第2話 ハーフアップは断られる

 昼休みも残り十分。俺は早速行動に移そうと席を立った。


「ユウくんどこ行くの? ついて行こうか?」

「ちょっと一年の教室にな。小夏双葉のクラスに行ってハーフアップにしてもらおうと思って」

「アンタ……流石にそれは考えてなさすぎでしょ……。本当に頭良いの……?」

「失敬な。ハーフアップにしてくれって頼まれる時点でハーフアップにしない理由はないだろ」

「……春香も何か言ってやれば?」

「あはは……わたしは良いよ……」


 春香も早乙女も何なんだ。この二人はハーフアップに対して過小評価し過ぎなんだよ。ハーフアップは素晴らしいってのが全人類共通の前提だぞ?


 納得行かない俺はぬうと唸っていると、教室の後ろのドアがガラッと開かれる。


 そこに居たのは、茶色のツインテをした背が低めの美少女だった。彼女を見るなり早乙女は目を丸くする。


「あ、噂をすれば」

「ほう」

「ちょっと。アンタは暴走しそうだから待機……っていつの間に!」

「こんにちはツインテちゃん」

「……え、何ですか急に」


 早乙女をガン無視して俺は恐らく小夏双葉であろうそいつに話しかけると、彼女は怪訝な目で俺から距離をとった。


 うん、出だしは微妙だな!


「あと私はツインテちゃんじゃありません。小夏双葉です」

「よう小夏」

「……馴れ馴れしいです」

「ちょっとアンタ、小夏さん困ってるから」


 追いついた早乙女は小夏から俺をぐいっと離す。別にとって食おうってわけじゃないのに。


「ごめんね小夏さん。アタシに用があるんだよね?」

「はい。顧問の先生が職員室に来るように言ってたので、それを伝えに来ました」

「呼び出しってお前何かしたのかよ。しそうではあるけど」

「アンタじゃないからそんなことないわよ」


 俺だって呼び出しなんざほとんどないっつの。書道の時間に『ハーフアップ』って書いて何が悪いんだ。カタカナを使うなってのがあるなら初めから言わない教師に非があると今でも思う。ふざけるなって言う方がふざけた失礼な教師だ。


「とりあえずアタシは行くから。……小夏さんに変なこと言わないでよ?」

「なあ小夏。一つ提案があるんだけど、聞いてくれないか?」

「言ったそばからそういうこと言わない!!!」

「早乙女はそろそろ職員室行かないと昼休み無くなんぞ。早く行ってこいって」

「……覚えときなさいよ!」


 テンプレの捨て台詞を吐き捨て早乙女はその場を後にする。


 残ったのは向かい合う俺と小夏、そしてさっきからにこにこと様子を眺める春香だった。


「……では、早乙女先輩も行かれたことですし私はこれで」

「なあ、一瞬で良いから俺の相談を聞いてくれないか?」

「別に良いですけど、その前にあなた達は誰なんですか? 早乙女先輩の友達であることはわかりますが」

「俺は中上雄宇なかがみゆうだ。気軽にハーフアップ先輩って呼んでくれ」

「わたしも名前を言うのかな? 橘春香です。都妃ちゃんとは友達だよ」


 俺と春香が改めて挨拶すると、小夏はどうもと言って頭を下げた。別に俺が上下関係にうるさいってわけじゃないけど、しっかりしたヤツには好感が持てる。


「それで、私に相談というとは?」

「ハーフアップにしてくれないか?」

「は?」

「あはは……ごめんね小夏さん。ユウくんってちょっと面白い人なの」

「俺は至って真面目だ」


 今の塩対応もハーフアップにすれば解決するはずだ。優しくなれるハーフアップをしてそれでも辛辣な人間のままだったということは見たことがない。


「……意味がわかりません」

「絶対似合うと思うんだよ」

「しませんから」


 小夏は素っ気なく即答する。おかしい……俺の中では『じゃあ褒めてもらえたことですし、一回ハーフアップにしてみようかな』とすぐにしてもらえる予定だったんだけど。ポニテならともかくハーフアップだぞ? みだりにうなじを出すあれじゃなくてうなじは隠しつつ色気を漂わせる神のごとき髪型。髪だけに。


