よいPマンの日


 ~ 四月九日(木) よいPマンの日 ~


 ※風鬟雨鬢ふうかんうびん

 雨風ん中でも一生懸命働く



 よく、クラスの連中と会話はしている。

 でも、一線を引かれてる。

 そんなお嬢様、舞浜まいはま秋乃あきのが。


 今日はちょっと株をあげた。


 とは言っても、なにかいいことをしたってわけじゃなく。

 一限目に行われたオリエンテーション。

 学校農園の紹介中に。


 収穫体験したい者はいるかと声をかけられると。

 鼻息荒く手をあげただけ。


 ただ、その後の絵面がやばかった。

 まるで都会の小学生の農業体験。


 みんなの目を惹くことになった。

 楽しそうなこいつの姿。


 収穫したピーマンへ、嬉しそうに。

 愛おしそうに頬ずりする表情。


 挙句に、ピーマンを顔の横で振って。

 なんか軽いから、からっぽかもとか言いだすもんだから。


 物知らずなお嬢様だと。

 みんなは大笑いしながら。


 一歩だけ。

 こいつとの距離を縮めたんだ。



 でもな、違うんだよ。

 俺はそういうのを求めてるわけじゃねえ。


 そいつの、くっしゃくしゃな。

 無様な笑い顔を。



 ただ。

 見てえだけなんだっての。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「つまりこれは引っ掛け問題だな。酒と言ってもこれだけの単語があるわけだ。……そうだな、次回、これで小テストを行うから覚えてくるように」


 脱線話と高をくくって。

 板書せずにいた連中が慌ててペンを走らせてやがる。


 でも、俺と舞浜は。

 そこまで想定して既に書き写し済み。


 そんな空き時間を利用して。

 こいつは机の上に教科書を立てて内職してやがるが。


 ちらっと見えたその作業現場で。

 ピーマンをさすさす撫でてやがる。


 怖えよ、そこまで気に入ったのか?


 変なヤツ。


「……既に手が空いているものは暇だろうから、こんな話をしてやろう。酒の製造過程では、熟成中に水分やアルコール分が蒸発して目減りする。これの事を、『Angels’ share』、天使の取り分と呼ぶのだが……」


 自分でもいだピーマンにそこまでご執心とか。

 お嬢様にもほどがある。


 小学校でやるだろ、農業体験。


 ……いや。

 この辺じゃ農業なんて当たり前だからやらねえのかな。


 田舎とは言え。

 こんなお嬢様に育つとか。


 一体こいつはどんな家に住んで。

 家族とはどう接してるんだろう。


 まあ、うちみたいに変な家族じゃねえとは思うけど。



 そういえば。

 今日も凜々花りりかがやらかしてくれたっけ。


 朝、出がけに。

 携帯をいじりながら。

 『イチローアプリ』ってのを知らないかって聞いたら。


 『イエローパプリカ』渡してきてどや顔とか。


 悔しいけど大笑い。

 だが、兄として負けるわけにゃいかねえ。


 そうそう、これこれって言いながら鞄に入れて。

 じゃあ、行ってきますって言ったら腹を抱えて笑ってたっけ。


 しかし玄関においてくりゃ良かった。

 どうすんだこんなもん。


 しかも、さっきの授業でピーマンまで貰っちまったし。


 よし。

 帰ったらピーマンを凜々花に見せてやろう。


 酒は熟成過程で量が減るんだが。

 それを天使の取り分って言うんだぜって。


 だから朝のパプリカも。

 近所を歩いてた天使に襲われてこんなに取られたってな。



 ……お。


 良い事思い付いた。



 俺も教科書を立てて工場を作って。

 早速作業開始だ。


 しかしこの作業。

 思ったより大変。


 だが、一つの願いのためならば。

 風鬟雨鬢ふうかんうびんの心意気。


 作り笑いみてえな柔らかい笑顔。

 なんだか仮面みてえなその顔を。



 無様に笑わせてやるぜ!



「……おい、舞浜」


 小さな声に似あう力加減で。

 軽く肩を突いてやると。


 ビクッと体を強張らせて振り向いた舞浜が。

 その栗色の瞳に映すものといえば。



 黄色いパプリカ。



 その、ヘタの周りをカッターで切って。

 蓋を開いて中から出て来たのは。



 ピーマン。



 さらにそのヘタの周りを切って。

 中からシシトウのごま油炒めを摘まみ上げると。


 こいつはいつも通り。

 わたわたと慌てて机の中を探りだしたんだが。


 お返しはいいから笑えよお前。

 中に詰めるの大変だったんだぜ?


 終いにゃ、鞄の中を漁り出して。

 その拍子に、立てていた教科書が倒れて。


 工場から現れたのはピーマンと。

 その隣に並んだ……。


「紙粘土?」


 よく見れば。

 隣のピーマンとびっくりするほど形がそっくりな白い置物が出来ている。


 ピーマンより、きっちり一回り小さなそいつを。

 舞浜に断りも入れずに手に取ってみれば。


 そこには、誰もが見惚れるほど。

 美しい文字がペンで書かれていた。

 


 『天使の取り分』



「うはははははははははははは!!!」

「…………こら。また貴様か」

「だってこれ! 全世界のピーマン、天使に食われてスッカラカン!」

「やかましい、スッカラカンは貴様だ。今日はみっちり詰め込んでやる」



 そんな理屈で。

 みっちり擦り切れまで水が入ったバケツを持って。

 廊下に立たされた。



 くそう。

 明日こそ笑わせてやる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る