第4話 ハーフアップは昼飯を一緒に食べる
翌日の昼休み。生徒達が学食や購買に全力疾走したり弁当を取り出して談笑する中、俺はゆっくりと立ち上がった。
「よし、行くぞ春香」
「双葉ちゃんのとこだよね。はいお弁当」
春香はいつものように俺へパステルイエローの包みに入った弁当を渡してくれる。毎回申し訳ないとは思うがこの味から離れられないんだよなぁ……超美味いし……。
俺と春香が教室を出ていこうとすると、丁度目に入ったのか早乙女はこっちに近付いてきた。
「あれ、春香どこか行くの? トイレ?」
「もう、男の子の前ではしたないよ」
「俺らは今日は双葉と食べようと思ってな。早乙女も来るか?」
「んー……、アタシはいいや。よく知らない部活の先輩とご飯食べても緊張するだろうし」
「わかった。ならすまんがぼっち飯を満喫してくれ」
「別にアンタらの他にも友達いるわよ!」
ちょっとからかったら即座にツッコミを入れてくる。いかにもボブカットって感じだ。
教室を出て階段を上がる。確かクラスの双葉ファンの男子に聞いた話によると双葉は一年二組だったな。流石学校の有名人、どこぞの馬の骨にも情報を握られてる。
一年二組に顔を出すと、見慣れない顔に驚いたのか教室にいる生徒の大半から注目を集めた。だが
あんま勝手に教室に入るのも悪いよな。俺は大きく息を吸う。
「ふーたーばーちゃーん! 一緒に飯食おうぜー!」
「!? な、何で変態先輩がこんなところにいるんですか!? あと変な呼び方しないでください!!!」
「春香も居るしさー! 中庭のテラスなら席も空いてると思うぞー!」
「わかりましたから大声出すのやめてください! 行きますから! もう!!!」
双葉はカバンの中からバッと弁当を取り出して早足でこっちに来る。顔も赤い。
「……次同じことしたら先生に嫌がらせとして報告しますから」
「それはまずいな。もうしない」
「ホントだよユウくん。変態じゃなかったらあんなの恥ずかしくて耐えられないからね?」
「春香って結構な頻度で俺をぶっ刺しに来るよな? 俺だってハーフアップが好きなだけで人並みの羞恥心はあるってのに」
春香といい双葉といい、何で俺をすぐ変態にしたがるんだ。全くもって理解出来ない。
「……先生に報告はダメージ無さそうなので、次したら女子にハーフアップは古いよねって噂を流します。友達は居なくてもこれくらいは出来ますので」
「お前悪魔かよ!?」
んなことしたらますますハーフアップの肩身が狭くなるじゃねえか!? まさか本当にしねえよな!? 俺がまた大声で呼ばなかったら大丈夫だよな!?
……とりあえずテラスへの道中、俺は戦々恐々としたがらひたすら双葉のご機嫌を取っていたのだった。
◇◇◇
五月の日差しは絹のように優しく、外に居るだけで穏やかな気分になれる。
中庭のテラスに来た俺達は、三人席の円卓で弁当を広げていた。
「あれ、橘先輩のお弁当と変態先輩のお弁当って同じなんですか?」
「そうなの。ユウくんのもわたしが作ってるんだ。あとわたしのことは春香ちゃんで良いよ?」
「俺のことはハーフアップ先輩で良いぞ!」
「……では、春香先輩で。変態先輩はそのままです」
「ハーフアッパーには生き辛い世の中だなぁ……」
ちなみにハーフアッパーというのはハーフアップにしてる人間とハーフアップを愛する人間を総称したものだ。つまりこの場はハーフアッパー率66.7パーセントだ。半分超えてるとか最高かよ。
俺は自分好みの味付けになっている卵焼きを口に運ぶ。この少し醤油の利いた味が良いんだよな。砂糖のように甘いだけじゃないのが春香の良いところだ。
「そういや双葉も弁当なんだな。自分で作ってるのか?」
「はい。朝練前にママ……お母さんに作ってもらうのは気が引けますので」
「ママ」
「お母さんです。ハーフアップの噂流しますよ?」
「味を占めたなお前。その脅しは俺にきくからやめてくれ」
ただでさえハーフアップ人口は少ないというのに、そんな噂が流れた日には不登校になりかねない。毎日何のために高校に通ってると思ってるんだ。
「春香が居なきゃ高校に行く理由は無いってのに」
「ゆ、ユウくん!? こここ告白なの!? 今のは告白なの!?」
「別に告白じゃないけど、春香が居ない日の俺は実際スイッチが入らなくてな。前に春香がインフルエンザになった時あっただろ? あの時なんて一時間目から六時間目までずっと寝てたらしいし。辛すぎてほぼ記憶無いけど」
「あ……そう言えばそんなこともあったって聞いたことあるなぁ……」
誰が呼んだか中上雄宇廃人化事件。最後の方はあの早乙女が流石に見かねて短い髪を頑張ってハーフアップにしてくれたんだよな。長さが足りなくて横のラインが無かったから厳密にはハーフアップじゃないけど、あれで帰路を歩くくらいのパワーは貰えた覚えがある。何だかんだ良いヤツなんだよな。
「……その、先輩方って付き合ってるんですか? いや告白って言ってましたしそうじゃないんでしょうけど……」
「俺みたいなのと春香が釣り合うわけないだろ?」
