第127話:ボーイ・ミート・ガール
オフだというのにいきなり仕事を任された件について。
これだからブラック企業ってやつは!
しかも今の自分って皮剥だと思われて人権がない状態だから、訴えることすらできないという。
つらい。
……いや、悪いのはイーサンだけどね?
もっと言うならそもそも外来異種なんかが存在してるのが悪い。
けど、そいつらがいなかったらおまんま食い上げな世界も悪い。
つらい。
さて……イーサンとエレノアは実家の牧場で働いていたということもあり、そっち側にいる豚喰を何とかしてくるとかなんとか。
まぁエレノアの力とかこんなところで使ったら大変なことになるからね、仕方ないね。
というわけでここには自分と犬走、あと何故かルーシーで対処することになった。
ちなみに道具などは自由に使っていいといわれてるので遠慮なく使わせてもらうことにする。
「というかルーシーさんや、アナタはあっち側に行った方が良かったんじゃ」
「こっちの方が面白そうだからな、ヤバくなったら助けてやるから行ってこい」
ピンチになったら助けてくれるらしい。
それなら今もうモテなさすぎてヤバイから助けてくれないだろうか。
……むしろトドメ刺されそうだな、うん。
というわけでアメリカの鳥取砂丘、もとい豚喰のテリトリーにやってきた。
犬走は置いてきた、この戦いにはついていけるしなんなら一人で何とかできたかもしれないけど、面倒なダークライの方を処理してほしかったのでそっちを任せることにした。
新世代なんだからなんとかなるだろう、なんとかしてくれ。
さて……ここにいる豚喰は豚どころか人間すら丸呑みするくらい大きいらしい。
そんなやつを相手にそのまま戦っては丸呑みされておかしな特殊性癖の贄にされてしまう。
なので、戦わずに勝つ方法を使うことにした。
「―――で、それが戦わずに勝つ方法ってか?」
「私は渇く者には命の水の泉から値なしに飲ませる……という事で放水開始!」
巨大なホースで砂地に大量の水を撒くと砂は固まり、次第に大きな水溜りが出来ていく。
豚喰は苦しむかのように地面の中を泳いでいる。
これなら砂の中に隠れていようとも溺れ死ぬことだろう。
―――そして三十分後、豚喰はまだ生きている。
地面を苦しむように泳いでいるのかと思ってたのだが、泥で上部を固めてその下にある砂を守ることが目的だったようだ。
もちろん、それでも水を流し続ければいつかは溺れ死ぬかもしれないが、普通に縄張りを移動されるだけで終わるだろう。
まぁその前に桁違いの水道料金請求が発生するからイエローさん達から止められるか。
「そうかそうか、つまりキミはそういうやつなんだな」
心の中のエーミールがキルサインを出したので遠慮なしでやることにする。
用意したのは生石灰にアルミ粉。
それをショベルカーの先端にあるバケツ部分にありったけ入れて、それを水溜りの中にぶちまけた。
水の中に入れてはいけないものをダブルでぶち込んだことで、水溜りから大量の白い煙が出て沸騰する。
水攻めが駄目なら火攻めだって戦国の世の常識だからね。
いやまぁ厳密には火じゃなくて熱だけど似たようなもんだし別にいいだろう。
そして一時間後―――。
「何の成果もぉ! ありませんでしたぁ!!」
どれだけ沸騰させようとも、豚喰は死ぬどころか地上に出てくることすらなかった。
一応駄目元で砂地に向けてショットガンを乱射したが効果はなさそうだった。
なるほどね……それならオジサン本気出しちゃおっかなー!