「小夏さん!!!」


 バン! とドアが勢い良く開かれる。そこには早乙女が息を切らして立っていた。帰って来るのめちゃくちゃ早かったな。


「大丈夫!? 何もされなかった!?」

「ただハーフアップが似合いそうだからハーフアップにしたらって提案しただけだよ」

「それはアンタがハーフアップ女子を好きなだけでしょ! 小夏さんが可愛いからって調子に乗って」

「そ、そういうことですか!? 私のこと好きなんですか!? エッチですよバカ!!!」

「……ユウくん? わたしじゃなかったの? ねえ。ねえってば。ねえ」

「待て待て落ち着け!?」


 小夏は顔を真っ赤にして身体を抱き春香は真顔でしきりに俺を揺すり、そして早乙女だけはにやにやとしていた。コイツ確信犯か……! 他人事だと思いやがって……!


「と、とにかく私はハーフアップになんて絶対しませんから!!! 失礼します!」

「あっ、小夏」


 呼び止める間もなく小夏は教室から出ていく。追いかけようとするが、それより早く俺の手首が鷲掴みにされる。


 掴んでいたのはどこか不安げな顔をした春香だった。


「……もしわたしが本当に邪魔だったら言ってね? 悲しいけど、それがユウくんの望むことだったら受け入れるから」

「縁起でもないことを言うな。ハーフアップのお前が居ないとか耐えられるわけないだろ」

「えへへ、そう言ってくれると思ってたよ」


 春香は頬にほんのり朱を差しながら微笑む。ハーフアップも相まって、その笑顔は反則的な可愛さだった。


「……アタシも居るってこと、忘れられてんの?」


 早乙女は知らん。さっき俺を笑ってた報いだと受け入れろ。んで心を入れ替えてハーフアップにしてくれ。


 ……にしても小夏が断るとはなぁ……。




◇◇◇




「……おかしい」


 小夏を見送った後、俺は小さく独り言を呟く。


「何がおかしいの?」


 すっかり普段通りに戻った春香はこてんと首を傾げて訊ねてくる。一歩間違えたらあざといレベルに足を突っ込みそうな仕草だが、不思議とそう感じさせないのはハーフアップのおかげだろう。可愛い。


「小夏だよ。何でハーフアップにしたがらないんだ……?」

「そりゃいきなり知らない人に髪型を強制されても受け入れる子はいないよ。わたしだってよく知らない人にツインテールにしてって言われても多分しないもん」

「でもハーフアップだぞ? 別に坊主にしろって言ってるわけでもないのに」

「そういうことじゃないと思うけど……」


 解せん。ぼっちが嫌ってのはあの顔を見たらわかることだし、ならハーフアップにするべきだろ。全くもって理解出来ない。


 それからいくらか考え込んでいると、予鈴のチャイムが鳴り出す。クラスメイト達は次の授業の準備を始めだしていた。


「……なあ春香。さっき知らない人に言われたらしないって言ったよな?」

「言ったよ。それがどうしたの?」

「それってつまり知ってる相手に言われたらハーフアップにするってことで合ってるか?」

「まあ断る理由も無いからね」

「よしわかった。じゃあやることは一つだな!」


 俺はにかっと歯を見せて笑う。


 考えてみたら単純なことじゃないか。


「まずは双葉と仲良くなることから始める。てことで俺は双葉の部活が終わるまで図書室で勉強してくるけど、春香はどうする? 面倒なら帰って良いぞ?」

「ううん、わたしも残って勉強するね。五月の中間テストも近いし」

「そうか。なら放課後は図書室に行くか」


 俺はそう言って春香を見る。春香は普段と変わらない様子で笑顔を浮かべていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る