「わ、わたしは別に……その……」
「まあ春香先輩は勉強が出来る高嶺の花みたいなイメージですし、対して変態先輩は色々バカですもんね」
「失礼だな。そりゃ中学の頃はバカだったけど、今は学年一位を逃したことないぞ」
「は?」
怖い怖い。俺の身体には双葉を怒らせると全人類ハーフアップ計画が潰えるかもしれないって刻まれてるんだよ。
「今のは本当だよ。ユウくんって頭おかしいけど頭良いの。頭の良いバカって感じかな」
「またお前は俺をぶっ刺して」
「え……でも……この人バカですし……」
「残念だが俺はバカじゃないんだ。双葉もハーフアップにすれば勉強が出来るようになるぞ?」
「ユウくん、真顔で嘘ついちゃダメ。わたしそんな子に育てた覚えはないよ?」
春香は俺のお母さんか。まあえげつないくらい世話にはなってるけどさ。
「まあアレだ、勉強が苦手なら何か勉強とは別の目的を持てば良い。勉強を手段って思えば結構いけるぞ」
「何か買ってもらうとかお小遣いアップとか、そういうことです?」
「俺の場合は
「ああ。そう言えば成績に応じて貰えるって聞きました」
ああ、一年の双葉はまだ中間テストも受けてないから知らなくて当然か。あれは昼飯に圧迫される高校生の懐を軽くしてくれるし、生徒からは結構ありがたがられてるんだよな。その中でもトップ層には破格のSPが貰えるし、それ目当てで勉強するヤツさえ居るほどだ。
「ユウくんは学年一位で模試の偏差値も凄いんだから、もっとまともな使い方をした方が良いと思うよ。美少女総選挙の票の買い占めなんかよりさ」
「……ちなみに変態先輩の偏差値ってどれくらいなんでしょうか」
「あれは数学だけだったけど、前に百を超えた時は流石に笑ったな」
「百!?」
「まあでも春香を美少女総選挙で一位にするためだ。これくらいの努力は当然だよ」
だと言うのに三位以内に入らないのは本当に何でなんだ。投票券を買うのも一苦労だってのに。てか百票だぞ。全校生徒千人くらいだぞ。マジで何で入らないんだよ
「……ちょっとだけ認識を改めます。努力出来る人は素直に尊敬します」
「お! じゃあハーフアップにしてくれるのか!」
「それとこれとは別です。ハーフアップにはしません」
「それは理由を聞いてからでも遅くないだろ? 頼むから聞いてくれよ」
俺は春香の作った小さなハンバーグを口に運びながら頼む。やっぱこれ美味いな。
「……聞くだけなら」
「双葉さ、金髪のゆるふわウェーブの女子が居たらそいつの印象はどう感じる?」
「私はそういうタイプの子とはあんまり話さないので、ちょっと怖いなって思います」
「じゃあボブカットの胸が小さい女子は?」
「男勝りな人なのかなーって」
「だよな。俺もそう思う」
実際ギャルは怖めのヤツとつるむことがあるし、ボブカットで胸が小さい早乙女は男勝りな性格だ。俺は話を続ける。
「じゃあ双葉、春香のことはどう思った?」
「優しそうで何だかふんわりした人だろうなって思いました」
「正解だ。春香は双葉の言ったように優しくてふんわりした可愛い女子だからな」
「またわたしを恥ずかしがらせて、もう……」
「わかるか。髪型ってのはそいつの印象を大きく左右するんだよ」
「!」
双葉ははっとした様子で目を丸くする。点と点が線になったって感じだな。
「そこからもう一つ踏み込むと、その髪型の共通のイメージは誰しも持っている。つまり自分がその髪型だからそういう人間だろうって思ってしまうんだ」
「……わたしの場合は、ツインテールだから人から距離を置かれるってことですか」
「ツインテにも二種類あるがな。一つは双葉の言うようにキツく見られる場合と、もう一つは子どもっぽく見られる場合だ」
「……筋は通ってますね。言いたいことは理解出来ました」
双葉は丁度弁当を食べ終わり、包みに弁当箱を片す。真面目な顔で一瞬左側のテールに触れるが、そのまま手を下ろした。
「……でもそれは、私が陸上部の人達と仲良くなりたい場合です。私は陸上をしに部活に入ったので、そんなものは不要です」
理解は出来たが共感はしないといったところか。まあ今はわかってもらえただけで良しとしよう。
双葉は椅子から立ち上がると、小さく頭を下げた。
「今後は私に関わらないでください。今日は特別ですから」
「だってよ、春香」
「わたしはもっと仲良くなりたかったんだけど……」
「……春香先輩はともかく、変態先輩はこれ以上踏み込まないでください」
ここで引き留めても双葉の意思は変わらないだろう。俺はそうかとだけ返した。
去り際に、僅かだが双葉の本音が耳に届く。
「……私の気も知らないで……」
これが本当に嫌がっているのならこれ以上俺も関与しなかっただろう。一人が心地良い人間だって必ず存在する。
だけど最後のあの辛そうな顔と、つい漏れた本心。
大きなお世話かもしれないが、やっぱり放っておけない。俺は次の手を考えながら残りの弁当を食べるのだった。
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