一汁三菜の日


 ~ 四月十三日(月) 一汁三菜の日 ~


 ※三薫三沐さんくんさんもく

 相手を大事に思う心



 立ち食いソバってやつは体験したことがあるが。

 立ち食いメシってやつは体験したことが無かった。


 生まれ育った東京じゃ。

 立ち食いのおしゃれな店がいくつもあって。


 イタリアンからステーキ。

 果ては高級フレンチまで。


 そんなものを。

 大人になったら体験できるもんなんだと。


 ふわっと。

 憧れていたもんなんだが。



 ……まさか。

 こうも早く体験することになるとは思ってなかったっての。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 今週に入って。

 ちょくちょく振り返って。

 舞浜に話しかけてくれるようになったきけ子。


 他人事ながら。

 なんだかうれしい。


 今週に入って。

 ちょくちょく振り返って。

 俺に話しかけてくるようになったパラガス。


 自分の事だから。

 なんだかうっとうしい。



 そんな、自然な感じで集まった四人組。

 今日は前列の二人が、椅子へ横向きに腰かけて。

 昼飯を一緒に食うことになったんだが。


「やっぱし? やっぱし? 保坂、すっごいアピールよん!」

「やかましい。アピールじゃねえ」

「でもでも舞浜ちゃん! どうせ貰うんだったら食べ物じゃなくて、服とかアクセの方がいいよね~!」

「だから聞けって。そういうんじゃねえよ」

「誤魔化さない誤魔化さない! Do bluffよん!」

「だから。それじゃ誤魔化せになっちまうだろが」


 きけ子が、サンドイッチを手に。

 目を丸くさせて。


 パラガスが、前よりでかいおにぎりにかぶりつきながら。

 もぐもぐへらへら眺めているのは。


 小さな、三つの無透明タッパー。


「え、えっと……。なんで私……、に?」

「先週の詫びだ」


 先週末。

 妹さんの件で。


 なんだかしくじったようだからな。


凜々花りりかのやつが、弁当でも作って謝れって言いやがるから持って来た」

「またまたっ! お母さんのせいにするんじゃないわよん!」

「妹だっての」

「…………かわいい?」

「パラガスにはぜってえ会わせねえ」

「なんでだよ~、会わせろよ~。あと、パラガスって言うなよ~」


 うっとうしいほど長い手で絡むこいつの手を割り箸で撃退して。

 改めてタッパーを舞浜の前に差し出すと。


 こいつは眉尻を下げて。

 困った顔をするんだが。


「……そんな顔して欲しくて作ってきたわけじゃねえっての。せめて楽しそうに食ってくれよ」

「え……? 手作り……、なの?」

「おお。保坂家の食卓は、俺がいねえと三食テイクアウトのハンバーガーになる」

「まじまじ!? すごいじゃん保坂!」

「でもさ~。なんでバーガーなん~?」

「向かいがバーガー屋なんだよ」


 ほんとは、おやじが半分方作ってるが。

 まあ、多少盛った方が安心して食ってもらえるだろ。


 ……いや。

 食う前に。

 蓋を取ってもらえるだろ。


 じゃねえと始まらねえっての。



 そしてこの場合。

 舞浜が見てさえいれば。

 こんな感じで。

 きけ子が蓋を開いたってかまわねえ。


 さあ、舞浜。


 無様に笑いやがれ!


「あはははは! ちょっとこれ保坂ちゃんってば!」

「ぎゃははは! やるなあ大将~! 超おもしれえ~!」


 蓋を開いた三つのタッパー。

 その中身と言えば。



 ちょっと焦げが付いたマカロニグラタン。

 半分に割ったクリームコロッケ。

 とろーりホワイトシチューパスタ。



 三つの品に共通する物は。

 ご覧の通り、パラガスにもきけ子にも。

 あっという間に分かったようなんだが。


 一番笑って欲しい奴はと言えば。

 なんだか幸せそうな顔で。

 ニコニコと料理を見回してやがる。


「こら、そうじゃねえだろ。笑いながら突っ込めよ。これじゃ小麦粉カーニバルじゃねえかって」

「ううん? 嬉しい。……食べて、いい?」

「う…………。あ、ああ」


 三薫三沐さんくんさんもくとは程遠い。

 笑いを取るためのネタだってのに。


 なんだか予想とは違うリアクションだけど。

 まあ、これはこれでいいか。



 未だに笑い転げる二人を放っておいて。

 飯の入った弁当箱の蓋と。

 自分の分のタッパーを開いて。

 コロッケをおかずにかっくらう。


 そんな俺の横で。

 両手を合わせて。

 熱心にお祈りしてやがる舞浜。


 ……これで。

 同じ生き物とか。


 ちょっと恥ずかしくなったから。

 次からは。

 せめて、いただきますくらい言うようにしようか。


 そんな殊勝な気持ちで。

 舞浜を見つめていると。


 透き通る白魚のような指で。

 丁寧に、自分の弁当箱の蓋を取る。


 すると中からいつものように姿を現す。

 一面に乗せられた真っ黒な海苔。




 ……のような色に焦げたパン。




「うははははははははははは!!! イッツ、小麦粉フェスティバル!」

「きたねえ! 米が飛んで来たって~!」

「食べながら笑うんじゃない! 保坂ちゃん、立ってなさい!」



 こうして俺は。

 立ったまま弁当を食うことになったってわけだ。

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