第134話:最悪のモンスター豪雨
■19:35
≪ドグォン!≫
「ひぁっ……!」
「フォーティー!?」
フォーティーの力を使わずとも分かる程の爆音と振動が施設を襲い、少女が耳から血を流しながら悲鳴をあげる。
ただならぬ状況だと判断して御手洗がライトで少女の耳を照らして確認する。
「これは……鼓膜が破れてますね、応急処置だけしておきます」
そう言って少女の耳に清潔なタオルを巻き、ばい菌などが入らないようにする。
隔壁の前ではマットが率いる最後の部隊が重火器をひっさげ、周囲を破壊しながら進軍している。
先行部隊が全滅したということは罠があるということ、ならばその全てを破壊しながら進むというごり押しである。
しかし、人として当たり前の行動や習性を利用して戦う荒野にとっては一番嫌な方法でもあった。
とはいえ、相手がこの作戦をとってくる可能性は最初から考慮しており、その対策も考えていた。
相手が罠を破壊しながら向かってくるならば、その歩みは遅いものだろう。
だからその間にエレノアの力を使って地上に脱出し、上の敷地内に停まっている車をパクって逃走。
あとは施設内に取り残されて時間を無駄にした間抜けな特殊部隊の一行というものだ。
「俺のせいで怪我させてごめんね、フォーティーちゃん……と言っても聞こえないか」
荒野が少女に申し訳なさそうに謝る。
わずかな許しがほしかったわけではないが、大事な言葉が肝心な時に届かないことが多いなと苦笑してしまった。
だがそのままというわけにもいかず、ルーシーは子供が傷つけられたことを抗議するかのように荒野の背中を十六ビートで蹴り、彼もそれを甘んじて受け入れている。
「それじゃあイーサンと犬走と合流でき次第脱出しますね、御手洗さんはその子をお願いします」
「ええ、巻き込まれない内に他の皆が避難している備品庫まで避難してきます。荒野さんもお気をつけて―――」
≪BEEEP! BEEEP! C粒子汚染確認! 汚染率二十パーセントオーバー!≫
別れの言葉を告げようとしたその瞬間に耳をつんざくような警告音が鳴り響き、フォーティーを除いた全員が耳を塞いだ。
「ちょっ、御手洗さーん! これ何の音ー!!」
荒野が大声で尋ねるが、御手洗が答えない、答えられない。
代わりにその青ざめた表情でよくないことなのだろうと分かってしまった。
「おーい! 自爆装置でも押したんかこれー!」
「知らーん! 俺は何もしてなーい!」
通路の影から犬走とイーサンが戻って来た。
予定通りならばこのまま脱出するだけなので荒野達は警報など無視して逃げてもいいのだが、御手洗さんの様子がおかしいせいでどうするべきか迷っていた。
「皆さん今すぐこの薬を持って備品庫……いえ、トゥエルブの隔離室へ!」
半ば押し付けるような形で御手洗がケースを押し付けて部屋の外へ出る。
「えっ、ちょっ……フォーティーちゃんを送ってかなくていいの?」
「いいから急いでください! 人のまま死ねなくなりますよ!?」
■19:45
「―――排除しますか?」
特別製の隔離室にて、トゥエルブを囲むように銃口が向けられている。
部屋の中には何人もの部隊員とマットがいた。
「いや、何もするな。下手に死んでC粒子を撒き散らかされてはこちらが危険だ」
「化学兵器の類であれば活性炭詰められている防護スーツがあるので問題ありませんが」
「C粒子にそんなもの、滝にポケットティッシュを投げ入れるほど無駄なものだ」
トゥエルブはまだ完全に覚醒しきっていない頭で考える。
今日はルーシーねえちゃんがお客さんを連れてきて、そしてこれは招かれていない悪い客なのだろう。
つまりこの家に……親しき隣人達が住まう我が家に、よくない者達が押しかけてきたのだ。
あぁ、そういえばルーシーねえちゃんは前に見た時よりも大きくなっていた。
眠ってばかりいる自分と違ってどんどん大人になっていく。
恐らく外の世界に出て行ったり、仕事か何かをしていることだろう。
そんな成長していく彼女を比較して、自分は何も変わっていない。
勿論それは悪いことじゃない。
頭の良い大人達が言っていた、僕が起きているだけで大変なことになると。
何もしないことが一番良い事なのだと教えてくれた。
