植物学の日


 ~ 四月二十四日(金) 植物学の日 ~


 ※右顧左眄うこさべん

 右左、どっちがいいか決めらんねえ



 面倒な野菜作りの授業。

 今時、クワ振って畑を耕すとか。


 クラスの連中も軒並み不平を鳴らしてた中。

 今日もまた。

 舞浜まいはま秋乃あきのの人気がちょっぴり上がることになった。



 前回のピーマンが呼び水になって。

 自然と視線を集めていたお嬢様。


 振るいに振るったクワを地面に刺して。

 どこで手に入れてきたのやら、首に巻いたコテコテな温泉手ぬぐいで。

 汗を拭った笑顔が幸せ100%とか。


 女子も男子も問わず。

 自然と拍手する音が鳴り響くと。


 こいつはわたわた慌てて。

 いつものように。

 両手をパタつかせた。


「……お前、ユーチューバー目指せるぜ、絶対」

「え? ……で、でも、他になりたい仕事があるから……、ね?」


 なんてもったいねえ。


 ぜってえウケると思うけど。

 こんな美人が農作業とか。


 ユーチューバーって。

 内容はもちろん大切だけど。


 ルックス七割だからな。


 ……そんな勝ち組お嬢に声をかけるこいつらも。

 可愛い系としちゃかなりのレベル。


 まあ、二人揃って。

 中身は厄介だがな。


「舞浜ちゃん、ありがとね! あたしのとこも耕してくれて!」

「てめえは仕事ほっぽり出してどこ行ってたんだよ夏木」

「ももちゃんとお花摘み!」

「トイレなんか授業前に行っとけっての」

「違うし! こっちのお花摘みだし!」


 きけ子と手を繋いだ日向さん。

 ほんとに花を握ってるけど。


 でもそれ。

 隣の花壇から抜いてきたんじゃねえだろな。


「……しっかしお前ら、一発で仲良くなりやがったな」

「なんか波長が合うのよん!」

「きっこちゃん、楽し過ぎてヤバいし!」

「お前らが仲良く遊ぶと、舞浜だけ仲間外れじゃねえかよ」


 パンとパンが仲良くなんな。

 間を取り持ったハムレタスと仲良くしろ。


 そんな思いで舞浜に目を向けると。

 こいつはにっこり笑って。


 俺の背中をぐいっと押しやがった。



 ……ああ、そうだな。

 俺たち以外、誰にも分からねえことだけど。


 でもそんなことすんなっての。



「ほれ、お前ら。舞浜にお礼が先だろ」

「あ、ありがとうね、舞浜さん。後はあたしが手伝うし」

「今更なにを手伝う気だよ、日向さん」

「保坂は黙ってるし! 男子なんだから力仕事くらい代わってやれし!」

「そいつがやりたいって言うからやらせてやったんだろがよ」

「舞浜さん、もっと耕す? あたしが踏んで硬くしてあげるし!」

「やめねえか」


 こいつめ。

 舞浜と俺との間でころころと。


 態度どころか。

 いちいち顔かたちまで変えんなっての。


 お前のあだ名はアシュラに決定な。


「ようし! 作業が終わった者から上がっていいぞ! 欲しいやつはここから野菜を一つだけ持って行け!」


 大声を上げる先生の前にバスケット。

 当然誰もが一瞥してスルーしてく中。


「……星が見える」


 目をきらっきらさせながら。

 バスケットの前にしゃがみ込んだ舞浜が。


 右顧左眄うこさべん

 ピーマンとトマトを両手に持って。

 赤、飴、緑の三角関係。


 バカだな。

 三角関係に幸せな答えなんかねえんだぜ?


 いつまでも決めかねてると。

 ピーマンとトマトがくっ付く超展開になっちまうっての。


「悩んでる図も絵になる。やっぱユーチューバーに向いてんな」

「や、やらない……、よ?」

「いいからそのまま悩んでろ。俺が動画撮ってやる。えっと、カメラカメラ……」


 俺の言葉を聞いて。

 ビクッと体を強張らせて振り向いた舞浜は。


 わたわたと両手に持った。

 ピーマンとトマトを振って慌ててやがるが。


 焦ってるのに整ったまんまの表情。

 なんだか仮面みてえなその顔を。



 無様に笑わせてやるぜ!



「お。ポケットに入ってたぜ、カメラ」


 動画を撮るために俺がポケットから取り出したもの。

 舞浜が、その栗色の瞳に映したそれは。




 亀。




「……だからさ。笑えっての」


 きけ子とアシュラが爆笑する中。

 こいつ、両手に持った野菜、どっちを亀に食わせようか悩んでやがる。


「悩むな食わせんな」

「え、えと、じゃあ両方……」

「こら舞浜! 一つにしろと言っただろう!」


 おい。

 そんなことで目くじら立てんな石頭。


「怒んなよ。こいつが悩んでるとこ撮影しようとした俺のせいで時間かかっただけだろうが」

「だからと言って、いつまでやっている!」


 しゅんとしちまった舞浜に向き直って。

 岩みてえな顔でにらんだ先生が。


 俺と自分。

 どっちが悪いのか改めて問いただした。


「優柔不断で決められないのか! それともユーチューバーとやらの演出か!」


 叱られ慣れてねえんだろうな。

 綺麗な横顔に苦痛を滲ませて。


 可愛そうな舞浜が。

 震える唇で何とか絞り出した答えは。


「ゆ、優柔バーだからです」

「うはははははははははははは!!! どっちだっての!」


 何でてめえは。

 こんなタイミングでねじ込んできやがる。


 でも、先生も。

 この呆れた返事に気勢をそがれたみてえで。

 頭を掻いて、ため息ついてやがる。


 結果オーライ。


「やれやれ。……おい保坂。いつまで笑っとるか」

「だってこれ! 迷った挙句に優柔バーとかうはははははははははははは!!!」

「迷ってみた動画というやつか。こういうのがバグるのか?」

「いや先生、バズるだっての。言い間違いとか、じじいか」

「…………これを背中に差して立ってろ」


 ほんとあんた。

 短気だな。


 俺は、短気な担任のせいで。

 残る一日を、カカシとして過ごすことになっちまった。

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