第5話「どこに行ってもスクールカースト」



 教室の雰囲気は異質だった。

 はじめましての顔ぶれで構成されている教室だが、翔達は小学生、中学生と経験しているため、どんな感じか、大体では捉えてることが出来る。


 しかし踏み入れた、この場所は教室の形をした全く別のものだった。


「ま、こうなるわな」


 隣でカルマは小さく呟いた。

 小学生、中学生と教室の何たるかを知っていたとしても、とびきりの美少女と同じクラスになったことのある人などこの世において数える程しかいないだろう。


 男子は翔とカルマ(は少し怪しい)以外、皆同じく表情が緩みまくった顔と男子ならではの妄想の故だと思われる少し変な視線を向けていた。


 女子が向ける目線は様々で、感嘆のため息を吐く者や、嫉妬に唇を噛み締める者がいた。


 それでもやはり、男女通しての総評として、気後れしてしまって、誰も桜花に話しかけようとする人はいなかった。


 桜花もそれを分かっているのか、凛とした表情を保って、堂々としていた。


「少し目立つとここまでになるのか」

「少し?あれで少しなんて言ってる場合かよ。天使か聖女か女神だな」


 カルマは早速、桜花の別称を考え始めた。

 どれで呼ばれても桜花は喜ばないだろうと半ば確信しながらも、カルマに忠告すると色々と面倒になりそうだったので流しておいた。


 桜花への視線に注目するあまり、黒板に目がいかなかったが、改めて見てみると「出席番号の順に座っておくこと」と達筆な文字で書かれていた。


「翔。俺は1番前だぁ……」

「そうか。でも運命だ。蒼羽で「あお」と並んでるんだから、それより前の奴はそうそういないだろ」

「まぁ、慣れてるからいいけどよ。それより翔はどこなんだよ」


 翔は黒板に貼られてある席順を参考にしながら、自分の席を探す。


「……うぉう」

「どうした?ムーンウォークでもするのか?」

「それはフォー!だろ?しかも僕はマイケル・ジャクソンじゃない」

「ツッコミお見逸れ致しました」

「隣だった」

「は?」


 デジャブを感じる。

 30分にも見たない間に同じ「は?」を聞くことになるとは流石の翔も思わなかった。


「隣だったんだよ。席が」

「強調なんて要らんわ」


 倒置法に対してこれまでずっとボケ担当だったカルマがツッコミをした。


 よくよく思えば隣になることは除外するとして、近くになることは必然だったかもしれないと翔は考えを改めた。


 翔の苗字は「響谷」。対して桜花の苗字は「双葉」。は行の連続している2つのひらがなである。

 男女差はクラス内でもあるが、それを鑑みても前後、斜め、隣に桜花が来ることはありえない話ではなかった。


「僕はあの席へ行かないと行けないのか」

「男子憧れの席だぞ!文句を言うな」

「あんな視線まみれのところで生活できるかよ」


 翔の本音にカルマは理解する部分があったらしく、黙り込んでしまった。


 桜花は恐らく、小学生の時からあのように周りからの視線を受け続けて来ている。だからこそ、あそこまで何事もないように毅然として振る舞えているのだ。


 一方で、あまり目立つほうではなかった翔はクラスのほとんどの人から、集中的に視線を浴びたことがない。

 今の状況で座りに行けるほどの勇気は翔にはなかった。


 せめてチャイムが鳴れば。

 生徒達は黒板の方を向き、進学校なのできょろきょろする輩もおらず、皆が教師の言葉をじっと耳を傾けて聞くだろう。


 チャイムよ、早く鳴ってくれ、と翔は願った。


 しかし、こういう時に限って、時間はゆっくりと遅く感じる。


「チャイムまであと5分か」

「カルマ、わざと言ってるのか?」

「わざとじゃないわざとじゃない。さて、俺も席が近い人と挨拶してくるかな」


 わざとであることを確信した。

 カルマはコミュニケーション能力が高く、すぐに笑い声が聞こえてきた。

 カルマに見捨てられたような形となった翔は突如、後ろから突き飛ばされた。


「ボケっと立ってんじゃねぇ」

「ごめん」


 咄嗟のことに訳も分からず謝ってしまう。

 両手をついて、顔面強打は免れたものの、教室全体に響き渡るほどの音を出してしまったようで、桜花に向いていた視線はほとんど翔と翔を突き飛ばしたガタイのいい同級生らしき男に向いた。


「俺の邪魔をするなよ?」


 翔など、眼中にあらず、といった感じで教室内へずかずかと入っていく。


 そこまで激しい接触ではなかったので、怪我も一切なかった。

 しかし、外傷はなくても精神負荷は相当だった。


 翔のスクールカーストの位置が決まってしまったからだ。それも下の方に。


 カルマも口を挟むことはせず、その場に立ちすくみ、誰も声をかけてくれなかった。


 翔も惨めな自分の姿を想像し、下を向いた。


 そんな翔を桜花は毅然とした表情で、だがどこか心配そうに見ていた。


 それから待ち望んでいたチャイムが鳴った。

 翔は俯いたまま、席へと座った。


「大丈夫ですか?」


 小声で小さく聞いてくる桜花に同じく呟くほどの声量で答える。


「大丈夫だ」

「そうは見えませんが……。私と接触するのは最低限にした方がいいですね」

「どうしたらそこに結びつくんだ」

「トラブルの中心は私です。ですから響谷くんは中心から遠ざかる事で身を守ることが出来ます」

「……」


 何も言えなかった。

 的外れなことを言っている訳では無いし、当たり前のことを言っているようにも聞こえた。何より翔のことを心配してくれているのが伝わってきた。


 だが、そこに桜花自身のことが考えられていないのを見抜いて、翔は何も言えなかった。

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