第137話:65億ドルの悪魔

【アイザック自宅】


 状況はアメリカ史においても最悪の状況だといっても過言ではないだろう。


 ホードと共に移動していたルビコンは砲撃によりプロビデンスを更地にし、休息するかのようにモンスターのホードと共にその場所で停止した。

 ただし停止したのは移動だけであり、行動まではその限りではない。


 移動を停止せずに進行したモンスターを殲滅した州軍はプロビデンスからの遠距離砲撃により甚大な被害を被り、誤ってL・RADをルビコンのいる方向に使用した地域にも砲撃が行われた。


 つまり、アメリカ南部そのものがルビコンという広範囲砲台の射程圏内に入ってしまったのだ。


 さらに性質の悪いことにルビコン周囲はその質量とホードが合わさったことでC粒子汚染によるコロニー化も発生している。

 精密機器が搭載された兵器は接近時にノイズが発生する恐れがあり、かといって歩兵で接近して攻撃するなど自殺行為でしかない。

 そして砲撃の他にも超高出力のウォータージェットが確認されている為、接近した戦車や戦闘機がピザのように切り分けられる可能性があり、迂闊に近寄れない。


 そしてもう一つ大きな問題がある、国土安全保障省のモンスター鎮圧局の局長であるマットが行方不明になったことだ。


 今現在、日本のエージェント……に扮しているとされているモンスターへ強制執行権限が発動している。

 私は彼がモンスターではなく不当であるという三つの証拠と五つの論拠を提出、そして粘り強い交渉により権限の停止一歩手前まで辿り着いたものの、肝心のマットへの連絡が取れないことによりそこで止まってしまっている。


 彼が既に死亡しているのであれば報告すべき相手がいないということでこの案件を通せるのだが、行方不明……生きている可能性があるせいで足止めされている状態である。


 ルビコンはまだ分かりやすい脅威として捉えられるのだが、日本のエージェントはなまじ分かりにくく、危険度が不明なせいで厄介度はルビコンよりも上である。


 もちろん排除は可能だろう。

 ただしそれは数千から数万……下手をすれば億単位となる善良なアメリカ市民の被害を考慮しなければという話だ。


 つくづく何故このような事態が引き起こされたのかと頭を抱えてしまう。

 そんなこちらの苦悩を更に重くすることを知らせるかのように着信音が鳴ったが、覚悟して電話をとる。


「……ミスター久我、怪我の具合はどうかな。キミが良ければ完治するまでそこに滞在できるよう取り計らうが」

『心遣い嬉しく思うよ。ただ怪我が治っても病気の方はどうしようもなくてね、一生ここで過ごすのは御免被りたいところだ』


 彼のガンは今もなお悪化しているというのに、声からはそれを感じさせないのは流石というべきか。


『単刀直入に言おう、キミの抱えている大きな問題を二つとも解決する手段がある』

「……なに?」

『というよりも既に動いている、こちらのURLを見てみるといい』


 相手のペースに乗せられているというのはいい気分ではないが、送られたURLを開くとLive映像が流れていた。


 大きな納屋から大きな人影がふらつきながら出てくる……あの顔はよく知っている、日本のエージェントだ!


 何故こんなところに、何をしているのか、どうして見つかったのか、頭の中に様々な情報が洪水となって流れてくるせいで冷静な判断ができない。


 そうしている間にカメラに近くに一人の男が……イーサンが隠れながら銃をエージェントに向けた。

 まさか、と思った瞬間……一発の銃声が鳴り響き、撃たれた男は地面へと崩れるように倒れてしまった。


 その後、すぐに何名かの日本人と思わしき男達が納屋の中に突入する。

 しばしの沈黙のあと、納屋から男達の肩を借りて一人の男が出てきた。

 ―――その顔は、先ほど頭を撃ち抜かれた日本のエージェントとまったく同じ顔であった。


『キミは彼がモンスターではないと証明しようとしていたが、事態は遅々として進まなかった。まぁあれだけのことをしておいて間違いでしたと素直に認められる者はそういないだろう。だから私は事態を無理やり解決させることにした。なにせ本当にモンスターであり、本人が救助されたのであればそこで事象は完結する。追われる理由はなくなるだろう?』


 確かに、この方法ならばマットとの連絡がつかなくても事態が解決したとして、そこで事件は終わりになる。

 あとは彼をしっかり監視しておけば再びモンスターと入れ替わったなどという証言も全て封じ込められる。


 ミスター久我は、たった一発の銃弾と偽物でアメリカが抱えていた不発弾を処理してしまったのであった。


『ちなみにこれは彼自身が考えた作戦だ』

「……追われている状況でそこまで出来るのは、映画の登場人物だけだと思っていたよ」


 導火線の火は消えたが、爆弾そのもののは更に大きくなった気分である。


「それで、キミは問題を二つ解決できると言っていたな」

『解決できるとも。ただしフリーサービスとはいかない、そうだな……65億ドル必要になる』

「65億ドルだと!? 原子力潜水艦でも買うつもりかッ!!」


 ある程度ふっかけられることは予想できてはいたのだが、あまりの金額に正気を疑ってしまった。


『キャッシュで、とは言わないさ。ちょっと現物を使わせてほしいんだ』

「私は国防長官ではない、65億ドル分の兵器の都合など―――」

『いやいや、必要なのは兵器ではない。テキサス州にはアレがあるだろう?』

「……アレ、とは何だ」


 嫌な予感がしながらも聞かないわけにもいかず、痛む胃をさすりながら尋ねる。


『ヒューストン宇宙センターにあるロケット、サターンVの現物……アレを使わせてほしい』

「お前は―――悪魔かッ!」


 それはかつて人類が託した宇宙への憧れと夢を乗せるはずだった、土星の名を冠するロケット。

 しかし、今だけはそれが悪魔(サタン)の名前にしか聞こえなかった。

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