椅子の日
~ 四月十四日(火) 椅子の日 ~
※
神様に祈る前は飲食や行動を慎んで、水を浴びよう
椅子ってもののありがたさを。
この学校に入学してから。
いやってほど味わってる。
連日廊下に立たされて。
足がずっと筋肉痛だっての。
それもこれも。
艶やかな飴色の髪を肩に滑らせる。
全部こいつのせいだ。
いや、あるいは。
こいつを笑わせることができない。
俺のせいなのかもしれない。
「えー、明日行う身体検査についてだが、事前に渡したプリントに持病やアレルギーなど記入して来るのを忘れない事。あとは……」
明日は身体検査。
明後日は体力測定。
言い間違えると恥ずかしい代表格は。
それぞれ、自分ばかりが緊張して。
妙な劣等感を植え付けられるもの。
……まあ、俺は緊張しねえし。
劣等感なんか感じねえけど。
これは世間一般的な常識だって。
そう考えるように。
意識を変えて行かねえと。
ひとまず、そうだな。
身長についてパラガスに負けてるってことを悔しがっておこうか。
…………我ながら。
天才か?
なんだかすげえ負けた気になって来た。
そんなパラガスと。
そのお隣に座るきけ子。
先生が板書し始めたタイミングを狙って。
同時に舞浜へ振り向いたんだが。
二人揃って。
バカなこと言い出しやがった。
「舞浜~。明日の身体検査、女子はこの教室だろ? ちょこっとカーテン開けといてくれよ~」
「やめねえか変態。無茶言うな」
「だって舞浜なら頼まれたら嫌って言わないだろうし~。校庭向こうの桜の木からなら見えるんじゃね~?」
「うるせえ黙れ」
全世界の男子が。
てめえみてえなやつばっかりだと勘違いされるわ。
「あたしもお願い! 舞浜ちゃん、分けて! 身長!」
「そしてこっちもかよ。無茶言うな」
「あと、おっぱいも!」
「お前も黙れ」
全世界の女子が。
お前みてえなやつばっかりだと勘違いされるわ。
あと、ホームルーム中に女子が。
おっ…………、なんてこと言いやがる。
確かにきけ子は。
背も胸もちいせえけど。
いいじゃん、そのサイズだから似合うんだぜ?
もわっと膨らんだローツイン。
舞浜は、もちろんパラガスの話はスルーして。
お得意のわたわたのあと。
鞄からお守りをきけ子に差し出したんだが。
神頼みってか?
「違うわよ! パットじゃなくて中身が欲しいのよん!」
……頼まねえのかよ。
神様入れるなよ、下着ん中に。
きけ子は丸く膨れた後。
机に突っ伏しちまったが。
くぐもった声で。
いつまでも愚痴り続けてやがる。
「くそう! 明日までに牛乳三本飲んでやる! ……あ、でもでもそれだとご飯抜いてる意味無いか。くそう! どうすりゃいいってのよ!」
そんなきけ子に。
どう声をかけたものかあたふたと落ち着きなく考えると。
なにやら舞浜は。
鞄から厚紙を取り出して工作を始めやがった。
「何を作る気だっての」
しかし。
女子はどうして身体検査の前に飯を抜く。
……いや。
身体検査の結果は、筐体仕様として一年間公表可能なスペックだって話だし。
また凜々花にどやされねえように。
せめて心から応援してやろう。
とは言え、きけ子よ。
聞け。
本体総重量はともかく。
おっぱいは諦めろ。
――教科書を立てて。
カッターとテープが工場内を行き来する。
今の工場長なら。
不意打ちに対処できまい。
チャンス到来だ。
期せずして被っちまったが。
俺の厚紙細工。
前の授業中に準備しておいたこいつで。
作り笑いみてえな柔らかい笑顔。
なんだか仮面みてえなその顔を。
無様に笑わせてやるぜ!
「あー、毎日立たされて足がパンパンだぜ」
俺は先生に聞こえない程度。
舞浜を意識せずに独り言をつぶやく。
「歩くのもつれえっての。あー、どうすりゃいいかなー」
俺に、ここまで演技の才能があるとは。
驚くほど自然なつぶやきに。
きっとこいつは注意を向けているはずだ。
ようし。
今だ!
「あ。だったらいっそこうするか」
窓際最後列だからこそできる芸当。
俺は音を立てないように椅子を回して。
背もたれを前にしてまたがると。
舞浜の側、椅子のフレームに沿って貼った厚紙で作られたものは。
馬。
さあ! 笑え!
タオルで作った手綱を握り。
ドヤ顔で隣を向くと。
……こいつ。
笑うどころか。
ビクッと体を強張らせて今更振り向いたかと思うと。
きけ子の椅子に貼ろうとしていた何かを慌てて机において。
体の全部で隠して、ぎゅっと目をつぶる。
その、隠した何かは分からねえ。
だがそれより。
きけ子の椅子の背もたれが。
どえれえことになってやがる。
「夏木神社!?」
背もたれの形に合わせて貼られてたのは。
画用紙を立体的に折って作った神社の鳥居。
タオルでしめ縄まで作って。
英語のノートで
そして鳥居からぶら下がる小さい絵馬を。
わたわた邪魔する舞浜の手をかいくぐって取ってみると。
『夏木さんが、必要な分、私から吸い取れますように』
「いいのかよ!?」
なんだか優しいのか。
バカなのか。
よくわからん。
……いや。
悲しむきけ子にあげてもいいって思ってるなんて。
底抜けに優しいのか?
すげえやつだと。
俺が手にぶら下げた絵馬を奪い返そうとする舞浜に感心していると。
その机に置かれた。
さっき隠した方の絵馬が目に入った。
『でも、後で返してね?』
「うはははははははははははは!!!」
「やかましいぞ保坂!」
「だってこれ! 公正取引委員会が黙っちゃいねえ!」
「…………じゃあ、内容量が適切になるまで立ってろ」
俺は百グラムほど。
脂肪が減るまで立たされた。
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