第133話:フィアーズ・アスレチック
≪プロビデンス門前≫
■18:30
二台の物々しい装甲車が現場に到着した。
何十人もの武装した男達が降車し、門の前で整列する。
「な、なんだお前ら!?」
門衛のロメールが慌てて問い詰めながらも銃口を向けないのは、彼らがモンスター鎮圧局のワッペンをつけているからであった。
「こちらの施設に人間を食い殺して成り代わるモンスター"皮剥"が入り込んだことを確認した。Tier-3のモンスターであり、一刻も早い事態解決の為に我々が介入にやってきた」
「オイオイまじかよ、なんでそんなもんが……ッ!」
屈強な男達の中からモンスター鎮圧局の局長マットが、その手にある強制執行権限に関する令状を見せ付けた。
まだアメリカにモンスターを遠ざける音を出すL・RADが開発されていない頃、各地でモンスターの被害が出ていた。
その際に危険なモンスターを駆除する為ならば家屋や施設を破壊、そして人的被害すらも許容される強権である。
「キミ達がモンスターと入れ替わっている可能性がある為、念のために拘束させてもらう。なに、問題がなければすぐに解放することを約束しよう」
マットは久我の通話を盗聴し、衛星映像からここにいると踏んで残っていた人員を全て駆り出して最後に賭けに出ている。
無論、久我も盗聴されていることを知りながらプロビデンスの情報を流した。
なにせ今追われているのは極限状態においてなお黒く輝く生存本能を持つ男、あの環境ならば徹底的に有利な状況を作り上げて迎え撃てるだろうという算段があったからだ。
第一部隊が外にいる警備員達を拘束している間に、別の部隊が外部にある電力供給装置を掌握して施設に送られる電力を全てカットした。
まだ施設内に予備電力は残っているものの、それもいずれ尽きる。
「これより突入作戦を開始する。ロック部隊はここを封鎖、ギムレット部隊は目標の排除を最優先」
「障害になるものは―――」
「全ての排除を許可する、ここにはアメリカから捨てられたものしか存在しない」
■19:00
突入作戦が開始され、ギムレット部隊は暗闇に包まれたエレベーターシャフトを移動する。
エレベーターは真下ではなく斜めに移動している為、移動そのものは徒歩で問題ない。
暗視装置によって視界も問題ないが、一つだけ大きな問題があった。
プロビデンスを含め、政府の重要施設はC粒子を利用した人口コロニー化により強力なブーストがない限り無線での連絡が不可能なのである。
これにより、突入部隊は封鎖部隊は連絡手段が限定される。
つまり、遠くの仲間の状況が分からない、助けを求められない、そして判断を仰げないということである。
無論、彼らもそれを想定して複数の作戦行動パターンを組んではいるが、それはこの限定空間において致命的なハンデとなる。
■19:10
「時刻を同期させるぞ、3……2……マーク」
「チェック」
「三部隊に分かれて目標の捜索と排除。発見できなくても三十分後に必ずここに集合だ……行け」
こうして明かりの消えている暗闇の通路に追っ手が放たれた。
そしてその状況について既に荒野達は把握していた。
「いま、ここと、ここと、ここ!」
追っ手の部隊は声を出さずに静かに行動しているものの、床のあちこちにゴミが散乱しているせいでどうしてもそれを踏んでしまう。
そしてフォーティーが力を使ってその音を拾い、地図で場所を知らせていた。
「テメーは本当にクソみたいなことをやらせたら一流だな、クソペンギン」
「ぺんぎーん!」
「ルーシーちゃま! 子供のいるところでそんなお下品な言葉は使わないで! あとフォーティーは俺の腹で刻むビートをそこら中で鳴らさない!」
荒野は外部の電源が掌握された瞬間、追っ手が来たと想定して動いたことで様々な撃退策が用意されていた。
当初はふんだんに罠を仕掛けようとしたのだが、殺傷性の高いものは無い。
施設内で殺人が起こることの悪影響を避けること、そして子供達から死を遠ざける為でもあった。
本来ならばこんなことに子供を利用することも避けたがったが、それで負けては本末転倒である。
なので、施設内で出来るだけ多くの人員を無力化してからエレノアの力で無理やり天井を切り開き、脱出する予定であった。
もちろん施設には大きなダメージが入ることになるのだが、そんな配慮は頭の片隅に追いやられて耳から出て行っている。
■19:15
A部隊が施設内を慎重に進んでいると、通路の真ん中にあからさまなダンボールが置かれていた。
ナイトビジョンの暗視を赤外線探知に切り替えてみるも、内側にアルミホイルが貼られているせいで中身が見えない。
≪タンッ!≫
罠の可能性を考慮してダンボールを一発だけ撃つと突風が発生したが、幸いにもその場に居た全員が転倒するだけであったが、
罠にしてはあまりにも拍子抜けだと思いながらも、油断せずに先に進む。
そして再び通路を塞ぐようにダンボールが置かれていた。
無害ではあるものの、わざわざ作動させる必要はないとして隊員達は通路の端を歩きダンボールを避ける。
≪わっ!≫
ダンボールから子供の声がした瞬間に、再びダンボールからの突風が叩きつけられで床を転がる。
ダンボールには最初に荒野が捕まえるのに失敗したトゥウェンティー・エイトの力によって極限まで圧縮された空気が仕込まれていた。
何か刺激があればその空気が解放され、突風となって周囲に襲い掛かるというものだ。
刺激さえ与えなければ無害なものだが、フォーティーの力は好きな位置に音を出すこともできる。
つまり、回避したところで強制的に罠を動作させることができるのだ。
そして転がった先にあった扉から犬走とイーサンが飛び出し、隊員達を即座に無力化してから部屋の中に放り込み扉をロックする。
≪そこはもうだいじょーぶ、つぎはー……G8だって!≫
「おぉ、おおきにな」
施設内は人口コロニー化により無線は使用できない、だが新世代としての力は使用できる。
これにより、荒野達だけが遠方の味方とリアルタイムで連絡ができる……それどころか―――。
≪かべの中からノック、ノック、ノック≫
≪あっちの人たちはもうつかまっちゃったよ?≫
≪次はおじさんたちの番かな≫
部隊が進む先々の通路から、天井から、壁から子供の声が聞こえてくる。
それを無視しようすれば他の音を聞き逃す。
かといって集中していれば頭がおかしくなりそうになる。
そうなれば注意が散漫となり、背後の影から音もなく忍び寄る犬走によって一人また一人と無力化され空き部屋に閉じ込められる。
余計な会話などせずに歩き続ける仕事に真剣な隊員だったからこそ、いつの間にか一人になっていたことに、最後の一人まで気付けなかった。
■19:30
摩擦の消えた通路、泥まみれの床、子供の足音……のように聞こえる誰かの腹を叩く音……異常な状況に適応することができずに最後の一人が無力化された。
荒野が当初考えていたダンボール地雷の中にある空気をルーシーが叩くことで熱量を込めて全身大火傷の空気を噴出させる案や、その他の非人道的な作戦は使用されずに無力化できたことは双方にとって嬉しいことである。
しかし、突入部隊の経過報告どころか内部の情報も手に入れられなかったマットはそう思わないだろう。
彼は大きく溜息をつき指示を出す。
「兵装使用自由、徹底的にやれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます