第8話 ハーフアップはツインテを救う
翌日、俺は部活が始まる前に春香と共に双葉の髪型を弄っていた。
「……うん! これで完璧じゃないかな!」
教室に響き渡る春香の弾んだ声。それもそのはず、双葉の髪型がツインテールからハーフアップへと変貌を遂げていた。
元々肩くらいまでしか無かった真っ直ぐな髪をまずはヘアアイロンでウェーブにする。次にサイドを編み込んで後ろに持ってきて、上の髪と一緒に目立たないゴムで結ぶ。いつもの子どもっぽい雰囲気とは打って変わって垢抜けている凝った髪型。
「クッッッッッソ可愛いな!!! 行けるぞ双葉!!!」
「あ、あんまり褒めないでください! 何回目ですか!」
「だってお前普通なら見れないハーフアップ様だぞ!? 春香のオーソドックスなハーフアップも良いけどこれはまた違う良さがあるだろ! しかも元々可愛い双葉がそれをするんだから最強間違い無しだ!」
「だから褒めないでください! 恥ずか死にますので!!!」
双葉は真っ赤になりながらハーフアップを揺らす。やべぇマジで可愛い。お嬢様というよりはお姫様だな。こんな女子が道を歩いてたら思わず諭吉をぶん投げる程だ。
「でも本当に可愛いよ。自信持って!」
「……笑われないでしょうか。いつもあんなに素っ気なくしていたのに」
「ハーフアップを笑うヤツなんてこの世に存在しない。……じゃないか。言い換える」
「「?」」
春香と双葉は二人揃って首を傾げる。ただこれは重要なことだ。
「変わろうとしてる双葉を笑うヤツなんて、双葉が友達になろうとしてるヤツには居ないだろ?」
「……先輩、ちょっと痛いです」
「あれ!? ここは俺を見直すシーンじゃないの!?」
「ふふっ、でもありがとうございます。一度くらいは夢を見る勇気が出ました」
双葉は柔らかくはにかみ、髪の結び目をきゅっと締め直す。ツインテの頃には見られなかった光景だ。
「じゃあ、そろそろ部活が始まるので行ってきますね」
「おう、頑張ってこいよ」
「応援してるよ!」
「ありがとうございます」
双葉は綺麗なお辞儀をして教室を出ていく。放課後の教室には俺と春香だけが取り残された。
「双葉ちゃん、大丈夫かな?」
「心配ないだろ。だってアイツはもうハーフアップだ」
すぐに春香のような完成されたハーフアップになれるとは思わない。ここまで出来た人間は世界中を探しても見つけるのは難しいだろう。
だけど、その足掛かりとして双葉は自ら変わろうとしてくれた。
「双葉ならちゃんと友達を作れるよ」
「それもそうだね。じゃあ後は見守るだけかな」
「おう」
俺と春香は小さく笑う。時計の針が音を立てて動く。
叶うことなら、良い方向へ向かって欲しいものだ。
◇◇◇
俺達はグラウンドが見える位置に移動し、双葉の動向を窺う。残り数分で始まる部活前の時間は、各々が仲の良い友達同士で談笑をしていた。
双葉はまだ、一人のまま。
ゴクリと唾を飲む。それと同時に双葉は仲良さげに話す一年女子達三人の輪の少し外に移動した。
「あ、あの」
言いよどみながらも声を掛ける。話していた三人はまさか双葉から話しかけられるとは思っていなかったのか、目を丸くしていた。
「ど、どうしたの? あ、もう部活始まる? ごめんね、ずっと話してて」
「……そ、そうじゃなくて。その」
お互い傍から見ていてもわかるほどの緊張具合。考えてみれば当然だな。今までは素っ気なくされていた相手からの言葉なんて、業務連絡か非難か糾弾が真っ先に浮かぶ。
双葉は一度大きく深呼吸をする。
「あの、ごめんなさい! いつも話しかけてくれてたのに、陸上をしに来てるから馴れ合いは要らないとか言って……!」
「え!? べ、別に気にしてないよ!? 頭上げて!」
