第130話:地下神曲

 まるでトンビに捕獲されたシャケのように空を運ばれていく。

 新鮮な風が頬を撫で、自然の空気を満喫している。

 もちろん嘘である。


「寒い寒いさぶいサブイ!!」


 高度の問題もあるがとにかく風のせいで寒い。

 あれだ、扇風機の強風をずっと叩きつけられている感覚である。


 これはあれだ、皆で肩を寄せ合って暖めあうしかないな!

 そう思ってエレノア達の方を見ると、イーサンが毛布をかけていた。


「…………イーサン? 俺達にかける優しさと毛布は?」

「そこの棚になかったら無いな」


 嘘つけぇ!

 バックヤードに残ってんだろ!

 持ってくるの面倒だからそう言ってるだけだろ!!


「うるせぇぞ、これくれてやるから黙ってろ」


 そう言ってルーシーが毛布を顔面にブン投げてきた。


「いやいや、流石に二人を凍えさせるのは―――」

「別にこうすりゃ最初から要らねぇんだよ」


 そう言ってルーシーがエレノアに覆い被さる。

 あらぁ~、これは確かに身体が熱くて大変なことになりますねぇ~!


「……ア、本当に温かいデス!」


 あぁ、そういえばルーシーは運動エネルギーを熱量に換えられるんだっけ。

 今は思いっきり速度により圧力が全身にかかってるわけだからそれを全部熱量に変換できて温かいのか。


 ……これ、ルーシーの力をうまく使えば熱で原子力よりもクリーンにタービンを回転させられるんじゃなかろうか。

 あぁでもルーシーの力は自動じゃなくて自分で発動させないといけないから、そもそも休憩やら何やらも必要か。

 人類の夢である永久機関はまだまだ無理らしい。


 まぁ人類とか主語が大きいものより、こっちの夢を先に叶えてもらいたいものだ。

 具体的には平和とラブコメな日常。


 そんなこんなで犬走と毛布を奪い合いながら数時間が経過した。

 そして着陸をどうするかという審判の刻でもある。


「……イーサン、これなぁに?」

「パラシュートだ」


 そう言って手渡された大きなリュックを見る。


「……飛び降りろと?」

「使い方は分かるな」

「そんなさも当然かのように言われても困るんだけど!」

「自衛隊で習わなかったのか、今度からそちらも訓練するよう自衛隊に提案しておこう」

「提案する前に本人の意思確認して!」


 なんで勝手に黙ってそういうことしようとするの!?

 イーサンだってエレノアが勝手に結婚しようとしたら怒るでしょ!?

 自分で言っててワケわからないけどそういうことだよ!


 とまぁ苦情を叩き付けたものの、使い方そのもは簡単らしい。

 というか今回使うものは一定のGや速度によって自動的に開くらしいので、気絶してても大丈夫だとか。


「では手本として私から行こう」


 そう言ってイーサンが一番最初に気球の篭から飛び降りた。

 次に無言でルーシーも飛び降りた。


「じゃあ、お先ニ」


 そう言ってエレノアも飛び降りた。

 残ったのは犬走と自分の二人だけである。


「フフ……二人っきりだね」

「ほな、また」

「あぁ待って! あたいを捨てないで!」


 チクショウ、あいつ速攻で飛び降りやがった!

 あたいを捨てやがった!


 そして一人気球に取り残され、もういっそこのままずっと乗っていようかな。

 とか思っていたら突風に煽られた。

 篭が揺れ、世界が回転し……死を覚悟した。


「おぎゃぁあああああああ!?」


 空中きりもみ回転を決めつつ大空に抱かれる感覚が全身を襲う。

 文字通り、世界が襲い掛かってくるような―――。


「ごっふぁ!」


 そして少ししてスグにパラシュートが開いた。

 回転してたせいで絡まるかもと思ったが、何とかなってよかった。

 下の方を見ると他の皆もちゃんとパラシュートが開いているようで、無事なようだった。

 ……自分のだけパラシュート開くの早かったけど、これ体重のせいじゃないよね?

