第136話:甲種、再び

 俺達が装甲車で逃げた後、プロビデンスのあった場所には繰り返し砲撃が繰り返されていた。

 何度も何度も、入念に破壊されたことでその場所には見たくないものも、拾いたかったものも全てなくなったことだろう。


 装甲車の後ろから足を外に放り出したままスマホで関係ありそうな動画をSNSで探してみると、意外を早く見つけることができた。


 ホードをやり過ごそうとしたことが裏目に出てしまい、既にあちらはニューメキシコ州とテキサス州の境目まで来ており、先行している外来異種はこちらにまで迫っているようだ。


 それと目標Rと呼ばれている外来異種の砲撃についても解説されており、それのおかげでプロビデンスで起きたことの発端がアレのせいであることが分かった。


 とはいえ、手持ちの札ではどうしようもない。

 確かに外来異種に紛れて突っ込み至近距離で"霞の杖"を使えば勝ち目があるかもしれないが、そんな一か八かの賭けは負けるに決まっている、全員を巻き込んだ心中にしかならない。


 逆に手持ちの札を―――余計なものを捨てられれば、取れる手段が増えるだろう。


「ねぇ、ねぇ。みんなどこ?」


 フォーティーがルーシとエレノアに尋ねるも、二人は黙ったまま彼女を抱き寄せて頭を撫でることしかできなかった。


 不幸中の幸いというには重過ぎるのだが、追っ手が爆発物を使用した際にフォーティーは鼓膜が破れていたおかげであの声を聞いておらず、施設の皆が鈍色の天使へと変貌したことには気付いていないようであった。


 いずれは分かるだろう……ただ、今ではないだけだ。


「そういえばテキサス州にヒューストン宇宙センターがあるの知ってますか?」


 車の隅の方にいた御手洗さんが突然関係のない話題を話し出した。


「あそこでは宇宙やロケットに関する実験をしてくれたり、実物のロケットが展示されていたりするんですよ」

「……だからなんだよ」


 車内の重い空気を晴らそうとしたのかもしれないが、その明るさのせいでルーシーの機嫌が最悪なことになっている。


「トゥエルブくんはC粒子放出体質を何とかしない限り、外に出ても必ずその土地をコロニー化してしまうせいで彼の居場所は地球上のどこにもありませんでした。……ならば、宇宙はどうか?」


