郵政記念日


 ~ 四月二十日(月) 郵政記念日 ~

 ※鰥寡孤独 かんかこどく

  頼れるやつがどこにもいねえ



 二週間も過ぎたせいで。

 俺もなんだか。

 気楽に話せるようになった気がする。


 そんな、誰もが一線を引く女。

 舞浜まいはま秋乃あきの


 権力とか見た目とか。

 そういうので態度を変えねえ俺ですら。


 さすがにここまで浮世離れした美人だと。

 気ぃ使ってたんだなって。

 今更ながらに思い知らされる。



 見た目っていうか。

 オーラっていうか。

 尋常じゃねえし。


 そんなもん持ってるせいだろうな。

 どうにもみんなが。

 こいつとは距離を置く。


 今まで。

 随分寂しい思いをして来たにちげえねえ。


 ほんとは。

 すっげえいいやつなのに。


 でもま。


 これから少しずつ。

 みんなと打ち解けて行けばいい。


 みんなの前で。

 無防備な笑い顔を晒せるようになればいい。



 ……まあ、まずは。

 俺で。

 友達の練習だな。


 例えば。

 こんなのはどうだ?



 今日は郵政記念日。

 ノートの切れ端を手紙にして。

 舞浜の机にほいっと投げ入れた。


 するとこいつはビクッと体を強張らせて。

 その栗色の瞳で手紙と俺を交互に見つめて。


 恐る恐る紙を開いて。



 ……で。



 目をキラキラさせながら。

 足をパタつかせ始めやがった。



 『手紙、きらいか?』



 そんな文章に。

 首を元気に左右に振ってるが。


 そうじゃねえよ。

 返事寄こせっての。


 手をくいっくいっとさせると。

 こいつはわたわた慌ててノートを定規で切って。

 折り紙でくちばし作って。


 ……おい、そんなもん渡して来てどうする。


 おもしれえけどよ。


「こら。お前もなんか書けよ」


 くちばしを口に当ててパクパクさせながら文句を言ったら。


 こいつ、目を泳がせて。

 何を書いたらいいのか分からんらしく。


 頭を抱えて唸り出しちまった。


 だから。

 考え過ぎなんだっての。


 しょうがねえな。

 まあいいか。

 一方通行でも。


 俺は二通目を手早く書いて。

 今度は手渡してやったんだが。


 『お前、随分おもしれえことして来るけど。お笑いとか好きなのか?』


 そんな手紙に。

 眉根を寄せた舞浜は。


 さっきとは違う。

 暗い表情で。


 ふるふると首を振った。


 ……なんだよ。

 妹の話に続き。

 これも地雷か?



 友達が欲しいのに。

 距離を置かれる見た目。


 笑いは好きじゃねえのに。

 笑いの神様がべったり張り付いてるとしか思えねえセンス。



 不憫なやつ。



 でも、いちいちそんな顔すんじゃねえ。

 この俺が、しょぼくれたその顔を。



 無様に笑わせてやるぜ!



 渾身の一通。

 俺は中途半端に破けたノートの切れ端を。


 ふさぎ込んだ舞浜の顔に押し付ける。


 ちょっとムッとしながら。

 舞浜が栗色の瞳で見た手紙は。

 明らかに綺麗な四角じゃなく。

 右半分が楕円形に破けてて。



 今日、帰りにア

 寄って行


 from  ヤギ



 お?

 これはヒットしたみてえだな。


 ぷっと噴き出して。

 肩を揺すって。

 笑うの、こらえてやがる。


 だが爆笑とまではいかなかったか。

 厳しいぜ。


 凜々花りりかなら。

 はら抱えて笑いそうなもんなんだが。


「こら、舞浜。今、保坂と何をやり取りしてた」


 おっとまずい!

 ほんと目ざといなあいつ!


 先生に注意された舞浜は。

 手紙を隠そうと。

 わたわたしたかと思うと。



 ……口ん中に押し込みやがった。



「うはははははははははははは!!! スタッフが美味しくいただきました!」


 こ、古典的ながらおもしれえっ!

 ほんとお前、それで笑いが好きじゃねえっておかしいからな!?

 

「……舞浜。どういうつもりだ」

「や、ヤギのつもり……、です」

「うはははははははははははは!!!」


 俺が笑い転げてるせいもあってか。

 教室で、何人か。

 笑ったやつがいる。


 そう、こいつは。

 こういうやつなんだっての。


 慣れればきっと、みんな。

 親しくしてくれるだろうな。


「……そうか。舞浜は今日、八木という苗字だったか」

「ふぁい……」

「では、席が違うだろう。最上と八島の間に移動しろ」


 そしてこの先生な。

 いちいちおもしれえこと言おうとするけど。

 下手くそなんだっての。


 そんな切り返しに呆れてた俺を。

 舞浜が、捨てられた子犬みてえな目で見て来やがる。


 鰥寡孤独 かんかこどくって訳でもねえだろ。

 席が離れるからって。

 そんな顔すんじゃねえよ。


 不安な気持ちは分かるけど。

 助けようねえっての。



 ……いや、まてよ?



 俺はさっきのくちばしを。

 テープで口に張り付けて。


 椅子を鳴らして立ち上がった。


「……何のつもりだ、保坂」

「保坂じゃねえ。俺の苗字、今日は『焼き鳥』だ。だから八木の隣に行くわ」


 そんな俺の言葉を聞いて。

 舞浜が浮かべた、嬉しそうな笑顔。



 ……に、見送られて。



 俺は、飼育小屋の中に立たされた。



 うん。


 この沙汰は。

 ちょっと上手い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る