第5話 ハーフアップは手詰まりになる

 双葉と昼飯を食べてから一週間が経った。あれから双葉とは昼飯を一緒に食べてはいない。


 だが俺はその間、双葉を見かけては声を掛けまくっていた。


 たとえば移動教室でたまたま廊下ですれ違った時。


「お、双葉! 今日もツインテ似合ってるぞ! でもそろそろ衣替えの季節だし、髪型もそれに合わせてハーフアップにしたらどうだ!」

「ハーフアップの方が熱が篭もります。では」


 たとえば朝早くに校門に行って登校する双葉を待っていた時。


「おはよう双葉! 奇遇だな、一緒にハーフアップでもどうだ?」

「結構です」


 たとえば放課後に双葉が部活に行く時。


「勉強お疲れ双葉ハーフアップ! これから部活だよなハーフアップ! 頑張れよハーフアップ!」

「サブリミナル効果を狙っても無意味ですよ」


 そんな調子で一週間が過ぎ、俺の中では少し停滞を感じていた。


「何故だ……何故双葉はあそこまでハーフアップを嫌がる……!」


 終礼後、俺は頭を抱えながら机に突っ伏していた。何が双葉に拒絶させるんだ……ハーフアップにしたら解決するのに……!


「押しすぎだよ、ユウくん」


 隣の席に座る春香は俺の背中をさすりながら慰めてくれる。だけどなぁ……引いたらアイツこっちに一生歩み寄ってこないだろ……。


「わたしは結構仲良くなったよ? ほら、メッセージのやり取りもしてるし」

「いつの間に連絡先交換したんだよ」


 ガバッと起き上がって春香の差し出すスマホを覗き込む。マジかよ……双葉ってスタンプとか使うのか……あとスタンプのチョイスがちょっとズレてるな……。


「ふふっ、双葉ちゃんのスタンプ可愛いよね。ブサ可愛いのが好きなんだって」

「やめろやめろ、無能感に苛まれる」

「わたしの場合は同じ女の子だからだ思うけど、それじゃユウくんは納得しないんだよね」

「ハーフアップは性別を超えるし、なら俺が超えられない理由にはならない。まあ今はハーフアップにしてないけど」


 男でもカッコ良くなれるのがハーフアップの良いところの一つでもある。ただ完璧なハーフアッパーである春香を知ってからは、俺にはまだ相応しくないと俺自身がハーフアップにするのをやめた。


「……賄賂でも渡すか……。SPなら腐るほどあるし……」

「やめなさいっての」

「痛っ」


 突然脳天にチョップを食らう。後ろを振り向くと、そこにはやれやれとでも言いたげな早乙女が立っていた。


「早乙女、部活は?」

「先生に呼ばれてたから今日は遅れるのよ」

「呼び出しってお前……ついに人でも殴り倒したか……」

「んなことしないわよ」


 まあ今のチョップも加減されてたしな。人を殺ってしまうラインを知ってるんだろう。


「アンタ今喧嘩売ったわよね」

「毎回何で心読むんだお前は。春香でもそんなこと出来ないぞ」

「何で春香?」

「俺のことならなんでも知ってるし」

「ユウくんは昨日夜ご飯にカレーを食べて八時にお風呂に入って十二時に寝たんだよね」

「怖っ!? 春香アンタ怖っ!?」

「ふふっ、冗談だよ。まあ今のは本当のことだけど」


 春香の言う通り俺は昨日カレーを食べたし八時に風呂に入ったし十二時に寝た。まあ全部おやすみの電話で話したことだけど。


「……とりあえずアンタらが仲良いのはわかったけど、賄賂はやめておきなさい。あの子は凄い真っ直ぐな子だし、そういうのは一番嫌うタイプだから」

「でもそれならどうすれば良いんだ。もう何も分からない。俺は無力だ……」

「アンタさ、初めに誰が相談を持ってきたのか忘れたの?」

「ん? そんなの早乙女だろ? 今更何言ってるんだよ」


 わかりきったことを訊ねる早乙女に俺は首を傾げる。何を言うつもりなんだか。


「察しが悪いわね。アタシにも手伝わせなさいってこと」

「早乙女が? そりゃ手伝ってくれるなら助かるけど……」

「正直部活の先輩のアタシが何かを言っても部のためにって思われてしまうから、アンタみたいな部外者のお節介はありがたいのよ。まあ方法がハーフアップにするっていうのはどうかと思うけど、今はその藁にすがらなきゃ解決出来ないからさ」

「やり方を変える気はない」

「それで良いわよ。……そうね、とりあえず昨日あったことを話そうかな」


 早乙女は俺の前の席を陣取って腰を下ろす。いつも弁当を食べる時は春香の前の席に座るから少し新鮮だ。


「昨日他の一年生が双葉ちゃんについて話しててさ。足はすっごい速いけど取っ付き難いよねって」

「陰口とまでは言わないが、良いものじゃないのは確実だな」

「そうね。それを聞いたのがアタシだけだったら良かったんだけど、何か小夏さんも聞いちゃってたっぽくてさ。その後のパフォーマンスがガタ落ちしてたのよ」

「女の子はメンタルで左右されるもんね。わたしも覚えがあるもん」


 勿論男にもそういう面はあるが、春香がそう言うのならそうなんだろう。俺は口を挟まずに続きを待つ。


「その時の小夏さん、凄い悲しそうでさ。でもどこかで納得もしてたのが見てて痛々しかったの」

「重要なピースをくれたことには感謝するけど、今の俺は双葉に避けられてるぞ? 春香にハーフアップにしろって言わせるわけにもいかないし」

「そこでアタシの出番。部活の先輩が呼び出せば来ないわけにはいかないでしょ?」


 早乙女はいたって真面目な様子で俺をじっと見る。


 確かにそれはそうだ。そうだけど……。


「……そんなことをしたら、今度は早乙女が避けられるかもしれないぞ」

「だからアタシに出来るのはその一回だけ。もしダメだったら他の方法を考えるわ」

「都妃ちゃんがすることないよ。わたしが双葉ちゃんを呼び出す」

「ダメよ。だってもう春香は小夏さんの友達なんでしょ? だったら小夏さん悲しむじゃない。それにこういうのは先輩が泥を被ってなんぼなの」

「……もう」


 春香は一応納得したようで、渋々ながら引き下がる。だけど春香の目は不安そうなままだ。


「もしそうしてくれるのなら俺がその時に絶対ハーフアップを了承させる。憎まれ役だが頼まれてくれるか?」

「勿論よ。だってアタシは小夏さんの先輩だし」


 即答。一切躊躇わない早乙女は凛々しく、素直に良い先輩なんだなと感じた。こんなヤツを先輩に持てて双葉は幸せ者だな。


「……さて、アタシはそろそろ部活に行くわ。呼び出すのは今日の練習終わりの中庭で良い?」

「丁度前に昼飯を食べたのがそこだ。中庭で頼む」

「ん。それじゃあ……、あ」


 立ち上がった早乙女はピタッと立ち止まる。そして再度俺へ視線を向けた。


「言い忘れてたんだけど、失敗してもアンタが気に病むことはないわよ?」

「はは、イケメンかよ」

「アタシは女だっつの。それじゃあ本当に行くから」

「練習頑張れよ」

「んー」


 早乙女はこっちへ振り返らずに手をひらひらと振る。最後までカッコ良くて笑いそうになった。


 勝負は今日の部活後。俺はどう言えば双葉が心変わりしてくれるのか、思考を巡らせ始めた。

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