 それを聞き、ルーシーはハっとした表情をする。


「まだまだ時間は必要でしたが、それでも皆さん彼を助けようと足掻いていたんです。……今さら、ですよね」

「……今さらすぎだ、本当によ」


 ルーシーが舌打ちをしながら吐き捨てるが、その言葉にトゲや悪感情は感じられなかった。


「この騒動が片付いたら、皆でヒューストン宇宙センターに行きましょうか!」


 そして御手洗さんが折角いい感じの空気を台無しにしてしまった。


「御手洗はん、それ死亡フラグやんけ」

「えっ!? あ、そうか。でも荒野さんがいるから何とかなりませんかね」

「……実は俺、ここから帰ったら結婚するんだ」

「ふぅ、今のは不可能なやつやから死亡フラグが折れたで」

「流石じゃないですか荒野さん」


 ははは、こやつらめ。

 月明かりのない夜に気をつけろよ。

 いやまぁ今がその夜だからこそ気をつけて行動しないといけないわけなんだが。


「それよりアユム、そこにいると邪魔だから退いてくれ」


 外に出した足をバタバタしていたらイーサンが無理やり車の中まで引っ張ってしまった。

 開いた車の後部ドアからは闇夜に紛れて近づく何かの気配が迫ってきており、イーサンが銃をそちらに向けた。


「イーサン見えるの?」

≪ダァン!≫


 一発の銃声の後、何かの悲鳴と転がる音が聞こえた。


「……ダメだな、当てるだけなら何とかなるんだが」


 当てられるだけ凄いんだよなぁ。

 まぁなんにせよ、外来異種が近づいてきたらエレノアのついでに俺達も守ってくれるイーサンがいてくれて心強い。


≪キキイイィィ!≫


 とか思ってたら急ハンドルを切ったせいで車の中を転がってしまった。


「おいペーペードライバー! 免許持ってんのか!?」

「やかましい! そんなことより右側見てみぃ!」


 犬走の言われた方向を見てみると、二つのライトがこちらにやってきているのが見える。

 外来異種の群れに追われてるこの状況で近づいてくる車なんて絶対にろくでもないに違いない。


「イーサン、撃てる?」

「ああ、ライトが目印になっているからな―――いや、少し待ってくれ」


 近づいてくる車がライトを点滅させている、煽り運転にしては規則性があるように見えた。


「アユム、あれはモールス信号だ。どうやら騎兵隊が到着したらしいぞ」


 イーサンが銃に取り付けられたフラッシュライトを点滅させると、その車がすぐ傍にまで寄せてきた。


「初めまして、元自衛官、外来異種瀬戸際対応の会所属の浦西、他四名合流します」

「浦西さん? そんな人は知らない……つまり敵か! イーサン、ファイア!」

「いや待ってください、名簿には載ってるはずです! 何名かの元自衛官が海外に移住し、いざという時にサポートする事になってるって聞いてないですか!?」


 そういえばそんなことを聞いたような気がするし、聞いていないような気もする。

 というか久我さんから聞かされることって大体忘れたくなるような機密ばっかりだもの。


「というか浦西さん、よくここが分かりましたね」

「善意の匿名希望者から教えてもらいましたので。なので準備はしていたのですが、あまりにもトラブルが多すぎてここに来るまで遅れてしまいました」

「ところで、善意の匿名希望者って誰です?」

「え~っと……政治に関係している方……ですね……」

「……善意、あるんですか?」

「………ただの匿名希望者さんです」


 浦西さん、目を逸らさないで?

 というかアレか、この状況で教えてくれる人物となると久我さんか。

 さっき嫌がらせの電話したけど、後でまたやろう。

 

「と、とにかく! 我々の立場は民間人ですが協力いたします! まぁ州軍も今回の事態を重く見ているようで、先ほどこちらに向かってくる群れの本隊に攻撃するようです」


 とてつもなく嫌な予感がしたのでSNSを見てみると、遠くからその様子を生配信している枠が見つかった。

 夜間であるものの、圧倒的な火力でやつらの波を押し返しているようだった。


「浦西さん、この米軍さん達に今すぐ撤退するよう進言とかってできないですか?」

「いえ、我々はあくまで武装した一般人という枠組みですので……何か問題が?」

「ほら、外来異種同士は基本争わないですか。その証拠にプロビデンスで新手の外来異種を全て駆除した瞬間にRからの砲撃が飛んできたんですよ。つまり、こちらを追ってくる外来異種こそが防波堤になっていて―――」