「ううん、謝らせて。孤立してた私に気を使ってくれてたのにあんなことをしたんだし。本当にごめんなさい」
「良いよ良いよ! ねえみんな!」
唐突に謝られて焦りながらも他の女子への意思確認をする。まだ面食らった様子だが、全員嫌っているわけではなさそうだった。
「……あの、虫の良い話なのは分かってるんだけどね。もし良かったら、その……」
「……!」
今までの流れを理解したのか話していた一年女子は何かに気付いた顔をする。それまでの強ばった表情は一気に霧散した。
「小夏さん、その髪型似合ってるね! すっごく可愛いよ!」
「! あ、ありがとう! ……えっと、本当ダメだったら全然良いんだけど、その」
会話の取っ掛りとしてハーフアップを褒める彼女。双葉は即座にありがとうを言うと、今一番言いたいことを改めて口にしようとする。
今の双葉の気持ちは痛い程わかる。その言葉は一体何歳のヤツが言うんだと自問自答してしまうけど、生憎俺達はそれ以外
「……と、友達になってもらえませんか!」
「こちらこそだよ。ね?」
「うんうん! これからよろしくね、小夏さん!」
「あたしも! 小夏さん……はよそよそしいかな! 双葉ちゃん!」
「あっずるい! 私も双葉って呼ぶからね!」
「う、うん! よろしく!」
不器用過ぎる双葉の要求に、三人は待ってましたと言わんばかりに快諾した。見ているこっちまで嬉しくなってくる。
「……ねえユウくん。初めからハーフアップにすればこうなるってわかってたの?」
「いや、双葉の思いがあってこそだ。実際極論を言えばハーフアップじゃなくても良かった。それこそポニテとか髪を下ろすとか、手段は何でも良い」
「そうなの?」
春香は真っ直ぐ訊ねてくる。まあ俺がハーフアッパーだからハーフアップにしろって言ったのに間違いは無いんだけどさ。
「ダイエット食品って実際は身体的な意味はないって知ってるか?」
「え、そうなの? でも効果はあるってみんな言ってるよ?」
「あれは一種のプラシーボ効果みたいなもんでさ。効果は無いけとダイエット食品を食べたからより痩せるために食べる量を減らす、んでその結果痩せるんだよ」
初めてそれを知った時、俺は詐欺紛いだと思うと同時になんて良い物なんだと感じた。
「髪型を変えて自分は変わりたい、友達を作るために能動的に動いたって思えれば、その時点で双葉は変わってるんだよ」
それはツインテのままだったら思えないこと。付け加えるならばハーフアップは他の髪型と違ってオシャレのための変化ってわかりやすいからな。こういう時は打って付けというわけだ。
俺は双葉に背を向けて帰ろうとする。隣には嬉しそうな春香が今にもスキップをしだしそうな様子で着いてきた。
そんな中、後ろから名前を呼ばれる。
「中上先輩!」
変態先輩ではなかったが、それは紛れもない双葉の声。俺は振り返った。
双葉は一年女子達と共に、笑顔で呼び掛ける。
「ありがとうございました! 先輩のおかげで友達になれました!」
「私からもお礼を言わせてもらいます! 双葉ちゃんと仲良く出来る機会を作ってくれてありがとうございました!」
「双葉ちゃんのハーフアップ可愛いですよね! あたしも真似してみたんですけど、どうですか!」
「似合ってないって言ったら承知しませんよー!」
双葉と一緒に一年女子達はショートくらいに切り揃えられた髪をハーフアップにしている。何故だかそれが俺にはお互いが歩み寄った証のように思えた。
「全員似合ってるぞー! やっぱハーフアップは最高だな!」
俺は四人を祝福するように、精一杯の声量でハーフアップを褒め称えるのだった。
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