第129話:アメリカン・バルーン
ダークライの処理も終わったので、倉庫から荷物やら何やらを色々引っ張り出す。
「それにしても、まさかこんなものがあるなんてなぁ」
外に天日干しのように引っ張り出された物は大型の気球であり、軽く五人以上は乗せられるくらい大きなものであった。
そしてローズさんが気球を膨らませている間に皆で気球に必要最低限の荷物を積み込んでいく。
そんな姿をルーシーが遠くから物憂げな顔で見ていたので声をかける。
「ルーシーさんや、そんな遠くから見なくても気球は噛み付いたりしませんぞ」
墜落することはあるかもしれないけどね、とは言わないでおく。
まぁ自分も子供の頃に一回だけ乗ったことがあるだけなので本当に噛み付かないかどうかは知らない。
そういえば気球というかプカプカ浮かんでた外来異種がいたな。
あいつ噛むんだろうか、爆発四散させたから知らないんだよね。
そんなこと考えてる自分に、面倒くさそうな顔をしながらルーシーがかまってくれる。
「噛んできたら逆に面白ぇだろ」
「気球型の鮫が襲ってくる映画の話する?」
「そんな映画があるとか、日本はイカレてやがるな」
いや、アメリカ産なのよその映画。
監督は日本人のせいにしてたけど作ったのはあなた達なのよ、認知して?
「……気球、乗ったことねぇんだよな。テメーはあるのか?」
「子供の頃に一回だけ親に乗せられたっけなぁ」
ぶっちゃけもうその時に見た景色なんて覚えてない。
親父とお袋の顔はまだ忘れてないはずだけど、人間って忘れる生き物らしいから実はもう記憶の顔と実際の顔が違ってるかもなぁ。
「……別に、夢ってほどじゃねぇけど」
ルーシーがそう話を始めて、ぽつぽつと語り始める。
「プロビデンスじゃあずっと地下にいたせいか、空を飛ぶことになるだなんて思いもよらなかったよ」
飛行機なんて乗ろうと思えば簡単に乗れる自分とは違い、ルーシーにとっては"飛行機なんて"というものではないのだろう。
いつも不機嫌そうな顔ばかりしている彼女であるが、その時だけは子供のように柔らかい顔になっていた。
「空だけじゃなくて、いつか宇宙にだって行けるさ」
「いや、別に宇宙には興味ねぇよ」
せっかく話題を広げようとしたのに雑にぶった切られてしまった。
なんでだよ宇宙いいだろ、軌道エレベーターとか男の子の味じゃん。
お前も宇宙好きにしてやろうか。
「そこのサボリ二人ィ! こっち来ぃや、お客さんのお出迎えやで!」
……と、そんなことを話していたら気球の近くにいた犬走がこちらに向かって叫んでいる。
お客さんという単語と、あいつの顔からして大体察しがついた。
駆け足で気球の元に向かうと、イーサンがローズさんに銃を突きつけており、取り乱している様子であった。
「どうしてなの、イーサン!?」
「我々を匿っていたとなれば、迷惑をかけてしまう。キミ達はあくまで我々に脅迫されていたということにするんだ」
あらやだカッコイイ。
でもそういうのってリーダーである自分に先に話を通すべきではなかろうか。
あれ、でもよく考えたらこの集団のリーダーって明確に決まってないような……?
いやいや、流石に自分だろう、皆に聞かなくても分かるよソレくらい。
……決して全員から真っ向否定されるのが怖いからではない。
「いいわ、イーサン! 例えあなたがスパイだとしても、一緒に逃げる!」
なんかローズさんが感極まってるのか、勝手に逃避行してこようとしてくるせいでイーサンが頭を抑えている。
羨ましさ半分、それだけ思われていることに妬ましさ半分。
つまり嫉妬の感情しか湧いてこない。
いーなーイーサンはさー!
あ、犬走さんは別に羨ましくないです。
ヤンデレはちょっと遠慮しときます。
「ローズ、何か勘違いしているようだが私は別に犯罪者でもなければスパイでもない」
「嘘よ! じゃあなんで追われてるのよ!?」
イーサンがこちらをチラリと見た後、ローズさんの方へ向き直った。
「私はスパイだ」
ねぇ、イーサン?
なんで僕が追われてる原因だって言わないで、スパイって言ったの?
もしかして僕と一緒にいることより、スパイの方が罪が軽いの?