それでも昔からの友達が―――あの日、この施設で戸惑っていた僕の手を優しく引っ張ってくれたルーシーねえちゃんが、僕を置いていったように思えて、心が泣きそうになった。
人は神様から何か役目を与えられているのだと聞いたことがある。
ルーシーねえちゃんも、ここにいる大人の人も、そして僕の弟達も何か役目が与えられていることだろう。
だけど僕は生きているだけで色々な人が困ってしまうこの体質のせいで、多分一生このままなのだろう。
それが……たまらなく嫌だった。
世界を救うヒーローになりたいわけじゃない、テレビに映るような有名人になりたいわけでもない。
ただ…………ほんの少しでもいいから誰かの記憶に残るようなことをしたかった、自分が生きた証を遺したかった。
だからこれはきっと、神様がくれた最初で最後のチャンスなんだろう。
今、この時だけはこの体質に感謝した。
僕は意識して身体の中にあるものを絞り出すように力を込める。
≪BEEEP! BEEEP! C粒子汚染確認! 汚染率二十パーセントオーバー!≫
扉の外に漏れたC粒子を検出して警報が鳴り響く。
でもこれだけじゃ足りない、もっともっと……もっと必要だ!
≪BEEEP! BEEEP! C粒子汚染確認! 汚染率三十パーセントオーバー!≫
「クソッ、ここの扉を破壊したのは失敗だったか。総員、退却! 地上まで戻るぞ!」
「この汚染率というのはどういうものなんですか?」
「説明している暇はない、人を辞めたいのであれば汚染率が七十パーセントを超えるまでここにいろ!」
こうして悪い人達は家から追い出され、トゥエルブは安堵した。
それからスグに隔離室に御手洗とフォーティーを抱えたルーシー、そして荒野達が現場に到着した。
「部屋の中の汚染度は……四十パーセント未満、間に合った! あ、でも念のために皆さん予防注射を」
嬉々とした顔をして無針注射器を向けてくる御手洗に対して、その場にいた全員が一歩後ずさる。
「注射って……なんか怪しいやつじゃないですよね?」
「ええ、これは不破さんの血液を利用したC粒子の侵食を停止させるものです。今の汚染度でも大丈夫なはずですが、念のために」
「副作用とかは……ないですよねぇ?」
「もちろん、深刻なものはありませんでした!」
「深刻じゃないやつがあるってことじゃないですか! やだー!」
「安心してください、どんな症状が出ても私が二十四時間、責任を持って看病します!」
「それ絶対にデータを取る為でしょ!」
荒野は抵抗したものの、イーサンと犬走に抑え付けられてあえなく注射される。
「ほら、フォーティーはレディーなんだからあんなみっともない真似しないよね?」
そうしてフォーティーとトゥエルブを含め、その場にいたメンバーの注射が完了した。
「ルーシーねえちゃん……僕、初めて一人でやったよ」
「ああ、やったな。立派な男になったなぁお前も」
嬉しそうな……まるで昔のように笑うトゥエルブに対して、ルーシーも昔のような笑顔を返した。
銃を持った怖い大人達をたった一人の眠れる森の王子が追い払ったのだ、少年は確かに成し遂げた。
―――ただし、それは最悪のタイミングであった。
トゥエルブの放出したC粒子はマット達と共にエレベーターシャフトを通じて外へと漏れ出ていた。
「クソッ、いつもいつも……どうしてこうも計算違いのことばかりッ! だが、この入口さえ抑えておけば奴らは袋の鼠も―――」
マットが愚痴を吐ききる前に、降水率千パーセントを超える水量が空から着弾した。
見事に下にいた人間を圧殺しながら着水したソレは、流れるがままに施設の中へと注ぎ込まれていく。
そうしてその水は―――人類の超えるべきルビコンの一部はプロビデンスへと侵入する。
外来異種はコロニーに引かれる、深い深層に、C粒子の濃度が濃い場所に。
トゥエルブの隔離室まで流れ込んだソレは、その場居た邪魔者を全て洗い流し、トゥエルブを取り込んだ。
■20:00
≪汚染率八十パーセントオーバーを確認≫
≪人類の未到達領域に到達―――ヒトよ、いざサラバ≫
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