 いやまぁ助かったからいいんだけどさ。


 そして三十分で全員と合流し、さらに一時間かけて核廃棄物処分場に偽装されたC粒子研究所"プロビデンス"に到着した。

 アメリカに来て一番死ぬかと思った、主に歩きすぎで。


 というか豚喰とダークライ始末してからフルトン回収されてそこからスカイダイビングとか一日に起きていいイベントの数じゃないのよ。

 ドアを開けたら着替え中だったとか、お風呂入ってたら誰かが入ってくるとかそういうのなら大歓迎なのに。

 ……いやまぁ日本だとそういうイベント何度もあったけどね。

 主に犬走とイーサンだけど。


 やばい、アメリカでも日本でも良い事なさすぎて死にたくなってきたぞ。

 中国もロシアでも良い事なかったし、もう自分の幸せは地球にないんじゃないかと思えてきたぞ。


 どうやって宇宙勝利に辿り着くかを考えていたら、いつの間にか門の前にいた。

 周囲はコンクリートの壁で囲まれており、研究所というよりも中のものを徹底して封じ込めるような造りであった。


 核廃棄物処分場としての看板を出しているのだからその通りなのだが、この中に新世代の子供達が閉じ込められていることを知っていると少し切ない気持ちになってくる。


「それ以上近づくな」


 門に近づくと銃を持った怖い人達がこちらへやってくる。

 というか施設の入口近くにいる人、気の成果もう安全装置解除してなかった?


「一般人は立ち入り禁止だ、観光ならヒューストンかダラスに行け」


 一般人扱いされたことに若干嬉しくもありながらも、あからさまな対応にちょっと心が傷ついた。

 問題は最初から傷がつきすぎてどこがどう傷ついたのか自分でも分からないところだが。


「相変わらず景気の悪い顔ばっかりだなロメール」


 だがそんなことを全く意に介せずルーシーはずかずかとその門衛に近づき胸を軽く小突いた。


「敷地内に入るなと警告した―――」


 銃口をルーシーに向けようとしたので止めようとしたのだが、その前に門衛の動きが止まった。


「オイマジかよ、ルーシーかよ! この不良娘め、追い出されて家に戻って来たのか?」

「ふざけんなよ、アタシはいつも品行方正だっただろうが」


 どうやらお互いに知り合いだったようで、アメリカンドラマで見るようなグータッチをしあっていた。

 羨ましい、自分だったら犬走とグータッチどころか殴り合いしか触れ合うことができない。


「それで、腹が減ったからエサがほしくて来たのか野良猫め」

「ちげぇよ、そこの迷子ペンギンの散歩ついでだよ」


 ルーシーに指差され、門衛さんにジロジロと見られたので軽く会釈をする。


「……男の趣味が悪くなったな」

「ペットなら合格点か? 冗談キツイぜ」

「「HAHAHA!」」


 ハハハ、こやつらめ。

 言い返したい気持ちはあるが、反論できる箇所がないので何も言えない。

 せめて一つでも良い所があれば……!


