第7話 ハーフアップは過去をさらけ出す

「初めは友達も居たんです。クラスには勿論、部活でも休みの日にはどこかに遊びに行くような友達だって居ました」


 傾く夕日のスポットライトを浴びながら、双葉は訥々と語り出す。俺は無言で聞いていた。


「あの頃は楽しかったです。流行りの服とか昨日見たテレビの話とか、中身はないですけど友達と話してるって事実が楽しくて」


 友達との会話なんて大抵そんなもんだ。何でもないようなことを娯楽に変えられる関係が友達で、それは知り合いとは出来ないこと。


 痛い程わかる。


「いつからか、私は部内で期待される選手になりました」


 それが双葉の逃げ道。友達なんて居なくても、自分にはやることがある。友達を失った代わりに与えられた手錠のような呪い。


「私が二年生の頃、三年生が引退しました。指名という名の強制で私はキャプテンに選ばれました。……その頃ですかね、徐々に友達との距離が開いたのは」


 キャプテンは部を引っ張る存在だ。実力よりもリーダーシップで選ばれることだってあるポジションの重みは、多分俺が予想するよりも重いものなんだろう。


「三年生に託されたそれに、私は精一杯応えられるよう頑張りました。それまでよりも練習をキツくして、独断で顧問の先生に休みの日も練習にしてもらったりもしました」


 双葉の顔に影が差す。それが間違いだったと、そう思っているのが口にしなくても理解出来た。


「……部活には勿論副キャプテンも居ました。ある日私はエースなんだから自分の練習に集中するだけで良い、これからは自分が仕切るから安心してと、副キャプテンの子に言われました」


 それがどういう意味なのか、言われなくてもわかる。


「聞こえは良いですけど、要はキャプテンとして相応しくないと言われました。その頃には既に他愛もない話を出来る友達も、まして休みの日に出掛けるなんてことは無くなりました」


 俺は真正面から受け止める。聞いてるだけで辛かったんだろうと思えるほどだ、当人ならどれだけ辛いかなんて推し量ることさえ出来ない。


「初めて人望の無いお飾りキャプテンと呼ばれているって知った時はビックリしました。あまりにも言い得て妙で、悲しみよりも先に納得が来ました」


 双葉は握っていた拳を緩める。


「それでも私には陸上がある。友達なんて居なくても個人で完結する。だから──」




 ──初めから友達が居なければ、もう嫌な思いはしない。




 そう告げて、双葉は小さく息をつく。


 今のが双葉の行動原理。俺は閉じていた口を開く。


「なるほどな。そりゃ確かに双葉が悪い」

「……だから私は友達なんて作れません。また部の人達に迷惑を掛けるかもしれません」

「それは違う」


 即座に否定する。双葉は予想外だったのか目をぱちくりしていた。


「だってお前はもう何をしたら友達が離れていってしまう知ってるだろ? じゃあ今度はそうしなければ良い」

「……口では簡単に言えます」

「双葉にばっか話させたし、今度は俺が昔のことを話すよ。まあ俺のは双葉ほど重くないけど」


 高校で俺の話を知ってるのは中学から同じの春香だけだ。これを話すのは双葉が初。


「俺さ、幼稚園児の頃からハーフアップが好きだったんだよ」

「……はい? 急に何の話ですか」

「双葉と同じで俺が昔孤立した時の話だ」


 導入がこれだとどうしてもバカみたいな話に聞こえるな。


 まあ考えても仕方がない。俺はそのまま続ける。


「顕著になったのは中学の頃だ。その頃の俺は過激派ハーフアッパーだった」

「ふざけてるなら帰りますよ」

「まあ待て。どれくらい過激派だったかって言うと、俺自身がハーフアップで男も全員ハーフアップにしたら良いと思ってた」

「何ですかそれ……」


 双葉は気が抜けたと言いたげにため息をつく。気が紛れたなら何よりだ。


「いつだったか、いつもつるんでたヤツが好きな女子に告白するって言い出してな。俺にどうすれば良いか訊いてきたんだよ」

「はぁ」

「そんなもん勿論ハーフアップにしろって言うだろ? 俺はそれで見た目もカッコ良くなると思ってたし、アイツなら成功すると思ってた。だけど振られたんだよ」


 その時のアイツの悔しそうな顔は今でも覚えている。本気で好きだったのが伝わってきた。


「帰ってきていきなりお前のせいで振られた、こんな髪型にしてなければ成功してたって言い出した。実際は既に付き合ってるヤツがいるからだったってあとから知ったんだけどな」

「それは……」

「そこで終わらないんだ。そのまま殴られたんだよ。まあ中学生だし、カッとなったらそういうこともある」

「女子にはわからない話ですね」

「んで殴られたら殴り返す。放課後の教室だってのに俺達は先生に止められるまで殴り合ってた」


 今思えば俺も子どもだった。そうしない方が丸く収まるのはちょっと考えればわかるのにな。


「俺とそいつは仲良く自宅学習になった。わかりやすく言い換えると停学だな」

「まあ、先生に見つかったのならやむを得ないかもしれませんが……」

「停学明けには俺とそいつの周りは一変してたよ。周りのヤツらには怒らせたら手を出されるってビビられてさ、それがまたイラついて」


 間違ってはいない。現にそいつは理不尽な理由で俺を殴ったし、やられた俺も頭に血が上ってやり返した。周りのヤツらの判断は正しかったんだろう。


「俺とそいつはどんどん孤立して、気付いたらぼっちになってた。最後の方まではどっちも一人のままだったよ」

「……最後の方までは?」

「ああ。お前もよく知ってると思うけど、春香居るだろ? 春香が率先して俺とそいつに話しかけてくれてな。この人達は別に普通なんだよって身をもって周りに説明してくれてたんだ」


 その意図に気付いた時、俺はハーフアップをやめた。春香のような優しいヤツにハーフアップは似合う。逆に俺のようなすぐに諦めたヤツにハーフアップは似合わない。


 その頃からハーフアップは、俺の中で優しさの象徴だ。


「……俺と双葉で違うのは、春香みたいなヤツが居たか居なかったかだけだ」

「……先輩が、春香先輩になってくれるって言うんですか?」

「春香のように誰にでも優しくありたいとは思ってるよ。だからさ、双葉」


 俺は一つ呼吸を挟み、そして。




「ハーフアップにして、春香のような優しさを借りて、友達を作ってみてくれよ」




 何度目になるかわからない要求。およそ真剣な場には合わないであろうフレーズ。


 だけど俺には、これが一番だとどうしても思えてしまう。


「……一度だけ」

「おう」

「一度だけ、ハーフアップにして部活の子に話しかけてみます。それでダメだったら私は友達を作らずに陸上に打ち込みます」

「わかった。健闘を祈ってるよ」

「……絆されましたかね」

「それで良いと思うけどな」


 俺は小さく笑みを零しながら双葉の選択を肯定する。


 ハーフアップは世界を救えるんだ。


 だったら友達を作る勇気を与えることくらい、朝飯前に髪の毛を結ぶくらい簡単なことだろうよ。

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