第十七章『炉前にて邂逅』4

   *


 区画ごとに設けられた都市型供給機関は各家庭に動力を送る役目を果たしている。

 これをもって帝都中が蒸気機関の恩恵を受けているといえる重要な位置づけの装置だ。

 民需省が管轄するこの大型機関は巨大な鋼鉄の箱に覆われている。

 さらにその周囲も鼠返しつきの強固な鉄柵でぐるり厳重に囲われており、敷地への故意の侵入、破壊、もしくは破壊を企てた者は司法によって厳しく罰される。

 最低でも懲役十年というのだから、その重大さ推して知るべし。


 都市型供給機関から排熱される余剰蒸気は都市暖房に転用される。

 暖房蒸気管を通じて、帝都人が冬を快適に過ごせるように熱を届けているのだ。

 しかしこの冬は東部市の寺町通を中心とする区域での暖房稼働率がやや低かった。

 区域の気温が例年より高い、いわば局所的な暖冬とでもいうべき現象が起こっていたからだ。

 十月の中ごろから気温があまり下がらなくなり、十一月第一週の付近の気温は標準温度単位系で例年の平均に比して一度七ほど高かった。

 十一月最終週の気温も十一月第一週と同水準であった。

 これらはいずれも実測に基づいた結果だ。

 一方で天候や気温の予測をする《時計塔》は、東部市の十二月頭までの気温を例年通りと予報していた。


《時計塔》の予測と実測値との誤差を、政府は重大な事象と見なした。


 帝都を支える技術の結晶《時計塔》が予報を外す。


 それは帝都を運営する者たち、とりわけ《時計塔》に携わる議員や碩学位、官僚にとってあってはならぬ事態である。

 彼らは大至急で《時計塔》の点検、調査を行った。

 が、異変や異常はどこにも認めらない。

 第二次、第三次と点検を続けるも芳しい結果を得られていない。

《時計塔》の頭脳ともいえる〈根源機関テンプ〉も正常に作動している。


 ならば、なぜ。


 議員、碩学の面々はそろいもそろって首を傾げた。

 彼らはみな《時計塔》を固く信じている。

 信じすぎていて、《時計塔》の異常を疑う自分こそがおかしいのではないか、と疑ってしまうようなお歴々だ。

《時計塔》を愛し、《時計塔》を信じ、《時計塔》に隷従し、《時計塔》に尽くすような人種だ。

 帝都における実際の問題よりも《時計塔》の状態をどうにかしようとする奔走する集団だ。


 彼らは《時計塔》の計算違い、過大な予測違いがなぜもたらされたのかについて討議を重ねた。東部市の局所的な暖冬対策も議題に上ったが、これについては『実務上の問題は東部市運営員会に委任する』との議決をもって投げてしまった。

 そんなことよりも《時計塔》がなぜ計算違いを起こしたのかを解明すべし。

 政府と議会の能事のうじはこの一点のみにあった。


 そうして政府より実務上の問題を投げられた東部市運営委員会の所属議員は、〈東部市暖冬調査委員会〉を立ち上げて調査に乗り出す。

 委員会が取り急ぎまとめた中間報告書は、暖房蒸気管の温度そのものが上がっており、これが気温上昇に大きな影響を与えているらしいこと、どこかの供給機関に動力漏れするような故障と見做せる事態があって、そのため検針装置が正常に作動していない可能性があることなどに触れ、さらに詳しく調査すると結ばれた。

 中間報告書では、次のようなもっと大胆な指摘もなされている。


『都市型供給機関とはまったく無関係の甚大じんだいな熱源の存在が疑われる』


 この文言を加えさせた〈東部市暖冬調査委員会〉のある議員は、特別高度警察隊の射扇いおうぎに東部市での密かな調査を依頼した。一週間ほど前のことである。


 ちなみに暖冬現象そのものについては、そこまで重大なものとしては扱われておらず、報道もされていない。政府によって《時計塔》による予測のずれが過大に問題視されているものの、例年より一度七前後高いだけならば誤差の範囲だからだ。

 むろん今年のそれが誤差かどうかは、今後の冬の観測を積み重ねるという非常に長い目を待たなければならないが。

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