第6話「1年2組の皆さん」


 入学式と、その後に行われた簡単なHRのあと、20分ほどの休みを与えられた翔達は皆それぞれ友達と会話するのに勤しんでいた。


 かく言う翔もその1人で、カルマが翔の席へとやってきて、雑談をしていた。


「翔を押した奴は須藤龍司っていう名前らしい」

「ふぅん」


 名前に興味はないし、思い出したくもないため、少し素っ気なく返す。


「元々はヤクザの山をしていたらしいけど、中学三年の時に別のヤツにやられたらしくて……」

「それで勉強を試しにやったらできたからこの学校に来たってことか?」

「理解が早くて助かる」

「いや、全く理解してなんだが。そんな負けたヤツがどうしてここでまたヤクザの真似なんかしているんだ?」

「翔。少し抑えろ。ただでさえお前は目をつけられてるんだ。それ以上挑発的な言葉を発するんじゃない」


 真面目な顔でカルマに言われ、突きつけられた現実に理解を示す。


「俺達はそこそこ勉強ができるからこの高校にいる。だから、勉強はできても力はからっきしって思っても無理はないだろ?」

「それがつい最近まで馬鹿やってたやつなら尚更そう思うかもな」

「言い方……」

「今のはお互い様だ」


 カルマも認めたようで、軽く肩をくすめた。


「どうして僕が狙われるんだ?」

「それは……」


 カルマは言葉を詰まらせた。

 理由がわからないから、と言うより言ってもいいものかと思案しているような悩み方だった。


 桜花の席からコツッと音がした。

 何事かと思って振り返るが、何も変わった様子はなく、桜花は読書に勤しんでいた。


「隣だよ」

「……分かるように言ってくれ」

「そのままだ。須藤は翔が来る前、もっと具体的に言えば双葉さんが来てから翔が来る前に1度、この教室に来ていたらしい」


 席が隣の子が教えてくれた、と補足してくる。


「そして翔が隣であることを知ってむしゃくしゃしてやったんじゃないか?」

「最後で台無しだよ!犯人の供述みたいじゃねぇか」

「正確なことは一つだけ。男子は双葉さんに好意を抱いていてそこの席を狙っている。取り分け須藤はそれが人一倍強い」

「最悪」

「ははは、違いない」


 再びコツッと音が鳴る。

 初日から災難にも程があるが、ここまで調べてきてくれたカルマには感謝しようと率直に思った。


 ここまで完璧な逆恨みは初めてだ。

 翔は誰を恨むでもなく最初にそう思った。


 隣の席へと決めたのは翔ではないし、他の誰かの意図的なものでもない。

 強いて言うなら学校側が人為的にやっという線だが、露骨に隣の席にまですることはしないだろうし、必要も無い。


 かと言って、須藤にどうこうできるものでもなければ、桜花の美貌を恨むなど以ての外。


 自分の不幸を嘆くしかないのだと思い至った。


「ありがとう」

「ん?いいって事よ。親友だろ?」

「僕はまだ何もしてないぞ?」


 カルマはニヤッと笑う。


「なら落ち着いたら、双葉さんを紹介してくれ」

「はぁっ?!」


 翔を跨いですぐそこなのだから自分ですればいいのに……。

 コミュニケーション能力は高いのだから難なくできるだろうに……。


 などなど、色々な愚痴が一瞬の内に脳を駆け巡った。


「そんなんでいいのか?」

「おいおい、これは結構名誉な事なんだぜ?」

「ごめん、言ってる意味がわからん」

「東大下暗しだな」

「灯台、な?東大がブラック大学みたいだからやめろ」

「ツッコミ所はそこじゃねぇ」


 カルマとしては諺の意味の方にツッコミを入れて欲しかったようだ。

 翔もようやく気付いたが、もう既にツッコミのいい間は逃してしまっていた。


「全く……。さっぱりわからん」

「翔」

「何だ?」

「諦めんなよ」


 心臓を撃ち抜かれたかのような錯覚に囚われた。

 カルマの言葉は翔が考えていたことを根こそぎ破壊していく。


「まだ決まってない。ここで足掻いてようやく翔のスクールカーストは決まるんだぜ?」

「僕にどうしろって言うんだよ」

「自分で考えな」


 肝心なところでチャイムが鳴り、話は中止となった。


 カルマの言っていることはいちいち反応していてはやって行けないので頭の片隅にしかとどめておくことはしなかったが、それでも気になっていた。


 翔の頑張り次第である所に希望を見たのかもしれなかった。


 今日はこれで学校は終わりなので、重たい教科書類を持って家に帰るだけなのだが、桜花は1人で帰れるのだろうかと疑問に思った。


 しかし読書中に話しかけるのは同じ読書好きとしてマナー違反だと自重し、一区切り着くまで待とうと決めた。


 しかし、この休みの間中、桜花は隣で誰とも話すことなく読書をしていたが、翔が見る限り、ページは1ページとも進んでいなかった。


 しばらく待っていると視線に気付いたのか、桜花がこちらを向いた。


「どうしましたか?」

「いや、帰るなら一緒の方がいいのかな、と」

「別に構いませんよ。もう道は覚えましたし」


 立ち上がり、荷物を持ち上げようとするが、あまりに重すぎたらしく、持てていなかった。


「これから行く宛がないなら一緒に帰るのと一緒だ」


 翔は桜花の分まで教科書類を持った。

 単純に2倍以上の負荷が全身にかかるが、何とかこらえる。


「そういうところが誤解を……!」


 桜花は何か言いたそうだったが、翔が気にした様子もなくさっさと教室を出ていくので慌てて追いかけてきた。


「誤解されるより自分が出来ることをしない事の方が僕は好きじゃない」


 癖の強い遠回しの発言だったが、桜花には伝わったようでこれ以上何も桜花が口を挟むことはなかった。

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