 スマホの配信画面では州軍が迫る外来異種を全て殲滅し、撮影者と視聴者は歓声をあげている。

 そしてそれを祝福するかのように、夜の影が掻き消えるほどの光に覆われ……動画が途切れた。

 そして少し遅れて大きな衝撃がこちらまで伝わってきた、クソッタレな祝砲である。


「―――こういうわけで、下手に全滅させると逆に危ないって言おうと……まぁ遅かったわけですが」


 ほんと、いつもどうしようもない事と間に合わない事ばかりである。


 そうして再び逃走劇が始まった。

 下手に外来異種を殺せばRからの砲撃が来るせいで追っ手を全滅させることができず、ガソリンの補給もできないせいで南東の海側へと逃げていく。


 そうして日の出が出る頃には砂浜まで追い込まれてしまった。


「あー……普通、砂浜って言ったら美女と追いかけっこが定番なのに、どうしてモンスターに追われてるんだろ」

「定番言うけど、あんさん一度でも美女とそういう関係になったことあるんか?」

「だってアニメと映画で見たもん! アニメと映画は現実だもん!」

「あかん、追い詰められすぎて頭おかしなっとるやんけ」


 こちらが下手に手出しできないことをいいことに、追ってくる外来異種の群れはどんどん増えていく。

 装甲車に残っていた銃、そして浦西さん達の持ってきた武器のおかげでなんとか凌げてはいるものの、いずれ弾は尽きることだろう。


「アユム! 何か作戦があるなら聞くぞ!」

「弾も案も、もう出尽くしたよ!」


 そう言って弾切れになった銃を外来異種に投げつける。

 あとはもう白兵戦しか残されていないが、多分普通に死ぬ。

 初見の外来異種の群れとかどうしろと。


「荒野さん、このままでは全滅です。我々が遅滞戦でやつらの足を止めます。なに、近辺の住民は避難してますし家屋を巻き込んでも大丈夫でしょう」


 流石は元自衛官、市街地戦もお手の物らしい。

 とはいえ、折角ここまで助けに来てくれた人をここで見捨てるのも後味が悪い。

 というか死ぬ必要ないし。


「いや、その必要はないですって。さっき案は出尽くしたって言ったじゃないですか」

「え、えぇ……そう言ってはいましたが……」


 海から大きな波が押し寄せてくる。

 高波が車に叩きつけられ、何匹かの外来異種が引いていく波に浚われていくが、その数はまだまだ多い。


 そして次は高波……いや、ビルほどの大きな津波が見えてしまった


「あれはアカンで! すぐにこっから離れるで!」

「逆! このまま突っ走れ!」


 ハンドルを切って逃げようとする犬走の手を掴み、そのまま車を走らせる。


「いやいやなにすんねん死ぬ気か!?」

「大丈夫、愛の力を信じろ!」


 そして津波がこちらへと一気に押し寄せ―――その中から巨大な外来異種が飛び出て、こちらを追ってきた外来異種を全て押し潰してしまった。


「あ、あれは……ッ!」


 目標Rが船を沈めたことがあるように、この外来異種もまた何隻もの船を沈めた海の狩人である甲種"マウスハンター"と―――


「うーてぃー!……じゃなくて、俊哉ー!」


 中国が生み出したスーパーヤンデレ少女、鈴黒の姿がそこにあった。

 俺は信じていたぞ……久我さんへの嫌がらせ電話ついでに今ピンチであることを匂わせれば、必ずお前が本気で出張ってくるってことをな!


 チクショウ、本気で来る奴がいるか!?

 ってか本当に甲種を手なずけてたのかよクソッタレ!

 本気で敵対してなくてよかったよ全く!!


「いやぁぁあああああああ!!」


 そしてヤンヤンデレデレの鈴黒を見た犬走がハンドルを切って逃げようとしたのでサイドブレーキを引く。

 

「どこへ行こうというのだね?」

「アカン! おうち帰るぅ!」

「おっとマイホームパパ宣言かな? アツアツだねぇ!」


 暴れる犬走をイーサンと二人で拘束して外に連れ出すと、乙女の顔をした鈴黒が白目を向いてる犬走に抱きつく。

 よしよし、この生贄がいる限りはこちらの身の安全は保障されたも同然だ。


 あとはマウスハンターを利用してこの場から逃げればいいだけなのだが、何か忘れている気がする。


「……アユム、キミはモンスターが防波堤になると言っていたな」

「…………あっ」


 そう……マウスハンターがこちらに上陸した際に、防波堤となる外来異種が排除されている。

 それはつまり……!


 上空に目を向けると、放物線を描いて朝日に照らされた何かがこちらに落下してきてるのが見えた。


「そこ! なにとかしろぉ!!」


 鈴黒が少しムスっとした顔になりながらも、マウスハンターを撫でる。

 するとマウスハンターは体を震わせて鱗をふるい落とし、大量に落ちた鱗を砂と一緒に翼で空へとたたき上げる。


 そしてこちらに落下してくる飛翔物に接触した瞬間、大きな爆発音が鳴り響いた。

 そういえばマウスハンターの鱗って爆発反応装甲みたいなもんなんだっけ。

 鱗が砲弾に接触して連鎖爆発、誘爆して防いだらしい。


「よし、第二派が来る前に撤退!」


 こうしてなんとか逃げ延び、生き残ることに成功した。

 あとはあのクソったれなやつを殺すだけである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る