「それで……本当に何の用だ? いくら卒業生のお前でも、もう託児所の中には入れねぇぞ」

「ちげぇよ、そこのペンギン野郎の入所式だよ」


 そう言ってルーシーが指で何かを寄越すように指示してきたので、財布から日本の駆除免許を門衛さんに渡す。


「多分、中に御手洗って人がいるんでそれ渡してください。それで分かります」

「分かった、確認しよう。ちょっと待っててくれよ」


 そう言ってロメールと呼ばれた男性が詰所に入って電話をする。

 今時珍しいというか絶滅危惧種の黒電話である。


 連絡を終えた後、免許を持って施設の中に入り―――それから数分後、小走りで御手洗さんと一緒に戻って来た。


「荒野さん、速かったですね! それで、ここに来るまでどんな外来異種を駆除してきたんですか!?」

「犬も歩けば棒に当たるとはいうけどさ、その俺が移動するだけで外来異種を駆除してきたみたいな偏見どうかと思う」


 問題はそれが間違っていないということだ、つらい。


「取り合えずこれお土産です、どうぞ」

「なんです、この……瓶詰めの真っ黒な物体は」

「"DarkLie"です、まだ生きてるんで気をつけてくださいね」


 嫌がらせ半分、爆弾を一刻も処理したい気持ち半分で"DarkLie"の入った瓶を押し付けたのだが、予想とは裏腹に物凄い笑顔で受け取った瓶を抱きかかえてしまった。


「凄い、やるじゃないですか! 流石は荒野さん、これならもっと無茶振りしてもよさそうですね!」


 しまった、この人にこういうのは逆効果だった。

 というか今までも結構な無茶振りをされてきたけど、あれより上があるだなんて知りとぅなかった。


「そうそう、久我さんからも聞いてますよ。ここに避難するんですよね? 許可は出てます、安心してください」

「今までが今までなだけに、歓迎されると帰りたくなってきました」


 とはいえ、このまま逃げたとしても車がないからホードに飲み込まれるので諦めて入るしかない。

 先ず扉をくぐって出迎えてくれたのが鉄製の頑丈で大きなシェルターの扉。

 多分、核戦争が起きても耐えられるくらいにデカくて丈夫そうだ。


≪ギ……ギギッ……ギギギイイイイィィ……≫


 金属による不協和音と共にシェルターの扉が開いた先には、これまた重機すら何台も乗れそうな大きなエレベーターがあった。


≪ガコッ! グウウウウウウウン……≫


 御手洗さんがパネルにカギを差してパスワードを入力すると、重い音と共にエレベーターが動き出す。

 まるで地獄への直行便に乗り込んだかのような雰囲気の中、御手洗さんに尋ねる。


「そういえば、ここに新世代の子供達がいるって聞いてるんですけど……」

「あぁ、いますね。覚悟しておいてください、色々と危ないんで」


 親と引き離され、普通の暮らしすらも叶えられない子供達だというのに、御手洗さんはむしろ子供達を警戒するように言う。

 こんなところで抑圧されているのだ、目に見える大人を全て敵だと認識しているのかもしれない。


≪ズゥン……!≫


 大きな衝撃と共にエレベーターが止まる。

 どうやら到着したようだ。

 

 目の前にある隔壁には何か大きな文字で注意文のようなものが書かれている。


『この門をくぐる者、憂いの都へと到る』

『憂いの都へと到る者、永遠の呵責を得る』

『永遠の呵責を得た者、滅びの民と共にあれ』


 隣にいたエレノアが呪文のようにつぶやく。

 どうやらあまりいい意味ではないのか、その場にいた自分以外全員の顔が真剣な顔つきになっていた。


 先ほどまでと違い、音もなく隔壁が左右に開いていく。

 その先には照明も、廊下も、扉も、何もかもが白で塗り潰されていた純白の世界が広がっていた。


「ハハハハッ」

「キャハハッ! ハハッ!」


 遠くから子供の笑い声が徐々にこちらに近づいてくる。

 そして目の前の十字路で、見てしまった。


「ヒーハー!」

「待てやこのイタズラ小僧共!」


 一人目の子供はスケート選手のように回転しながら廊下を真っ直ぐ横切って行った。

 二人目の子供は地面や壁に跳ね返りながら曲がって行った。

 そして三人目の子供は天井を走りながらこちらへやって来て、目が合った。


「あっ……お客さん? ヤッホー!」


 その子供は天井に足をつけながら、頭を下げ……いや、天井に向けているわけだから頭を上げて挨拶してきた。


「ゼェ……ゼェ……イェス! 一人確保!」


 そんな子供を息を切らせた白衣の大人がジャンプして捕まえてしまった。

 ここが怪しい研究所ならばこのあとお仕置きという名の人体実験が行われるのだろうが、ここの雰囲気は幼稚園とか託児所とかその空気である。


「あの、御手洗さん……?」


 あまりにも事前情報と違う為、恐る恐る尋ねる。


「これがC粒子研究所、プロビデンスです。新世代の持つC粒子とその力を解析する為……常識外れの子供達に振り回される大人達の苦悶が渦巻く地獄の門です」

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