なすび記念日
~ 四月十七日(金) なすび記念日 ~
※
看板はすげえのに中身は大したことねえ
二週間前。
入学式の日。
学校へ向かう電車の中。
可愛らしいカバーの携帯に目を奪われて。
気になっちまった女の子。
初めて会ったあの日から。
もう二週間。
俺は未だに。
小さな願いひとつ。
叶えられずにいた。
~´∀`~´∀`~´∀`~
たまーにこういう時がある。
いわゆる、スランプってやつだ。
昨日遅くまでネタを練って。
煮詰まった挙句に勢いで作った。
このでかい木箱。
案の定、日の目を見ることなく。
とうとう。
昼休みを迎えちまった。
「まあ、こんな日もあるさ」
こんなものを作ってはみたが。
冷静になった今。
何がおもしれえのかビタいち分かんねえ。
この箱は封印しよう。
無理に出したところで。
首をひねられておしまいだ。
しかし、こんなことで。
俺の些細な望み。
いつになったら叶うんかね。
――昼休みとくれば。
定番になった、パラガスときけ子が振り向く食事風景。
そんな中。
弁当じゃ、あまり馴染みのない香りが鼻を突く。
「お前、味噌汁持って来たのかよ」
「いいだろ~? 好きなんだよ、具沢山の味噌汁~」
「……どこが具沢山なんだよ」
「それな~。まさかのプレーンとか~」
太い水筒みてえな弁当箱から。
具がねえ味噌汁の入ったプラの器を出して。
泣きそうな顔をするパラガス。
……ああ。
まさか。
この箱を使う機会が。
訪れるとは思いもしなかった。
舞浜も見てることだし。
いっちょ出してみるか。
作り笑いみてえな柔らかい笑顔。
なんだか仮面みてえなその顔を。
無様に笑わせてやるぜ!
「……だったら、これ開けてみな」
俺は手作りの木箱を足元から引っ張り出して。
机の上に置いてやる。
そんな箱の蓋に書かれた字は。
『あなたが一番欲しいと思っている物が入ってる箱』
「え? え? なにこの変な箱? なにが入ってるの?」
「書いてあんじゃねえか。パラガスが、今、一番欲しいもの」
「え~? 今欲しいの、ゲーム機なんだけどさ~」
「何が出てくるかは、てめえの深層心理次第だな」
舞浜ときけ子が目を見開いて見つめる先で。
もったいぶった仕草で、咳払いなんかしながらパラガスが蓋を開くと。
中から姿を現したのは。
なす。
「きゃはははははは! ゲーム違う!」
「ちょっと待てよ~! 確かにみそ汁の具が欲しいって言ったけどこれじゃねえよ変えてくれよ~!」
「知らねえよ。てめえがしっかり欲しいもの考えねえのが悪い」
きけ子は大笑いしてるが。
肝心の舞浜は。
眉根を寄せて考え込んでる。
……まあ、確かに。
なすなんて。
どんなつもりで入れたんだろうって考える気持ち。
よく分かる。
でも、考えなんかねえ。
昨日の俺が、なんだか煮詰まって作っただけで。
多分、意味なんかねえんだよ。
パラガスが、うっとうしい長い腕で絡んでくる中。
思案顔してた舞浜が。
ふと、俺の目を見て来やがる。
何だよ、悪かったな。
どうせ今日のは駄作だよ。
自然と落ちてた肩を無理くり持ち上げて。
駄作を解体しようと、まず底を引っぺがすと。
「い、いつも、私に作って来てるんだよ……、ね?」
なにやら。
返事しにくい質問してきやがった。
「ん? ……まあ、そう、だな」
「じゃあ、私が、今。一番欲しいもの……、ね?」
「もうからっぽだって、取るんじゃねえ。……って、それをさらに取るんじゃねえよ夏木!」
聞けよお前。
カラだって言ってんだろが。
奪い返そうとする俺の手をかいくぐって。
底の抜けた箱を顔の前に構えたきけ子が。
「あたしの欲しいものは……、これっ!」
バカなことを言いながら。
舞浜の胸に底を向けて蓋を開くなり。
「くそう! 正解です!」
「こら。舞浜のコックピット辺りを見るな」
まったく。
こいつが連日そんな話ばっかするせいで。
気になって仕方ねえ。
だが、女子はそういった視線に敏感だって
見ねえようにしねえと
こいつに嫌われたりした日にゃ。
俺の、些細な願いが。
叶わなくなっちまうからな。
……いつものわたわたで。
きけ子の視線を遮ってた舞浜が。
空き箱越しにかけられた言葉に。
その手を止める。
「舞浜ちゃん、欲しい物なんかないでしょ?」
「ある……、よ?」
そして、きけ子から箱を取って。
一旦、蓋を閉じて。
『あなたが一番欲しいと思っている物が入ってる箱』
蓋に書かれた文字を改めて眺めると。
きけ子と同じように顔の前に構えて。
抜けた底から。
俺に笑顔を向けた。
「……入ってた」
「俺!?」
それ、どういう意味だよ!
