ヒロインは全員ハーフアップにしろ。

しゃけ式

第1話 ハーフアップは優しくて可愛い

 一目惚れの定義って何だと思う?


 相手を見た瞬間好意を抱くこと。確かに一つだろう。だがそれならば犬や猫は? 勿論一目惚れの言葉を使うこともあるだろうが、真っ先に思い浮かべるやつはいないはずだ。


 では恋愛感情を抱くこと。これは近い気がする。しかしなら対象は? 犬や猫に使用するのであれば人間に限らないんじゃないか?


 ──それは俺がまだランドセルさえ背負っていなかった頃。


 水玉のスモックを着た少女。同い年の彼女を見て俺は、間違いなく一目惚れをした。


 だが、俺が恋したのは彼女本人ではなく。




 綺麗な黒髪の上半分が横へ伸びる綺麗なラインと下半分が蠱惑的に揺れる髪の毛。まるでお姫様のようだと胸が高鳴る。




 ──俺は確かに、ハーフアップに一目惚れをしたんだ。







「やっぱり納得いかん!」


 昼休み、弁当を食べた俺はダンと机を叩く。


「ユウ君、またそれ? もう一週間は言ってるよ?」


 隣から声をかけてきたのは橘春香たちばなはるか。素晴らしく美しい綺麗で非の打ち所のないハーフアップを揺らして、丸い目をこちらに向ける。


「春香ぁぁぁ! だってさぁ! お前がトップスリーから漏れるとか考えられないだろ!? 今回こそはって思ったのに!」

「ありがと。でもわたしに校内美少女ランキングなんて……恥ずかしいよ……」

「いーやお前は美少女だ! 特にハーフアップが似合うところ! うちの生徒は揃いも揃ってアホなのかね!?」

「教室中に響いてるわよアホ。静かにしなさい」


 俺にチョップを浴びせながら前の席を陣取って座る背の高めなベリーショートの女子。早乙女都妃さおとめみやびはやれやれとでも言いたげな顔で頬杖をつく。


「にしてもうちの高校は進んでるわよね。で宿題とかテスト範囲とか、校内新聞なんかも読めるし」


 早乙女はスマホを取り出して初めて火を見た原始人みたいな様子でそれを眺める。


「アンタ今喧嘩売った?」

「売ってない」


 原始人なのに未来人みたいなことをするな。びっくりするだろ。


 うちの高校、青嵐学園は少し特殊で、学校から一人につき一台スマホが配布される。機能はさっきも早乙女が言ったように学業や行事の連絡などが一覧で通知され、成績なんかもこれで出されるのだ。


 後は何といっても成績に応じた校内のみで使える仮想通貨のSPセイランポイント。購買や学食で使える。


 ただ、生徒の注目を浴びているのはそんな些事ではなく。


「美少女ランキングは何で三位までしか出ないんだ!!! 春香が不動の一位なのは言うまでもないのに!!!」

「新聞部主催のやつ? あれホント悪趣味よね」

「わ、わたしは面白くて良いと思うけど……。でも自分が投票されてるって考えるとちょっと恥ずかしいよね」

「今回俺はSPを全額使って百票入れたんだけどな。後でバグってないか聞きに行ってやろう」

「……アンタみたいなアホがいるせいで学校も黙認してんのよね。成績向上に一役買うとか誰が想像するのよ」


 投票券は一人につき一枚。それとは別に投票券はSPで購入することが可能だ。


 そんなの、春香を一位にするためには勉強するしかないよな?


「ちなみに俺はこの間の全国模試では十二位だ」

「はいはい自慢乙。春香、こんなやつさっさと愛想尽かしてアタシと遊びましょ?」

「わたしとユウくんは別に付き合ってないよ? ただお弁当を作ってあげてて一緒に登下校しておはようとおやすみの電話をしてるだけだし」

「それで付き合ってない方が不健全よ……」

「ハーフアップは偉大ってことだな!」

「アンタいつもそれ言うけど、ハーフアップのどこがそんなに良いのよ」

「よしちょっと待て。今から説明してやる」

「げ、変なスイッチ押しちゃった」

「あはは……」


 早乙女は見るからに嫌そうな顔をしてて春香は困ったように笑うが関係ない。布教のタイミングを逃すなんて言語道断ハーフアップ失格だ。


「じゃあ前提から説明するぞ!」

「はいはい……」

「ハーフアップの子ってのはまず可愛いんだよ! 春香を見ろ!」

「そ、そうかな? えへへ」

「まあ確かに可愛いけど」


 照れながら後ろのちょろっと結ばれた髪の毛を触るその姿! んで恥ずかしそうに横のラインを撫でる仕草! 可愛い!!!


「んでハーフアップの子は優しい!」

「ユウくん、あんまり大声出すと喉が渇くよ? お水飲む?」

「それもわかるけど……」


 俺は渡された水をゴクリと飲む。ほんのり甘いのは春香の優しさの味なんだろうな!


「それにお世話もしてくれる!」

「あ、お水零してる。拭いてあげるからじっとしててね」

「……確かにお世話してくれてるわね」


 勢い余って零した水をレースの入った白のハンカチで拭いてくれる春香は慈愛の女神みたいだ!!!


