漬物の日


 ~ 四月二十一日(火) 漬物の日 ~


 ※山肴野蔌さんこうやそく

 野山で採れる野菜だの肉だの



 未だに、俺ときけ子にしか話しかけることができない。


 友達作りが下手なお嬢様。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日はこいつと二人で昼飯なんだが。

 そこにもう一人。


 先生がいる。


「なあ、聞きてえんだが」

「ん……。なあ、に?」

「なぜ化学室」


 四限目が化学だったからって。

 ここで食う事ねえだろうよ。


 なんか薬品臭くて。

 飯がまずくなるっての。


「じ、実験道具……。お昼休みの間、貸してくれるって……、ね?」

「だからって……。いや、そんな顔すんじゃねえ。分かったから」


 白衣の袖に手が隠れちまうほど肩落としやがって。

 分かったよ、博士。


 鞄から弁当箱とタッパーを取り出して。

 ここで食うってことを無言で伝えてやると。


 舞浜は、いつもの微笑を頬に浮かべながら。

 実験を再開した。


「それは?」

「水素をね? 作ってる……」


 ああ、昔やったな。

 塩酸と、あと何だっけ、金属を試験管に入れて。


 水上置換で。

 柔らかいプラスチックの容器に水素を少し溜めて。


 ラップで口をして出来上がり。


 随分若い化学の先生が許可したところで。

 そこにマッチの火を近づけると……。



 ぽんっ!



「おお、成功。それ、もっと大量に水素入れたら面白そうだな」

「ダメ、絶対。危ないからやらないで欲しい……、な」

「そうなんだ」


 しかし、先生も付き合い良いな。

 こんなこと、勝手にやらせてくれるなんて。


 そう思ってたところで理屈が判明。

 この人、俺たちを化学部に勧誘し始めた。


 先生のお誘いを。

 考えておきますって返事で保留すると。


 実験器具の片付け方を聞いて。

 お見送りしたところでようやく席に着いた舞浜は。


「満足そうだな」


 やり切った感を顔に張り付けながら。

 弁当箱の蓋を開けた……、ん、だが。


 その中身も。

 まさか、何かの実験なんじゃあるまいな。


「いっつも、なんなんだよお前の弁当」


 今日も目いっぱい詰まった米の飯。

 その上に、海苔が数枚乗ってるだけ。


「海苔で『デコ弁』って書くな。どうして俺よりおもしれえことポンポン思い付くんだてめえは」


 弁当の中身を指摘されたせいか。

 俺が笑わないせいなのか。


 眉を八の字にして不満を表すこいつに。


「おかずは?」


 そう訊ねると。

 寂しそうに俯いちまった。


 どんだけ地雷だらけなんだ。

 おかずの話もNGかよ。


「しょんぼりすんなよ。これ、分けてやっから」


 小さいタッパーの蓋を外して。

 舞浜の前に置いてやると。


 最初はわたわた遠慮してたんだが。

 タッパーの中身を見るなり。


 目を丸くさせて、両手が十時十分のところでぴたっと停止。


「見たことねえのか? まあ、珍しいって言や珍しいか。食ってみ?」


 舞浜は左手を十分にさせたまま。

 右手で箸を持って、恐る恐るおかずを口に運ぶと。



 しゃくっ



 丸くさせてた目をもっと見開いて。

 口の中のもんを綺麗に飲み込んでから話し始める。


「これ……、何て、料理、なの?」

「料理名なんか知らねえよ。セロリの漬物にちくわの輪切り和えただけだっての」


 俺の説明を聞いてんのか聞いてねえのか。

 舞浜は箸を一旦置いて、タッパーを手元に寄せたかと思うと。


「そういうとこお嬢様だな」


 再び箸を持って。

 あっという間にしゃくしゃくペロリと。

 全部食っちまいやがった。


 ……俺の分とか考え無しに。


「そういうとこも、お嬢様だな」


 ばかやろう。

 生姜焼きだけじゃ油っぽいから作って来たのに。


 まあ、満足そうだからいいか。

 諦めながら、俺も飯を食い始めると。


 こいつ。

 変なこと言い出しやがった。


「これ、作れる……、かな?」

「ん? 作り方? セロリを薄く切って……」

「セ、セロリってどこで買うの? 畑?」

「直売すぎる。下手すりゃタダで持ってけって言われるわそんなん」

「ち、ちくわ……、は?」

「魚だ魚」


 ほんと何にも知らねえんだな。

 山肴野蔌さんこうやそく、ひとつも知らねえのかもしれねえ。


 でも、口には出さないでおこう。

 物を知らないやつにそのことを直で言うのはいけねえ。


 バカにバカって言う人が一番バカなんだよって。

 凜々花も言ってたし。


 あの美貌と智謀と暴力を兼ね備えた凜々花が言うんだ。

 痛いのが嫌いな俺が逆らうわけねえ。


 ……だが、そんな思いも。

 一瞬で後悔。


 もの知らずを自覚させるべきか?

 面倒極まりねえっての。


 酢を作ろうとすんじゃねえ。

 ちくわは海で泳いでねえ。


「ああもうめんどくせえ! 動画見ろ動画! 料理なんか、みんなそうやって作るんだ!」

「……み、見せて欲しい、な」

「とことん面倒なヤツだな。俺のおすすめサイトは……」

「そ、そうじゃなくて……」


 そうじゃなくてって。

 どういうことだよ。


 ……はっ!? まさか!!!


「なんだ!? 学校で作れってのかよ!」


 うん。

 じゃねえ。


 ダメ?

 じゃねえ。


「勘弁しろ。これから余分に持って来てやるからそれでいいだろ。……じゃあ、ほら。早速一品」


 ピンクのタッパーを突き出すと。

 いつも通り箸を置いてから。

 嬉しそうに手に取る舞浜だが。



 ……ふふふ。


 ばかめ。



 そいつこそ、今日の笑いの大本命。

 さあ、無警戒にそいつを開けて。



 無様に笑いやがれ!



 幸せそうに蓋を開いた舞浜が。

 その栗色の瞳に映すものといえば。


 茹でたタコをウインナー型にカット。

 斜めに飾り包丁まで入れた超力作。



 ウインナーさんタコだ!



「……あ、これ。みんなが食べてた料理。……初めて食べる」

「ウインナー食った事ねえのかよ!?」


 いやいやいや!

 さすがにどうなんだよお前!


 てか。

 なんたるネタ潰し!


 今度からは食いもん系のネタはやめよう。

 そんな反省を胸に。

 タコにかじりつく舞浜を眺めてたら。


「……硬い」


 そりゃそうだっての。

 タコだし。


「これ、切っても、いい?」

「好きにしろ」


 舞浜は、筆箱からハサミを出して。

 タコの下半分を十字にちょっきん。


 それに爪楊枝を挿して。

 アルコールランプであぶれば。



 タコさんタコの出来上がりっと。



「うはははははははははははは!!!」


 こいつ!

 タコさんウインナー知っててやりやがったな!?


 いつもの澄ました微笑の裏に。

 ニヤニヤしてる気配を感じる。


 ちきしょう、明日こそ、そのすまし顔を。

 くっしゃくしゃになるほど笑わせてやるからな!



 俺の誓いをよそに。

 あぶったタコを口に放り込んだ舞浜は。


「あっち! んぐ、んぐ、んぐ…………、ごくん! ふぇ……」


 ヤケドした舌をぺろりと出して。

 くっしゃくしゃな泣きべそ顔を俺に向けた。



 ……くっしゃくしゃってとこだけ願いは叶ったんだが。

 そうじゃねえっての。

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