子ども読書の日
~ 四月二十三日(木) 子ども読書の日 ~
※
ちいせえことに、いちいちびくつく
三時間目のこと。
英語の授業のために図書室から借りて来た教材を。
今日は四月二十二日だから。
足して出席番号二十六番の舞浜が返しておくようにと言い出した先生に。
今日は二十三日だふざけんなと文句を言ったら廊下に立たされた。
……正しいことを言って何が悪い。
お前もそう思うだろ?
同意を求めて首を隣に向けてみても。
「あいつ、迷子にでもなってんのか?」
もう、四時間目が始まって結構経つのに。
しょうがねえやつだ。
「先生、ちょっといいか?」
「え? ああ、はい。どうしましたか?」
「もうすぐ具合が悪くなるように親と約束してる時間になっから。保健室行って来る」
「ええっ!? ああ、でも、親御さんとの約束じゃしょうがないですね……?」
目論見通り。
先生は首を捻ったまま止まっちまった。
今がチャンス。
俺はすたこら教室を後にして。
図書室の扉を開くと。
「…………ガキが紛れ込んでやがる」
椅子の上に絵本を積み上げて。
床にぺったり座り込んで読みふけってるヤツがいた。
「ばかやろう。とっくに授業始まってるっての」
俺が声をかけると。
ビクッと体を強張らせて振り向いた舞浜が。
慌てて絵本をお腹に隠したんだが。
ブラウスめくったりするから。
真っ白なおなかがちらっと見えた。
……しょうがねえヤツだな、まったく。
今日はおかずを全部くれてやる。
「子どもかよ。なんで絵本?」
「え、絵本……、好き、なの」
まあ、大人も買うようなものだって聞いたことあるし。
深くは突っ込まねえけど。
「後にしろよ。放課後とか」
「さ、サボったらダメ……、かな?」
おいおい。
気を付けの時、爪までピンとまっすぐ伸ばすようなお嬢様のくせに。
大胆なこと言いやがる。
「まあ、いいけど」
こいつは叱られるのが怖くないのか?
いや、ひょっとしたら注意されるぐらいで飄々と生きてこれたのかもしれねえ。
なんとなくわかる。
先生も、こいつには甘くなるんだろう。
……だがな。
あの石頭な担任に見つかったら。
大変だっての。
「ま。見つかるわきゃねえか」
俺の独白に首をひねるこいつは。
お腹から出した絵本の表紙を。
幸せそうに眺めてるんだが。
「絵本、おもしれえ?」
「うん。……きゅんきゅんする」
「きゅんきゅんってなんだよ」
変な表現だが。
可愛いじゃねえの。
こっちがきゅんきゅんするっての。
「絵本って結構ホラーな展開もあるよな。そういうの平気なんだ」
「私も、絵本、よく書くけど。怖いのは無理……、かな?」
へえ。
絵本をねえ。
「じゃあダメ作家じゃねえか。怖い展開があるからギャップできゅんってすんじゃねえの?」
「ううん? そういうのなくても、私、きゅんってさせるの、得意」
ああ、そう。
いや、疑ってねえよ?
現に今。
俺がそうなってるし。
長いまつげを鳴らすことも無く。
絵本の表紙をしげしげ見つめる舞浜の姿。
柔らかい笑顔に、飴色の長い髪が。
さらりとかかって、本へ落ちる。
そんな舞浜が、急に絵本を椅子に置いたかと思うと。
俺の腕を引いて。
本棚の間に置いてあった移動式の階段の影に身を潜めた。
「どした?」
そう聞いた俺の口の前に指を一本立てて。
耳元で、しーっとか言われると同時に。
ドアが勢いよく開け放たれて。
「保坂! 舞浜! いるか!」
……まさかの担任登場って。
勘弁しろよ。
おそらく血眼になって探してるんだろうし。
見つかったらシャレになんねえ。
そこからは
図書館にぺたぺた響く靴音にびくびくしていたんだが。
「よ、寄りかかるなよっ!」
「だって……」
小さい階段に二人で隠れるにゃしょうがねえかもしれねえが。
ばかやろうやめねえか。
肩にかけた手が熱いし胸が背中に当たるしいい香りがするし髪が俺の胸にかかるし!
ドキドキが止まんねえ。
きっと心臓の音が図書館中に響き渡ってる。
先生、聞こえねえの?
年寄りには聞こえねえ周波数ってやつ?
『きゅんってさせるの、得意』
さっき舞浜が言ってたが。
ほんとにしてるわ。
きゅんって。
「…………ここでてめえを爆笑させたらおもしれえことになるだろな」
ああ、そうだよ。
照れ隠しだ。
俺のささやきに。
案の定ぷくっと膨れた舞浜が体から離れて。
ああよかった。
これでようやく人心地。
「先生、行ったかも……、ね?」
だが、こいつはアリもしない嘘で。
俺を困惑させ続ける。
「バレる。小さい声とは言えやめねえか」
先生、この本棚挟んだ向こう側にいると思うんだけど。
声には出さずドアを指さすと。
舞浜は静かに小さく頷いたんだが。
……いやいや。
やっぱそれはねえ。
俺にはこいつの仮面の内側が。
だんだん分かるようになってきた。
お前の言うこと信じて声をあげると。
俺だけ叱られるってオチだろ?
そうはいくか。
俺は、膝が鳴らないように注意して立ち上がりながら本棚を確認すると。
目の高さの列に、ちょうどいい感じに本が抜かれている場所を見つけた。
ここから覗いて。
確認すれば……。
ツバすら固くて飲み込めない程の緊張感。
衣擦れも呼吸音も命取り。
俺は亀のスキップよりゆっくりと。
でも、月の瞬きよりは速い速度で。
慎重に本の隙間から顔を覗かせると……。
正面の暗がりに浮かんだものは。
血眼の目玉。
「きゅうん!」
……なあ。
お前、ホラー展開苦手って言ってたよな?
たしかに。
きゅんとはしたけども。
でもな?
やっぱり、お前の腕は大したことねえ。
そんなホラーじゃまだまだだっての。
今日は。
俺の勝ちのようだぜ?
「……こええよ、どうなってんだよ……」
気を失ってた俺が目を覚ますと。
そこは保健室。
そこで俺は。
ベッドに横になるでもなく。
ただ、窓際で外を向いたまま。
……立っていたんだが。
俺の体の方が。
お前の作る物語より断然ホラーだ。
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