「何より!!! ハーフアップの子を見てると胸がドキドキするんだよ! ほら見ろ心拍数120くらい行ってる!」

「……ねえ、それってアンタが春香のことを好きなだけなんじゃないの?」

「ふえっ!?」


 スマホで測定した心拍数を早乙女に見せつけると世迷言をのたまいだした。そういうことじゃないんだよ! 今はハーフアップの素晴らしさを説明してるんだよ!!!


 ……まあでも、俺が春香を好き、か。


「はは、ないよ。俺はハーフアップが好きなだけだし」

「……何だか今日は髪を下ろしたい気分になってきたかも」

「でも春香にハーフアップがめちゃくちゃ似合ってるってのは全面的に同意だ! そういう意味では好きなのかもな!」

「!? ……や、やっぱりこのままにしとこー……。髪型変えるのも面倒臭いもんね。うん」

「……鈍感男はいつか刺されるわよ」


 意味のわからないことを早乙女は口走るが、まあ自己紹介みたいなもんだろ。胸小さいし。男みたいな髪型してるし。


「刺すわよ」

「さらっと読心すんじゃねえよ」


 今の低い声もまるで男みたい! とか言ったら本格的に殴られそうだから黙っておく。てか話逸れてるな。


「つまりだ! ハーフアップの子ってのは可愛くて優しくてお世話をしてくれて胸をドキドキさせるんだよ! あと何故かスタイル良い率が高い!」

「あっそ。春香、こんなのに影響されたらダメだからね」

「で、でもユウくんは真剣に言ってるんじゃないかな? それにわたしもこの髪型は可愛いと思ってるし」

「ほら見ろ可愛い!!! 可愛くなりたいって気持ちがもう可愛いんだよ!!!」

「ちょっうるさっ声デカい」


 春香はもうハーフアップの化身だな……。むしろ春香がハーフアップだ。ハーフアップは春香なんだな。全人類が春香になったら絶対戦争なんて起きない。


「そんなことより聞いてよ春香、最近後輩の子がさ」

「ほう」

「アンタには言ってないわよハーフアップスキー」

「最っ高のあだ名だな!」

「……ツッコむのも面倒だわ」

「ごめんね都妃ちゃん。ユウくんには後でちゃんと言っておくから」

「彼女って言うよりお母さんみたいね……」


 辟易とした様子で頬杖をつく。母性も持ち合わせるハーフアップ。素晴らしいな。


「……まあそれでね? 四月に入ってきた一年生の後輩にさ、タイムは凄いんだけど性格に難アリな子がいるのよ。そのせいで周りから孤立しちゃってて」

「わ、それは大変だね。都妃ちゃんは声をかけてあげたの?」

「それがさー、すっごいツンツンしてて取り付く島もないって感じで。自分は陸上がしたいだけだから仲間は要らないってさ」


 自分に自信や能力があるせいで周りとの距離感がわからなくなったタイプ。優れているって逃げ道があるせいで今まで何とかしてきたんだろう。


「なるほどな。ちなみにそいつの髪型、ツインテールだろ?」

「え、確かにそれはそうだけど……。何? もしかして知り合い?」

「全く知らない」

「気持ち悪っ」

「はあ!?」


 髪型当てただけで何でそんなこと言われなきゃならないんだ!? いやわかるだろそれくらい!?


「あはは、ユウくん凄いね。何でわかったの?」

「後輩で人付き合いが苦手で気が強いってなるとツインテールなんだよ」

「……飛躍しすぎじゃない?」

「いーやそうだ。例えば黒髪ロングで気が強かったら風紀委員だし三つ編みだったら図書委員。ベリーショートで胸が小さかったら陸上部だろ?」

「おい」

「つまりそいつの髪型をハーフアップに変えたら解決するってことだ!」

「アンタ後で覚えときなさいよ」


 底冷えするような早乙女の言葉は無視する。君子危うきに近寄らず。ハーフアップの真髄に気付いた俺は安易に火種に近寄らないのだ。


「ホント、小夏こなつさんももう少し心を開いてくれたら良いんだけど」

「小夏? 小夏ってあの小夏双葉こなつふたばか?」

「そうだけど、やっぱりアンタ知ってたの?」

「いいや。でもそいつ美少女ランキングの三位のやつだろ?」

「ああ、そう言えばそうだっけ」


 一年なのにもうランキング入りしてるやつって男子の中でも話題になっていた。ハーフアップじゃないから適当に流していたが、学期ごとの総選挙に一ヶ月でランクインするのは普通じゃない。相当な美少女なのだろう。


 ……つまり、そんなやつがハーフアップにしたら?


「よし決めた。俺がそいつの孤立をどうにかしてやる」

「急にどうしたのよ」

「ハーフアップは世界を救う。つまりだ」


 俺は一呼吸置き、春香と早乙女を見やる。


「生徒一人の境遇を救うことくらい、朝飯前に髪の毛を結ぶくらい簡単なことなんだよ」

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