのだが、いつもより少し遅くなるだけでこうも眠気が酷くなるとは思わなかった。


 桜花のいつもの就寝時間は知らないが、平気そうなので翔より早く寝ているということは無いだろう。


 きっとこの睡眠時間の差に勉強時間が絡んでくるのだろうが、そこまでやれるほど翔はまだ身が入らなかった。


 どこかの恋愛は不器用な癖に勉強はできる生徒会長には心から尊敬する。さっさと完璧な副会長とくっついてもっとイチャイチャしろ!


「眠いですか?」


 翔が今後のマンガの展開に心の中で砂糖を吐いていると顔に眠気が出てしまっていたのか桜花がそんなことを聞いてきた。


「眠いわけがないだろ?僕は日々10時間勉強してるからな!」

「学校での授業時間も換算していますよね」


 世の中には、と話そうとしたが、この場合は翔が自分の首を絞めることになる。それを目前で察し、思うだけに留める。


「双葉の方が勉強してるもんな」

「私と響谷くんはあまり変わらないですよ?日々30分程でしょうか」


 つまり、翔が寝てから30分は勉強しているということになる。


 やはり、そこの差であったか。


「その差は大きいと思うけど」

「なら、響谷くんもやりますか?」

「いえ、結構です」


 これ以上勉強漬けにされては堪らない、と翔は食い気味で断った。

 桜花も断られることは前提で訊いたようで、くすくすと笑っている。


「分かってて聞いたろ」

「えぇ。響谷くんがこれ以上勉強するとはとても思えませんでしたし」

「左様で」


 事実その通りなので何も言い返せなかった。


 カルマであればべしべしと叩いてやり返すのだが、そんなことをする訳には行かないので、翔はくるくると椅子を回して代わりにした。


「GWはまだまだ先だぞ?」

「それでも楽しみです」


 梓が直近の事のようにゴールデンウィークを語っていたのでついつい誤解しそうになるが、まだ2週間弱猶予が残っている。


 だから今から気になっていてはとてもでは無いが、身が持たないだろう。


 翔はその意味を込めたのだが、どうやら不発に終わってしまったらしい。


「2人で家にいるのもなんか暇だしどこか僕達も行くか?」

「暇という訳ではありませんがずっと家に居続けるのも身体に悪いですしね」

「何か考えておく」

「はい、そちらも楽しみにしています」


 今までも軽くGW中に1人で遊びに行くことはしていた。そのため、何の躊躇いもなく桜花をプチ旅行に誘ったのはたまたまだった。


 花が咲いたような笑みを向けられてそんなに嬉しいことか?と疑問だったが本人が楽しそうならそれでいいかと思った。


 一応、梓や修斗に連絡入れておくが恐らく簡単に了承の返事が返ってくるだろう。もし、返って来なくてもその時は勝手にしてやろう。


「楽しみが増えました」

「そりゃよかった」


 ふと、いつか見た記憶と目の前の桜花が重なって見えた。

 あれはまだ小学生にもなっていない小さい頃で……。


「響谷くん?大丈夫ですか?」

「ん?あぁ、場所を考えていたんだ」


 咄嗟の嘘だった。

 翔の奥底で眠っているのは自分で閉じた、ある一人の女の子との思い出。

 入学と同時に居なくなってしまった幼馴染だった女の子との大切な記憶だった。


 深く眠らせていたはずなのにどうして、しかも桜花と重なったのかは謎だった。眠いせいか、と逃避してみる。


「私も一緒に考えてもいいですか?」

「なら、もう少し時間がある時にしよう」


 今決めると深夜ハイテンションという恐ろしいものが飛び出てくるかもしれないし。

 翔は今までに2度ほど深夜ハイテンションを経験したことがあるがあれはまさに不思議な感覚で、しんどいはずなのに気持ちは昂って何でも出来そうな感じがするのだ。


 二度とやるものでは無い。


「二度と」なんて決めてしまったから貝木のようにもう一度してしまったのだが。


「そうですね。私も少し眠たくなってきました」

「そうか。布団に入ってゆっくり休め」

「そうさせていただきます。ごめんなさい、付き合わせてしまって」

「気にするな。生活にはまだ慣れてないし不安だろうしな」

「少し図々しいですが、また来てもいいですか?」


 一日の終わりに美少女が来てくれるのだ。それを断らない男子はいなかった。


「あぁ、おやすみ」


 理性を保たなければならないというのはとてもハードな事だったが。


「この後、一人で考えないでくださいね」

「分かった。今週の土日のどちらかに一緒に決めよう」

「約束ですよ」

「あぁ、約束だ」

「おやすみなさい。いい夢を」


 桜花が扉を閉めて自室へと歩く足音を聞いてから遅れて、


「いい夢を、桜花」


 翔は呟いた。

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