世界医学検査デー


 ~ 四月十五日(水) 世界医学検査デー ~


 ※桜花爛漫おうからんまん

 桜満開咲き乱れ



 世界的に医学検査。

 今日はそんな日なんだが。


 学校で。

 そこまで大層なことをするはずはなく。


 身長体重だの。

 視力だの聴力だの。


 つまりはそんなものを測定する日なわけだ。


 何十年も前から変わらねえ。

 通り一遍の検査。

 俺は、そう思っていたんだが。


「なあ。知ってるか~? 昔は座高っての測ってたらしいぜ~」

「座高って何」

「椅子に座った時の高さだよ~」

「…………意味わからん。なんでそんなもん測る必要があるんだ?」


 体育館での検査を終えて。

 本当は待機していなけりゃいけねえところを。


 パラガスに腕を引かれて。

 校舎沿いに校庭を歩きながらの与太話。


 桜花爛漫おうからんまんってほどでもねえ。

 半分方、本来の緑色に戻りかけてる桜の木を。

 校庭の向こうに眺めながら考える。


 座高か。


 足の長さを直接測ったらハラスメントになるから。

 間接的に測ってみたのか?


 しかし、もしも足の長さを測るとしたら。

 きっととんでもねえ結果を弾き出すだろうな。

 舞浜まいはま秋乃あきのは。


 今朝、あいつと並んで立った時に気付いたんだが。

 俺の方が背ぇ高いのに。

 尻の位置が変わんねえとか。


 まさか毎日立たされてるから。

 足が短くなってるってことねえよな。


「保坂~。舞浜ちゃん、優しいよな~?」

「えっ!? ……あ、ああ。そうだな」

「なんだよ今の~? まさか、あいつのこと考えてたのか~?」

「ちげえよ。それより急に何の話だよ」


 慌てて話題を逸らすと。

 パラガスはいつものヘラヘラした顔のまま。

 校舎の上の方を指差すんだが。


「舞浜ちゃん、俺のお願い聞いてくれた~!」

「お願い?」

「カーテン~!」


 言われて校舎を見上げれば。

 俺の席の所だけ。

 カーテンが開いてるように見える。


 なにぶん、角度があるし。

 光の加減かもしれねえけど。


「やれやれ。あんなことして、覗かれたらどうする」

「そうだよな~。俺以外の奴に覗かれたら大変だ~」

「覗く気かよ!?」

「そりゃそうだろ~?」


 パラガスは校庭を横切って。

 桜の木へ向かうんだが。


「おい、待てよ」

「いやだよ~。急がないと検診終わっちゃうだろ~?」

「そうじゃねえ。こんな遠距離で見えるかっての」

「……ほんとだ~」


 確かにそうだなとか言いながらも。

 こいつ、足も止めずに桜の木にたどり着くと。

 よじ登り始めやがった。


「いやはや見上げた根性だな」

「優しい舞浜の事だからさ~。枝に双眼鏡とか置いといてくれてるよ~」

「なわけあるか……、い?」


 ばかばかしいパラガスの言葉につられて。

 なんとなく木の枝を見上げると。


 校舎に向かって伸びる枝。

 その、先端の方に。


 あろうことか。

 ほんとにぶら下がってんだけど。



 双眼鏡。



「まてまてまて!」

「いやだよ~。止めんなよ~」

「そうじゃねえ! 俺が先だ!」

「いてててて! 俺を踏み台にすんなよ~!」


 幹にしがみついてずりずりよじ登るパラガスの。

 腿へ、肩へ手をかけて追い抜くと。


 先に枝の上にたどり着いて。

 またがったままずりずりと先端へ向けて進んで。


 そして目当ての双眼鏡を手にしながら。

 俺は頭を抱えちまった。


「……新品じゃねえか。まさかほんとに舞浜の奴が?」


 きけ子にくれと言われた身長とおっぱい。

 神頼みながらも、貸してあげようとしてたあいつ。


 優しい奴だとは思ってたけど。

 これはやりすぎだっての。


「ふう、ふう……。やっと追いついたぜ~」

「こら、あんま近寄んな。枝が折れちまうっての」

「あれ~? なんだ大将、準備万端じゃ~ん!」

「…………説明すんの面倒だからいいや。すぐに貸してやるからそこで待ってろ」


 ここまでされちゃ黙ってねえぜ。

 据え膳食わぬは男の恥。


 モデル顔負けのそのからだ。

 検診中なら下着姿か?


 そんな、半月遅れの桜花爛漫おうからんまん



 カーテンの隙間から覗いてやるぜ!



 双眼鏡を顔に当てて。

 目当ての場所に狙いをつけると。


 残念ながら中が見えないように。

 窓に張り紙がしてあったんだが。


 そこに書かれた文字は。




 油性インクもみるみる溶かす!

 強力クレンジングオイル!

 ひと塗り、コロネ一個!




「うはははははははははははは!!! やられたっ!!!」


 双眼鏡を顔から外してみれば。

 目を当てるところに。

 赤い塗料がべっとりついてやがる。


「なんだよ~! 一人で楽しんでるんじゃねえよ~!」

「ああ、わりいわりい」


 俺は振り向かないように気を付けながら。

 双眼鏡を渡してやると。


 パラガスは嬉々としながらそいつを顔に当てがった。



 ……これで二人の両目分。

 合計四個のコロネが手に入ったってわけだ。


 変なやつなのに。

 大した女だ。


 しかし、こう毎日あいつに笑わされてると。

 なんだか自信なくしちまうぜ。



 俺は清々しさ半分。

 悔しさ半分。

 そんな心地で教室を眺めていたんだが。


「あれ~? 検診終わってるじゃねえか~」


 パラガスがため息をつくのに合わせて。

 次々とカーテンが開け放たれていく中。


 遠目に見てもすぐ分かる。

 飴色の髪が、こっちを向いて。

 にっこり笑ったような気がして。


 なんだか。

 楽しい気分になっちまった。



 霞がかった春の空。

 今、一枚の桜の花びらが。


 彼女と俺の間を。

 ひらひら踊るように舞い落ちて行った。





 …………なあ。


 楽しい気分になったとこだっての。


 その顔。

 こっちに向けんじゃねえ。



 遠目に見てもすぐ分かる。

 いかつい顔がこっちを向いてやがる。


 そんな担任が、舞浜の張り紙を窓から剥がして。

 代わりに何かを貼り付けてるんだが。


 ……なんて書いてある?

 そんな質問するわきゃねえ。



 俺は何も言わずに。

 枝の上に立ってやった。


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