第15話「夜の御訪問」


 桜花程ではないが、予習復習を済ませ、寝ようと準備をしていたところで部屋のドアがコンコンとノックされた。


 梓かと思ったが、あの人はノックせず入ってくるため、誰だ?と疑問を持った。


「響谷くん、私です」


 ドア越しに聞こえてきたのは桜花の声だった。こんな夜中にどうしたのだろう、と思いつつドアを開ける。


「こんばんは」

「どうした?寝られないのか?」


 挨拶もそこそこに翔は桜花に訊いた。

 桜花は何か言いたそうにしてたが、翔の部屋の中をちらちらと見ていて、翔の方が気になって仕方がなかったので、部屋の中に招き入れた。


 一度桜花の部屋を見ている翔はシンメトリーと評価を下している。

 そのため、翔の部屋に物珍しいことはないはずなのだが、桜花はどこかワクワクしている様子であった。


「少し胸が高鳴ってしまって」

「そんなに珍しいものは無いと思うが……」


 そういうことではありません、と言われたが、ならどういう事なのかは教えてくれそうになかった。


「少しの間でいいですからここに居てもいいですか?」

「あぁ」


 急なお願いに驚きの声を漏らしてしまっただけなのだが桜花は了承と受け取ったようだった。


 桜花程の美少女から言われて断る人はいない。勿論、翔もその1人だった。


 ただ今になって布団が違うので寝られない、ということはさすがにないだろうから、他に別の理由があって翔の部屋に訪ねてきているのだろうが、翔にはその理由がGの出現ぐらいしか考えられなかった。


「Gか?」

「どういうことですか」


 話の脈絡が無さすぎて呆れらた目を向けられる。


「いや、何でもない」

「そうですか」


 Gでは無いことは分かったが、互いに変に意識してしまっているせいか、話がたどたどしく緊張がにじみ出ていた。


「Gとはゴールデンウィークの略称ですか?」

「それはGWだろ?Gは人から忌み嫌われる飛ぶ虫だよ」


 まさかGを知らないとは。

 翔が身振りで表現すると合点がいったように頷いた。


 しかし、その後で。


「私もGWがゴールデンウィークの略称であることぐらいは知っていますから」


 と、返された。

 翔は思ってもいなかったが、どうやらGWだと知らないと思われたくなかったようだ。


「それに、Gではありませんし」

「まさか……。母さんに言われたことを気にしてるのか?」


 たまたま思い当たったことを訊くと図星だったようで小さく頷かれる。

 気にし過ぎだと思うも、初めてなら仕方ないと、納得もした。


 しかも、1人ならまだしも翔という男の子と二人きりで過ごすというのに抵抗感があるのだろう。


「気にしてません。えぇ、気にしてません」


 怪しい。

 特に2回言っているところが怪しかった。

 大事なことは二回言う、という名言からも怪しかった。


 翔にしてみれば、ここに桜花がいることに変な気を起こさないか気が気でないのだが桜花はそんな翔の内情を知るはずもなく、辺りをきょろきょろと見回している。


「気が済むまでいればいい」

「ありがとう……ございます」


 翔はからかいたい衝動に駆られたが、少なからず頼られているのだと思いだし、ベッドを開ける。

 翔は勉強机に備え付けの椅子に座る。


 桜花は遠慮してなかなか座ろうとはしなかったが、翔がそっぽを向いて話す気を人為的に無くすように見せかけていたのでゆっくりとベッドの縁に浅く座った。


「で?どこが気になって眠れないんだ?」

「……気にしてませんと言っているではありませんか」

「それが僕を見ても突き通せるか?」

「……」


 視線が交差する。

 翔は気にしていると確信している。その視線を直視して元よりあまり嘘が得意ではない桜花が逃れられる訳もなく。


「僕と2人で留守番のことか?いやなら明日にでも掛け合ってみるが」

「いえ、そのことは別に構わないのです。あの……名前の方……」


 桜花にしては珍しく話していくにつれて尻すぼみしていった。

 名前の方……と言われて、ようやくそんなこともあったな、と翔は思い出した。


 あれはその場しのぎの「善処する」であって。「頑張る」という意味ではなかったのだが、桜花をその気にさせてしまったという意味では翔に責任があった。

 まだその気にさせてしまったかどうかは分からないが。


「名前」

「はい」

「呼んで欲しいのか?」

「いえ、別に。呼んで欲しいとは思いません。ただいいなぁ、と」


 それは呼んで欲しいと言っているも同然だと翔は思ったが、桜花には絶妙な違いがあるらしい。


「親にも呼ばれるだろ?それに母さんにも」

「親には呼ばれませんよ。関わりももうこれ以上はないでしょうし」


 桜花の声が冷たくなる。

 あまり触れては行けないところだったと、遅れて理解した翔は詫びを入れる。


「いいえ、大丈夫です。いずれ響谷くんも知ることになるでしょうから」

「みんな、いずれとかいってはぐらかすんだよなぁ」


 ふふ、と小さく桜花が笑った。

 優しげな目を向けられてその容姿も相成ってか心臓が脈打った。


 椅子を回転させて誤魔化した。

 その時ふと目に入った時計の時刻は正子にもう少しでなろうかと言うところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る