そりゃあ昨日の夜にこっそりとろけるチーズたっぷりのパンという罪を重ねたけど、それはそんなに罪深いことだったのだろうか。
「あのイーサン? そろそろアッチを見た方ガ……」
エレノアが指差す方向には土煙と小さな影が見える。
よーく目を凝らすと、大きな車が一台こちらに向かってきているようだ。
速度的にあと一分もしない内にこちらに来ることだろう。
さて、どうしたものか……と考えていたらイーサンが気球の籠に入れていた銃を取り出して地面に伏せた。
≪ダカァン! ダァカァン!≫
二発の銃声、そして横転する車……。
ただでさえ距離があるというのに、さらに車の正面というタイヤを狙うにはあまりにも難易度が高い狙撃をイーサンは軽々こなしてしまった。
「ローズ、家族を大事にしろ。血族というものは、この世に生まれて最初に与えられる特別な関係なんだ」
そしてアレだけのことをやらかした当の本人は、そんなこと気にせずに再びローズさんへの説得へと戻る。
どうやらあの高難易度の狙撃よりも、ローズさんへの説得の方が難しいらしい。
そんなアメリカンドラマを背にしながら犬走とルーシーは気球を浮かせる準備をしていた。
「ちょぉこの玉殴ってくれへんか? これ"パスガスノス"っちゅうモンスターの空気袋でな、中に圧縮された空気があんねん。んでこの空気袋を熱してから割ることで、一気に気球を持ち上げられるっちゅうわけよ」
「へぇ~」
あっちはあっちで楽しそうだな、というか方向性が違うか。
とはいえローズさんも諦めたのか、イーサンを引き留めようとする手を引っ込めてしまった。
「分かったわ、イーサン……。でも私は待ってるから! いつかあなたが胸を張ってこの国に戻って来たときの為に、私待ってるからッ!」
そう言ってローズさんは走り去ってしまった。
「おめでとう」
「おめでとう、おめでとう」
自分と犬走が祝福しながら小さく拍手すると、エレノアとルーシーもそれに続いて拍手してくれた。
「若い女性を騙して振るのはどんな気持ち?」
「……誤解だ」
「何が誤解だよ! 俺なんかモテたこと五回どころか一回もないよ!」
ッカー!
これだからアメリカ人は!
どうせエンドロールになったら二人は抱き合ってキスするんだろ、知ってるよ!
とまぁそんな負の感情をねっとりとイーサンに向けていたら、遠くから銃声が聞こえてきた。
そちらの方に目を向けると、横転した車から出てきた追っ手達が銃を構えながらこちらに向かってきているのが見えた。
「今すぐ気球を出すで!」
犬走の言葉を合図に全員が気球の籠の中に飛び乗る。
そして犬走は先ほどルーシーに殴ってもらっていたモンスターの空気袋を放り投げ、それを自前の三節棍を使って割る。
≪ボフォン!≫
大きな破裂音と共に、気球に一気に空気が入り籠が持ち上がった。
そしてイーサンが気球に火を入れて徐々に高度が上がっていく。
それでも追っ手は銃を撃ってくるのだが、距離があるせいで当たらないようだ。
「よしイーサン、一方的に撃たれる痛さを怖さを思い知らせてやれ!」
「駄目だ、ここで彼らを殺せばイエロー家に迷惑がかかる」
「いいじゃん、どうせ家族になるんだし」
「勝手に私を婿入りさせるな」
なんて贅沢者だ、自分なんか嫁も婿もどっち縁がないっていうのに。
……いや婿が来られても困るけれども。
さて、そんなアホなことをしていると遠くからエンジン音が近づいてきた。
そして次の瞬間、大きな衝撃と共に気球が高速で引っ張られてしまった。
上空に目を向けると、そこにはローズさんのパパ様が運転する小型の飛行機が見えた。
これこそがローズさんの言っていた移動手段、プライベート機と気球の合体である。
パパ様の飛行機は色々と改造されているおかげで出力はあるものの、せいぜい二人か三人までしか乗れない。
そこで飛行機の下部に大きなフックをつけ、イベントで使用する気球にぶっさして無理やり一緒に飛行させるという作戦である。
流石はアメリカだ、発想のスケールが大きい。
こうして渋滞している道路を見下しながら優雅……ではないが、快適な……快適でもない空の旅が始まった。
一つ気になることがあるとすれば―――。
「これ、どうやって着陸するんだろ」
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