……ああ、いや。
そうか、そういう意味か。
「ひゅーひゅー!」
「大将、手ぇはええ~!」
「バカ、そうじゃねえんだ。ちょっと黙れ」
至って真面目な声をかけると。
二人は鳴りを潜めて。
そんな様子にお構いなしなこいつは。
いつもの作り笑いみてえな笑顔を箱から覗かせる。
――電車の中。
可愛らしいカバーの携帯に目を奪われて。
気になっちまった女の子。
初めて会ったあの日から。
もう二週間。
俺は未だに。
小さな願いひとつ。
叶えられずにいる。
恋人だとか。
そういうんじゃねえんだ。
こいつが欲しいものはな。
……携帯。
可愛らしいカバーの携帯。
俺が目を奪われたのは。
舞浜が見ていた携帯の。
画面。
そこに表示されてたサイト。
タイトルは。
『友達の作り方』
「……なんだよ。俺と友達になりてえってか?」
俺の言葉に。
びくっと身体を固くさせてやがるが。
「まあ、いいけど。でもな、そんなめんどくさく考える必要ねえんだ」
未だに固まってる舞浜を指差して。
俺は、きけ子に聞いてみる。
「夏木。舞浜が、友達になって欲しいって言ってるんだが?」
「え~!? なにそれ、もう友達だと思ってたんだけどあたし!」
「な? 面倒な手続きなんていらねえ。そんな作り笑いでも、二人も友達できた。……でもな? もっと心から笑えば、もっと友達出来るっての」
そう言えば、無様に笑うかと思ってたんだが。
こいつ、涙ぐんでやがる。
何から何まで面倒なやつ。
「俺は~?」
「てめえは却下」
「なんだよ~。俺も友達にしてくれよ~」
呑気なパラガスが。
長い手をくねくねさせると。
舞浜のニコニコが。
すこしだけ。
ほんの少しだけ。
自然になったみてえだ。
……駄作だと思ってた。
欲しい物が入ってる箱。
なんだよ。
これ、名作じゃん。
そんな名作を。
舞浜は押し付けてきて。
「あ、開けてみて欲しい……、な」
随分なことを言って来た。
「イヤだよ恥ずかしいよ何言ってんだおめえは」
ひゅーひゅーと。
バカな二人もからかって来るが。
でも。
開けねえわけにゃいかねえか。
俺は顔の前に箱を構えて。
蓋を開くと。
そこには。
アイドルなんか目じゃねえほど。
美しい舞浜の顔が。
……すっげえブサイクな変顔で待ち構えてやがった。
「うはははははははははははは!!!」
ちきしょう、そうじゃねえ。
俺は、てめえを笑わせてえんだ。
とは言え、てめえの小さな願い事。
なんとか。
ようやっと。
叶えてやれたのかもしれねえな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます