第10話 ハーフアップは顔を合わせる

 朝の七時半。俺はいつもよりかなり早い時間に通学路を歩いていた。


 隣には春香も居る。今日は早く出るから登校は別で良いって言ったんだが、一緒に行くと言い張ったのだ。


「なあ春香。美少女ランキング二位の黒雲について、もう一度確認したいんだけど良いか?」

「うん。わたしが知ってることなら何でもどうぞ」


 昨日おやすみの電話でこれでもかと言う程根掘り葉掘り聞いたが、間違えて覚えていたら後々に響くからな。俺は一つずつ確認する。


「黒雲秋羅。二年で隣のクラス。男女両方から高い人気を得ていて、文武両道の完璧人間。だけど帰宅部だから色んな部活から未だに勧誘を受けてる」

「そうだね。勉強は流石にユウくんには劣るけど、それでもずっと学年二位って聞いたことあるよ。一年の最初は学年トップだったのかな?」

「まあ俺が高校に入ってSPセイランポイントが生徒に人気って知ったのは一年一学期の中間テストが終わった後だったしな。そこからは勉強を頑張ってずっと一位だし」


 まさかSPで美少女ランキングの票を買収出来るなんてあの頃は考えもしていなかった。まあハーフアップの春香を一位にするためならそれくらい安いもんだ。


「有名な話は告白百人斬り。先輩後輩合わせて百人の告白をことごとく断っただったか」

「女の子好きの噂が出てからはそっちの子が何人か告白して、それでもダメだったんだって」


 つまり恋愛自体に興味が無いか恋愛を出来ない事情があるか。美少女ランキング二位に食い込むくらいだし学校外に彼氏が居るってのが一番ありえそうだが……はてさて。


 そんな会話をしているうちに校門に着く。学校に居るのは朝練に励む生徒くらいで、昇降口には俺と春香以外誰も居なかった。


 俺は自分の下駄箱をスルーし、隣のクラスの下駄箱へ足を進める。


「あれ? ユウくん上靴履かないの?」

「いや、その前にこれを黒雲の靴箱に入れようと思ってな」


 そう言ってカバンから取り出したのは一枚の白い封筒。中には昨日書き上げた手紙が入っている。


「これを黒雲の靴箱に入れて……と」

「ゆ、ユウくん? まままさかとは思うんだけど、それって……」

「ん? この手紙のことか?」


 春香は顔を真っ青にして上靴を持った手を震えさせる。果たし状にでも見えたのか。


「これは放課後体育館裏に呼び出す用の手紙だよ。大事なことを伝えたくてさ」

「大事なこと!?」

「あ、悪いけどこれは俺一人で言わせてもらって良いか? 春香が居ると変な誤解を受けそうだし」

「……嘘、でもユウくんと黒雲さんに関係は無かったはずだし……」


 俺の声は届いていないのか、春香は何も答えずにぶつぶつ独り言を呟く。たまにあるんだよなコレ。


 まあ後は放課後を待つだけだ。俺は自分の下駄箱から上靴に履き替え、フラフラする春香と共に教室へ向かった。




◇◇◇




 終礼が終わると、俺はすぐさまカバンを持って体育館裏へ走り出した。多分誰よりも早く教室を出た気がする。呼び出しておいて待たせるのは心苦しいしな。


 全く人気ひとけの無い体育館裏は無音が痛くなるほど閑散としていた。告白の定番スポット過ぎて逆に人が居ないんだよな。聞いた話だと色々気を使われているらしい。


 俺はスマホで現在時刻を確認する。十五時二十四分。俺はどこかそわそわしながら黒雲を待つ。


 足音が聞こえ、俺はそっちの方へ振り向く。


 そこに居たのは紛うことなき美少女だった。目はくりっと大きく、通った鼻筋や淡い桜色に彩られた唇、そして出るとこは出て引っ込むところは引っ込んだ完璧なスタイルが十二分に私はモテますよと語っている。


「ごめんね、ちょっと待たせちゃったかな」


 慣れた様子で黒雲は微笑みかけてくれる。並の男子なら瞬殺だっただろう。


「読んでもらった手紙にも書いてあったと思うけど、俺は中上雄宇だ」

「黒雲です。今日はどうしたの?」


 告白の前段階としての定型句。今のにも慣れを感じた。


 俺は黒雲をじっと見つめ、顎に手を添える。


「……」

「?」


 黒雲は不思議そうに、だが笑顔は絶やさずに首を傾げる。しかし俺はそんなところよりも髪型に目を奪われていた。


 背中にまで届く、くせのある黒髪ロング。ハキハキした物言いとは裏腹にゆるふわな印象を覚える。


 ……ああ、そういうことか。


「お前って腹黒だろ」

「はぁ!? 何急に!? ……じゃない、どうしたの急に?」

「黒髪ふわロングの表向き完璧人間は大体腹黒なんだ」

「意味わかんないんだけど!?」


 聞いていた評判とは似ても似つかない声の荒らげ方。間違いなく裏がある人間だ。俺の内なるハーフアップがそう告げている。


 俺は一つ、昨日春香から聞いた情報を使ってみる。


「なあ秋羅」

「名前で呼ぶなっつーの!!! あたしのことは苗字で呼べってみんな知ってるじゃん!!!」

「……」

「……あ、えへ? ビックリした? 実はドッキリでしたー……なんて……」

「……なるほど」

「何がなるほどなのよ!? てかお前同じ学年でしょ! 名前で呼ばれるのが嫌いなことくらい知ってんじゃないの!? 今のは別にあたし悪くないから!!!」


 これでよく本性が隠せたなと思うくらいの激高具合。二人称がお前とはまたえげつない裏だな。


「……何よ。告白しようと思ってた相手がこんな裏を持っててビックリした? このネタを使って付き合えると思ってんなら大違い。あたしとお前とじゃ信頼度が違うのよ」

「いや別に告白しようと思ってたわけじゃないけど」

「はあ!? このあたしに告白するつもりが無かったとか正気!? こんなに可愛くて運動も勉強も出来て……、……勉強……?」


 そこでふと黒雲はピタリと言葉を止める。急にどうしたんだ?


「……ねえ、名前もう一回言ってよ」

「中上雄宇」

「……前の期末テストの平均点数は?」

「百点。あの時はたまたま上手くいってな」

「お、お前が中上か!!! あたしの一位を阻止する片割れ!!!」


 そう言えば春香も黒雲は二位を取り続けてるって言ってたな。美少女ランキングもそうだし、それが逆鱗に触れたってことか?


 黒雲はそれまでよりも一層憤怒に顔を歪め、ビシッと俺を指差す。


「あたしは絶対にお前の告白なんか受けないから!!! お前はこの学校で一番嫌いな人間の一人なのよ!!!」


 ……おお、俺どんだけ嫌われてるんだよ。何もしてないのに嫌われるとか酷くね? ハーフアップに言われたら思わず泣いて逃げ帰りそう。


 とりあえず、話は変えておくか。


「それはともかくハーフアップはどうだ? ほら、ちょっと横の髪を後ろで結ぶだけで」

「誰がするか!!! 死ね!!!」


 ファーストコンタクトは最悪。まさか俺がこんなに黒雲に嫌われてるとは。


 ……これ、大丈夫だよな? いつかの双葉が言ってきたハーフアップの悪評を広めるなんてことは……しないよな?


 背中に嫌な汗を感じながら、俺はゴクリと唾を飲んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る