第11話 ハーフアップは閃く

「──でさ、結局黒雲とはそれっきりで話を聞いてもらえなかったんだよ」


 体育館裏で黒雲と話した日の夜。俺は春香とのおやすみの電話で今日あったことについて話していた。


『あ、ああ、そっか。そういうこと。良かったぁ……』

「何も良くないって。ハーフアップまでの糸口がまるで見えなかったし」

『ご、ごめんね? ちょっと本心が漏れちゃった……ゴホッ』

「本心って、それはそれでどうなんだ……?」


 自室の天井を眺めながら春香の綺麗な声を聞く。最高の安眠導入剤だ。


 っと、それはともかく。


「春香、大丈夫か? 体調が悪いなら電話切るぞ?」

『あはは……ありがと。今日ビックリしちゃったせいかな、ちょっと熱出しちゃって』

「そう言えば今日はフラフラしてたっけ」

『そ、それは忘れて。良い?』


 忘れろと言うなら忘れるが……、少し心配だな。今日は長電話はやめておいた方が良さそうだ。


『あとごめん、明日は休むね。多分寝て治る感じじゃなくて……』

「わかった。学校には俺から伝えておこうか?」

『それは自分で伝える……ゴホ』

「やっぱり辛そうだな。今日はこの辺で電話切るわ」

『ま、待って。一つだけ』


 春香は少し焦った声色で俺を引き止める。俺は静かに続きを待った。


『明日のお弁当は作れないけどごめんね? それと朝も一緒に登校出来ないし、ただ帰りの時間にはもしかしたら治ってるかもだし、そしたら迎えに行くね。制服は着て行った方が良いのかな……あ、それと寂しくなったらいつでも電話してきて良いからね』

「多い多い一つだけって何だったんだ」

『あ、あれ? 何だか視界がぐるぐるしてきた。お昼ご飯の後は都妃ちゃんに背中をトントンしてもらってゲップしてね』

「赤ちゃんかよ」


 これは本格的にヤバそうだな。学校で春香の異変に気付けなかったことが悔やまれる。早めに保健室にでも運んでいれば良かったな……。


「とりあえず明日は何とかするから、早く治してまた学校で会おうな。春香が居ないと俺は死ぬ」

『そそそそれってやっぱり!?』

「てことで今日はこの辺にしておくよ。おやすみ」

『え、ええ!? ゆ、ユウくん! ちょっと待っ』


 プツッ。切り際に春香が何か言いかけてたな。まあ重要なことならこのあとメッセージでも送ってくるだろ。掛け直してまた長電話をするのは春香の体調に関わりそうだし。


 明日は春香が居ない。てことはまずは昼飯を買うために家を早く出なきゃだな。


 ……それと春香が居ない状況に耐えられるか。春香がインフルで休んだ時に起きた中上雄宇廃人化事件は伊達じゃない。


 とりあえず、早起きするためにもう寝よう。明日のことは明日考える。


 俺は部屋の灯りを消し、ベッドに入った。




◇◇◇




 何故か六時に目が覚めてしまった俺は、さっかとコンビニで適当なパンをいくつか買ってから学校に向かった。まだ七時前の通学路は全然人が居ない。


 運動部の朝練があるから学校自体は空いてる。朝礼が始まるまで暇だし教室で勉強でもするかなと考えながら曲がり角を曲がると、その先にはウェーブのある豪奢なハーフアップをした背の低い女子ともう一人(こちらもハーフアップで、オーソドックスなタイプのそれだ)が二人並んで歩いていた。


 うん、見間違えるはずもない。あの美少女オーラは双葉だ!


「ふーたーばーちゃーん! 一緒に学校行こうぜー!」

「うぇっ!? な、中上先輩! こんな朝から大きな声で呼ばないでください!!!」


 俺に負けないくらいデカい声で言い返すのはやはり双葉だった。隣に居る女子は以前にも見た陸上部の一年女子で、あれから一緒に登校するくらい仲良くなれたんだなと勝手に頬が緩んだ。


「今日もハーフアップ似合ってるぜ! めちゃくちゃ可愛いぞ!」

「うるさいです!」

「あはは、双葉ちゃんってやっぱりこの先輩と仲良いんだね」

「仲良くないよ!」

「いーやめちゃくちゃ仲良いぞ。仲良しと言えば双葉、双葉と言えば仲良しだ」

「違います!!!」


 俺は一年女子と逆側の双葉の隣を歩きながら軽口を叩く。実際俺としては仲が良いと思ってるんだけどな。


「菜々ちゃん、こんな変態先輩には近付かない方が良いよ。ハーフアップにされるよ」

「でも私もハーフアップにしてるし、問題無いんじゃない?」

「菜々って言うんだな。中上雄宇だ、よろしく。そのハーフアップ似合ってるぞ!」

「ありがとうございます! 私は黒雲菜々です!」

「黒雲菜々。覚えた。……ん? 黒雲?」


 聞き覚えのありすぎる珍しい苗字。俺は思わず菜々を見る。


 黒くて癖のある肩くらいまでの髪をハーフアップに結わえた、目がくりっとしていて鼻筋の通った美少女。


 見れば見るほど、昨日の黒雲の面影が随所に垣間見える。


「菜々、お前ってもしかして姉がいるか?」

「はい! 二年生の黒雲秋羅です!」

「変態先輩と同じ学年ですね」

「……なるほど」


 確定。菜々は黒雲の妹なのか。


 刹那、俺の頭にある言葉が過ぎる。




 将を射んと欲すればまず馬を射よ。




「……よし! 今度三人で遊びに行こうぜ! 陸上部の休みの日っていつだ!」

「はぁ!? 変態先輩は急に何を言ってるんですか!?」


 目的のためならばまずは行動から。俺はデカい声で二人を誘ったのだった。

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