参考書の日
~ 四月八日(水) 参考書の日 ~
※
すげえ一生懸命本を読む
他に類を見ない程の美形。
飴色の髪は宝石よりも光り輝く。
いつでも微笑を浮かべた女。
ああ、そうさ。
綺麗なもんだ。
本人の。
望む望まぬにかかわらず、な。
……今日、舞浜は弁当を持たずに来たらしく。
誰かと購買に行きたかったようなんだが。
どうにもこのルックスが邪魔をする。
始業前の事。
物怖じする性格のこいつが、ようやく意を決して。
昼は一緒に購買に行こうとクラスの奴らにお願いしてみても。
一組目には、食べものの趣味が合わなそうだと断られ。
二組目には、舞浜さんが購買なんて似合わないと断られる始末。
似合わないなんてことねえぞ。
コロネに海苔メシだぞ、そのお嬢様。
見た目で判断すんじゃねえよ。
「大将。今朝、ずっと舞浜さんのこと眺めてたろ~」
「うるせえよ、事情があるんだよ」
「え? え? 保坂、舞浜ちゃん気になってるの!?」
二限目が終わった休み時間。
パラガスの隣。
舞浜の一つ前。
癖のあるセミロングをほわっとローツインにした。
やかましい女が話に混ざってきやがった。
「そうなんだよ~。じっとみつめちまってさ~」
「だまれパラガス。事情があるって言ってんだろ」
「やーねー! 照れなさんな照れなさんな! be shyよん!」
……それじゃ照れろ、じゃねえか。
なんだこの女は。
ぜってえ分かる。
他人の話を聞かないタイプ。
それが証拠に。
剥がせって言われてる机の名札もつけっぱなし。
『夏木菊花』。
聞くか。
じゃねえ。
聞け。
――さて、この二人が綺麗だよねと話題にし始めた当人は。
どこかへ姿を消したわけなんだが。
先生の入室に合わせるかのように。
ぱたぱたと慌てて後ろの扉から帰って来ると。
手に提げた購買の包みを机に押し込んで。
代わりに、教材の参考書を取り出した。
結局一人で買いに行ったのか。
まあ、それは捨て置こう。
それよりも、いつものやつだ。
こいつには勇気がいった。
だが二連敗なんて不名誉を
どんな苦難も乗り越える。
準備万端。
作り笑いみてえな柔らかい笑顔。
なんだか仮面みてえなその顔を。
無様に笑わせてやるぜ!
「……おい、舞浜」
小さな声に似あう力加減で。
軽く肩を突いてやると。
ビクッと体を強張らせて振り向いた舞浜が。
その栗色の瞳に映すものといえば。
顔を隠すように構えた、俺の参考書。
それをくるりと回すと。
中身は全部四コマ漫画。
参考書から全部のページを切り取って。
漫画を移植したのさ!
さすがの舞浜もこれには腹を抱えて大爆笑!
……しねえ。
どうなってんだよ、お前の笑いのツボ。
そしていつものようにわたわた慌てて。
俺の机に無造作に置いた。
切り取った漫画の方の表紙を取って、自分の参考書にテープでとめて。
まじめな顔で本を構えたんだが。
今日のは面白くねえぞ。
「……俺の方がおもしれえだろうが。笑えっての」
小さな声で文句を言うと。
こいつは何か返事をくれたんだが。
先生のだみ声に。
囁くような言葉が掻き消されちまった。
「舞浜! 俺の目は左右とも2.0だ。一番後ろの席だからって誤魔化せんぞ! 立っとれ!」
……見た目。
本人の。
望む望まぬにかかわらず。
こいつは見た目がお嬢様。
そんな舞浜が怒鳴られたもんだから。
クラスの皆は、眉根を寄せて振り向いて来る。
なあ、頼むよみんな。
そんな目でこいつを見ないでくれよ。
分かるだろ?
こいつ、心臓がぎゅっと握りつぶされたような顔してるじゃねえか。
しょうがねえな。
縮こまって。
身を固くする舞浜の代わりに俺が椅子を鳴らすと。
さすがにクラスの連中が。
どうして俺が立つんだってざわめいた。
だからやめろって。
自然にスルーしろよ。
じゃねえと、先生が。
お前じゃねえだろって突っ込みを……。
いれねえなあ?
「あれ? ……なあ先生。俺、代わりに立つんだけど?」
「そうすればいいだろう」
は!?
なにその、さも当然って反応。
「……変って思わねえの?」
「思わんな。慣れというものは恐ろしい。参考書くらい持って出ろ」
「イヤだっての。二宮尊徳か」
騒然とするみんなの視線を身に浴びながら。
廊下へ出て行こうとすると。
舞浜が袖をくいっと掴んで。
目にうっすらと涙を浮かべながら。
「……あ、ありがと。これ、持っていって欲しい……、な」
微かにつぶやくその声は。
小さいながらも鈴の鳴るような美しさ。
そして白魚のような指が。
俺に押し付けてきた参考書。
……の。
表紙と裏表紙が左右からテープで貼られたコロネ。
「うはははははははははははは!!!」
「…………おい、保坂」
「だってこれ! 参考書がチョコっとクリーミー!」
「ああ。しかも、中に書かれた問題もひねっているようだな」
「いや、先生下手くそか。面白くもなんともねえ」
「…………校庭の中央に立ってろ」
グラウンドにいた二年生の先輩たちから。
後継者とか呼ばれたんだが。
なんのことだ?
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