第4話「学校生活の始まりと終わりを告げるチャイム」



 翔と桜花が通う高校は広大な面積を持つマンモス高校だった。全校生徒1000人を優に超える大所帯。

 東大合格者が10名ほど輩出される頭脳面も上位に君臨する学校。


 今更だが、桜花はこちらへ来る前にこの学校を受験していたらしく、それで、翔と同じ学校に来るようになったらしい。


 1回来たぐらいで異界の地にも似た高校を覚えてくることは出来なかったようで、翔に道案内をお願いしたそうだ。


「懐かしいですね。ここは確かに私が受験した高校です」

「入学早々に懐かしいなんて言葉が出てくるのは双葉ぐらいだろうけどな」

「そうですか?なら私の特権とさせていただきます」

「僕は……そうだな。怖い、かな」


 校門前で高校の初見を言葉にする。

 桜花の「懐かしい」も中々にない表現だが、翔の「怖い」も言い得て妙だった。


「どうしてですか?」

「ここには中学の時とは比べ物にならないぐらいの色んな奴がいる。そいつらとちゃんとやって行けるのかが怖い」

「大丈夫ですよ。それができると判断されたから響谷くんはここに居るんです」


 桜花は翔を励ますようにそう言った。

 励ます気はなく、桜花が思ったことをそのまま言っていたとしても翔にとっては励ましの言葉に聞こえた。


「では一足先に行ってきます」

「あぁ。……ありがとう」


 翔よりも少し先行していた桜花は先に走って行ってしまった。その時、気のせいか、少し顔が赤くなっていたような気がした。


 口ではあんな風にいいながら、やはり桜花も緊張しているのかと見当違いの苦笑を漏らす。


 翔も校門をくぐった。


 すると、おかしいとしか表現できないが、校門前で見ていた風景と、校門をくぐってから見る風景は全く持って違うもののように見えた。


 高校生が見る景色、というものかと勝手に納得する。


 だが、それは間違いではないだろう。

 受験合格してから今まで、高校生がどういうものであるのか、なんて考えもしなかった。しかし、校門をくぐり、高校生として自由を縛られ、歳が近い者と、一緒に学ぶ。


 それを身近に感じたからだろう。

 桜花に比べればやっと、という感じはしないでもなかったが、それでも学校生活が始まる前に知ることが出来て良かった。


「おはよう」


 ふと、後ろから声をかけられた。


「おはようございます」

「堅苦しい挨拶だな。もっと気を抜けよ、同級生だぞ?俺ら」


 グイグイ来られ少し困ったが、差し出された手をみてとりあえず、と握り返す。


「俺は蒼羽業。気楽にカルマって呼んでくれよな」

「僕は響谷翔。よろしく」


 カルマをよく観察してお互いに新入生であることをようやく把握した。

 学校指定のバッグや制服はまだどこか切られている感じが見受けられる。


「なぁ、クラス割り当て見たか?」

「いや、まだだ。来たばかりで」

「そうか……。なら、俺がバラすのも何か悪いな」


 案外良い奴なのかも、と翔は信頼し始めた。

 カルマの提案でクラス割り当ての紙を受け取りに行く。


「お、見たか?」

「あぁ、見た。同じクラスか」

「そゆこと。だから声をかけた」

「ん?どうして僕の名前を知ってるんだ?」


 この学校の仕組み上、名札は存在していない。1年生も学校に慣れ次第、2年生や3年生と、見かけでは判断できなくなっていくだろう。


 カルマは自慢気に鼻をこすった。


「めっちゃ可愛い子が「響谷くん」って言ってただろ?だからピンと来た」

「耳がいいのか盗み聞きをしていたのか」

「そんな怖い顔するなって。強いて言うなら俺は目がいいんだ」


 カルマは「あんな美少女に気づかない方がおかしい」と一人で何故か憤慨していた。


 事実、校門辺りから桜花に対するもの珍しげな目線には気付いていたし、翔のことでは無いのでとやかく言うつもりはなかったが、あまり気持ちの良いものではなかった。


「はぁ……」

「どうした?そんなに大きなため息をついて。何かいいことでもあったのかい?」

「メメやめろ。カルマのテンションに早速ついていけなくなっただけだ」

「残念だな。俺はもう親友になれる予感しかしていない」

「まぁ、退屈はしなさそうだと思う」

「早速デレたか。俺的にはもう少し焦らしてもよかったんだが」

「僕はヒロインじゃないぞ」


 こうして、翔は教室へ入る前に友達を作ることに成功した。開幕ボッチは逃れられたことに少し安堵していたのはカルマに悟られないようにしなければいけなかった。


「あの美少女の名前はなんて言うか知ってるのか?」

「双葉桜花だ」

「……おぉ!!おぉおおおおっ!!」


 勝手に盛り上がるカルマを傍目に、翔は教室へと向かう。

 それに少し遅れて気づいたカルマが慌てて追いかけてくる。


「おぉおおおお」

「日本語」

「おぉおおおお」

「それはもうアザラシかなんかの言語じゃないのか?」

「一緒なんだよ」

「は?」

「双葉桜花の名前が、ここに書いてある」

「マジですか……」


 翔の目にもハッキリと「双葉桜花」の名前が写った。

 何なら、翔のすぐ下にあった。


 どうして見逃したのかは言うまでもなく、クラス割り当てに興味がなかったからだが、それにしても珍しいこともあるものだ。


 近い住所の者は同じクラスになるという学校側の配慮かと思ったが、そんなことをすれば偏りがあるのは明白。


 やはり確率だろうと結論付ける。


 そして、どうでもいいが、カルマのニヤニヤ顔は酷かった。

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