きょうだいの日
~ 四月十日(金) きょうだいの日 ~
※
当本人は結構見えてないもんだ
今週のはじめ。
可愛らしいカバーの携帯に目を奪われて。
気になっちまった女の子。
今日もちょっぴり。
株をあげた。
つまりこいつは。
体験型の授業が好きなようで。
化学の授業。
白衣に袖を通してからというもの。
落ち着きなく。
そわそわへらへらしっぱなし。
「こちらが実験器具です、博士~」
「そしてこっちが検査する液体よん! 博士!」
そんな舞浜を博士呼ばわりで。
パラガスと夏川さんが盛り上げる。
俺たちの班。
この二人も一緒なんだが。
……面倒だっての。
「こら、説明聞いてなかったのかよ。試験管は一班一本ずつだっての」
「二つもあるからたっぷり実験できるよ! 博士!」
「だから、人の話聞けって」
ほんとこいつ。
頭の中で。
かききけ子って呼ぶことにしよう。
で。
きけ子が持って来たから構わないと判断したのか。
白衣の袖をぱりっと二つに折り返した。
舞浜博士が早速とばかりに実験に取り掛かる。
透明な液体が入った二つの試験管に試薬を垂らして。
色の変化に、いちいち目を丸くさせながら。
あっという間に何の液体の混合物か割り出しちまったんだが。
こいつ。
板書されたツリー構造の手順書を見ずに。
しかも、試薬の必要量が書かれたプリントもそっちのけで作業してたけど。
どういうことなんだよ。
ひょっとして、化学大好きなのか?
綺麗なくせに。
なにからなにまで不思議な女。
まあ、そんな評価を直接言ったら。
こいつ、またわたわた慌てるだろうから。
今はやめとこう。
だって。
慌ててその試験管の中身を頭にかけられたりした日にゃ。
お前の書いた解答用紙にある。
塩酸って文字が。
俺をパゲにするだろうからな。
……課題が終わったからと。
パラガスときけ子は、仲のいい他の班のヤツと話しに席を立っちまったんだが。
生憎俺もこいつも。
話しかける相手なんかいやしねえ。
じゃあ、しょうがねえか。
白衣を脱いで、丁寧に膝の上で畳むこいつに。
俺は話しかけてみることにした。
「びっくりしたぜ。化学、好きなのか?」
ビクッと体を強張らせて振り向いた舞浜が。
その栗色の瞳を、おどおどと俺に向ける。
だが、興味のあることについての話だ。
間違いねえ。
こいつは、白衣を胸にぎゅっと抱いて緊張を表しながらも。
桜色の唇をぽつりと開いた。
「……す、好きかも……、ね」
「袈裟まで好きかよ。抱きしめ過ぎだって」
「ん……。着なかった……、ね」
舞浜が言いたいのは。
俺が白衣に袖を通していない件だろな。
これ、見せたくねえけど。
話の流れで見せねえわけにゃいかなくなった。
「だって、これだもんよ」
うらっ返しに畳んでおいた白衣を広げると。
そこには、所狭しと縫い付けられた花のアップリケ。
「ぷっ」
「白面積がほとんどねえこれを、白衣と呼べるか?」
「……カラフル
「だろ?」
こいつ。
白衣を見せるなり吹き出した後。
自分の白衣で顔を隠して。
肩を揺すってやがる。
……これはショックだ。
「お、面白かった……。それも、準備してきたの……、ね?」
「いや。残念だがお前を笑わせたのは俺じゃねえ。
「妹さん……?」
「そう」
あいつ、蝶々みたいに綺麗な女子が寄ってくるようにしといたからって言いやがったが。
授業前に確認して突っ込んだわ。
蝶々みたいに綺麗な女子が蜜を吸おうと。
寄ってたかって花にストロー刺したら。
黒ひげみたいに白衣からしゅぽんって本体が飛び出すっての。
「……お前にも、兄弟いんのか?」
何気なく聞いたつもりだったんだが。
踏み込んじゃマズい話だったか?
こいつは急に表情を暗くさせて。
しばらく逡巡した後。
視線も合わさずにつぶやいた。
「い、妹が……」
「そうか。妹さん、こういう変なことしねえのか?」
「しない」
「またまた。実はお前の白衣にも、アップリケ縫い付けてるんじゃね?」
努めて気軽に冗談めかしたんだが効果無し。
そんな物は付けない。
どこにそんな物が付いているのか。
舞浜は、なにやらムッとしながら。
白衣を広げて見せて否定すると。
弱々しくため息をつきながら。
席を立っちまった。
――透き通るほど綺麗な横顔が。
陶器の冷たさをその水面に浮かす。
そんな姿を見ると、自ずと。
入学式の日、電車の中で見た。
可愛らしいカバーの携帯を思い出しちまう。
……ああ、そうだ。
俺は、なんだか仮面みてえなその顔を。
無様に笑わせてやりてえんだ。
毎日毎日。
俺が爆笑してる場合じゃねえ。
プリントを提出して。
気分が悪いからと先生に断って。
化学室を後にする舞浜を。
どう笑わせたもんか。
ネタは思い付いてねえが。
声をかけなきゃ始まらねえ。
急いで席を立って。
声をかけようとした。
舞浜の後姿。
……の。
スカートの裾に。
コロネのアップリケ。
「うはははははははははははは!!!」
その日、俺は。
舞浜妹に負かされた敗北の味を身に沁み込ませるために。
自主的に廊下に立った。
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