第6話 ハーフアップは呼び出す
部活終了を告げるチャイムが夕日に照らされた中庭に鳴り響く。俺は前に昼飯を食べたテラスの椅子に座りながら、双葉を待っていた。
春香には先に帰ってもらっている。もし俺が失敗した時に双葉と出会われたら春香まで悪印象を覚えられるかもしれない。
一人なのは久しぶりな気がする。いつもは隣に春香が居たし、少し新鮮な気分だ。
チャイムから大体十分程が経っただろうか。中庭へ一つの影が入ってくる。俺は椅子から立ち上がってそいつのもとへ歩き出す。
「よう、お疲れ」
予定通りそこに現れたのは双葉だった。部活の服から制服に着替えており、手にはカバンを持っている。
「……変態先輩ですか。生憎私は人を待ってるので」
「早乙女だろ?」
「なるほど、グルでしたか」
双葉は軽蔑しきった目で俺を睨む。
すまんな早乙女。憎まれ役を買って出てもらって。
「話は何でしょう。またハーフアップにしろって言い出すんですか」
「まあな。お前のそれはハーフアップにするだけで解決するし」
「前にも言いましたが、私に馴れ合いは必要ありません」
「建前はどうでも良いんだよ。俺はお前の本心を聞きたい」
「っ!」
今の詰問だけで表情を崩すところを見るに、やっぱり双葉は心の奥ではそんなことを思っていない。
これで心置き無くハーフアップにしてもらえるってもんだ。
「部内の一年女子からどう思われてるかを聞いたんだってな」
「……早乙女先輩も口が軽いですね」
「俺を悪く思うのは良いけどアイツはやめてやってくれ。早乙女ほど良い先輩は中々居ないぞ」
「……続けてください」
双葉は鋭い目付きで俺を射抜く。思わずたじろいでしまいそうなほどだ。
「一年女子からの評判を聞いたお前の顔、どんなだったか知ってるか?」
「怒ってたんじゃないですか。そんな勝手なレッテルを貼られて」
「悲しそうだった。だけど納得もしていたのが痛々しかったったってさ」
「……勘違いです。そんなこと思うはずがありません」
頑なに認めようとしない。今までもそう思い込んで心の均衡を保っていたのだろう。
そう考えると、双葉は今に至るまで、そして今も、どれだけ辛いことか。
「ここには俺しか居ない。早乙女も春香も、勿論陸上部の一年女子だって居ない」
「だから何ですか」
「お前の本心は俺以外に聞かれることがないってことだ。……愚痴としてでも何でも良い。言ってくれないか?」
「……先輩は、何でそこまでするんですか」
答えではなく質問に質問で返す。だが初めて双葉から貰えたアクションだ。答えない理由がない。
「……何でだろうな? 放っておけないってのは理由にならないか?」
「信じられません」
「まあ、一つこれかもなってのはあるっちゃある。双葉は嫌がるかもしれないけど、根本的に俺と双葉は似てるんだと思う」
方便でも何でもない、心の底から思うこと。もしかすると早乙女から相談があったその時から、俺は双葉に親近感を抱いていたのかもしれない。
「……人に嫌われるって意味では、同じなのかもしれませんね」
「はは、手厳しいな」
「私は先輩のことが嫌いです。訳の分からないことを言ってくるかと思えば、無神経に人の内面を踏み荒らす。好きになる要素がありません」
「かもしれない」
事実その通りだ。俺は土足で上がり込んであまつさえ茶を出せと喚いてるような、迷惑極まりない存在。
そんな俺と同じという双葉の顔には、早乙女の言っていたような悲哀が含まれていた。
「ただ俺は結構寂しがりなんだよ。春香には毎回付き合ってもらって悪いなって、最近ようやく思うようになった」
「……」
「俺らみたいな人種は、友達が居なきゃしんどいはずなんだよ」
双葉は肯定も否定もしない。だが無言は雄弁に本心を語ってくる。
「本心を言ってくれよ。ここには双葉と同類の俺しか居ない。……ダメか?」
俺は精一杯懇願する。手汗が滲む。
双葉の本心は俺から予想を伝えるよりも、双葉自身が自分で口にする必要があるはずだ。
それか一番、自分の本心を自覚出来る。
「……私だって」
ふつふつと湧き上がる双葉の本心。決壊寸前のそれは、一瞬にして溢れ出した。
「私だって! 出来ることなら友達を作りたいですよ! 仲良くしたいですよ!」
「そうだよな。俺だってそう思うはずだ」
「……でも、こんなわたしが作れるわけないじゃないですか」
双葉は両手をぎゅっと握りながら俯く。震える声には等身大の双葉が現れている気がした。
「……知ってますか? わたしが中学の頃に陰で何て呼ばれてたか」
潤んだ瞳で、だけどしっかり俺の目を見据える。
それは弱さを堪えてるようで。
「人望の無いお飾りキャプテン。何度も陰口を言われました」
自身の過去をさらけ出した双葉は、苦い思い出を噛み締めていた。
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