ということで腰に隠し持っていた"霞の杖"を取り出して五つあるカプセルの内三つを入れて、砂と泥に塗れた豚喰のテリトリーへと突っ込ませる。
「くたばれ化物め!」
杖の先端から出てきた霧が大きな爪を形取り、まるでミキサーのように周囲を攪拌していった。
―――そして十分後、先に暴れまわる杖を抑えるこちらの腕に限界がきた。
もちろん豚喰は死んでない、死んだのは乳酸が溜まったこちらの腕だけである、つらい。
「ッスゥー……そうだ、犬走が困ってるからあっちを助けに行こう!」
「……だっさ」
「うるさいよ!」
ルーシーの単純ながらも突き刺さる罵倒を背中に受けながらダークライがいる倉庫へ向かう。
倉庫の前には大きな鏡やレンズ、他にも様々な道具が並べられており、まるで怪しい儀式をしているかのように見えた。
「……犬走さんや、悪魔召喚でもやってるの?」
「ちゃうわ! ほら、黒って熱を吸収するやん? 大きな鏡とレンズでひたすら日光を当てたら焼けへんかなと思ってな」
確かに大量の光が倉庫の中に入っているのが見える。
しかし暗闇は晴れず、ただそこにあるだけであった。
「……意味なくない?」
「ワイもそう思って別の手段を考えたとこや」
そう言って犬走が大きく古いタイヤを転がしてきた。
タイヤは中央がくりぬかれており、中にはガソリンがたっぷり入っていた。
「そぅら、火の輪くぐりの始まりやぁ!」
そう言って犬走がガソリンに火をつけてタイヤを蹴り転がす。
あれだと火の輪くぐりというよりも火の車……というかタイヤではなかろうか。
炎上しながら転がるタイヤが暗闇の中へと突っ込む。
≪ギュギギギギィ……≫
錆びた金属を無理やり捻じ曲げたかのような音と共に燃え盛るタイヤが暗闇の中へと飲み込まれる。
火も煙も全てが影に引きずり込まれ、まるで何事もなかったかのように闇はその場で佇んでいた。
「アカンかったわ」
まぁ期待してなかったけどね、駆除報告件数ゼロは伊達ではないということか。
犬走がお手上げといったジェスチャーをして、道具を片付けに行く。
とはいえ、熱に弱そうという観点は悪くなさそうであった。
「ルーシーさんや、恐縮だがこのショットガンでアメリカ最強の陰キャを撃ってくれないだろうか」
そう言って自分の持っていたショットガンを差し出したのだが、面倒くさそうに手を振られた。
「アタシの力は触れてないと効果が出ねえ。だからバットとかならともかく、銃は意味ねぇんだよ」
そう言ってルーシーが床に転がっていた鉄パイプを拾い、実演するかのようにそれでダークライの暗闇をブン殴った。
「まぁこんな感じ―――」
そう言って彼女はこちらに振り向こうとして……まるで粉砕機に服が巻き込まれたかのように、握っていた鉄パイプごと暗闇に引き摺りこまれ―――。
「うぉおおおおおおお!?」
―――る前に、咄嗟にタックルして事なきを得た。
危うく現場事故を目の前で披露されるところであった。
やれやれと冷や汗を拭い……不運な事故によって押し倒したルーシーと目が合った。
「さっさとどけよ、クソペンギン」
「ッスゥー…………」
ゆっくりと立ち上がり、土下座しながらショットガンを差し出す。
「殺せぇええええええ!!」
「うるせぇよ!」
逆切れしたらルーシーがショットガンを持ってストック部分で頭を殴ってきた。
「頭皮がアツゥイ! 禿げるぅ!」
「いきなり人を押し倒したかと思えば、今度は殺せと叫んだり、本当にワケ分かんねぇなテメーは」
だって緊急事態だったんだもん!
そのせいで別の危険が危なくて危機的な状況に遭遇したけどさ!
おかげで心拍数爆上がりだよ!
……心なしか体温も急上昇してきている気がする。
もしかしてあれか、急なラブコメ展開で……この荒野 歩がドギマギしているとでもいうのか!?
明日また同じ時間に押し倒してください、本物のラブコメってやつを味あわせてやりますよ。
……よくよく考えたら自分が押し倒した衝撃をルーシーが熱量変換させただけか。
別に何でもなかったわ、クソッタレ。
まぁ嬉しいよりも怖いって気持ちの方が先にくるよね。
少なくとも、俺にはそんな権利ないし。
そうしてどうにもこうにもならず、日が暮れたのでイエローさんのお家に戻って夕飯をご馳走になることにした。
「あぁ、やはり駄目だったか。それはそれで安心した、キミにも倒せないモンスターがいるのだな」
「イーサンは俺のこと何だと思ってたの?」
夕飯を囲みながら今日の顛末を報告したのだが、どうやら最初からそこまで期待されていなかったらしい。
ちなみにイーサン達の方は小さい豚喰の駆除を成功させたらしい。
ああ~~……何もできずに食べる夕飯は美味しいなぁ~~!!
「それにしてもこれは美味い! ウチでも取り扱いたいくらいだ」
「そうだね、これは売れるよ!」
そしてローズさんのパパ様とママ様は犬走が作ったカレーに夢中のようだ。
それを見て自分の腹も更なる供物を求めるような鳴き声を出したので、鍋からカレーを掬おうとする。
中身は空っぽだった。
「犬ゥ!!」
「いやいやワイじゃないで!?」
犬走が指差す方向を見てみると、ルーシーが大皿で二枚分のカレーを確保しており、パンにカレーをつけて黙々と食べていた。
そっと大皿に手を伸ばす。
手が皿に触れる前に、フランスパンによって叩き落された。
「失せろ」
「……せめてご飯と一緒に食べて?」
自分の手元にあった白米をカレーの大皿に入れる。
最初はルーシーが余計なことしやがってというような顔でこちらを睨んでいたが、一口、二口とカレーライスを口に運んでいくと、味に目覚めたのか黙々とカレーライスを食べ始めた。
ふふふ、食え食え……そして炭水化物のカロリーに恐れおののくがいい……!
というかあのカレー、確かハチミツも入ってたから結構なカロリーになってるはずである。
お前もぽっちゃり系にならないか?
……いやでもルーシーの新世代の力は燃焼系だからカロリーも燃焼しそうだな。
世の中、不公平すぎんよ。
そんなこんなで夕飯も終わり一休みの時間。
イーサンはローズさんに絡まれながらパパ様と話している。
当初の予定では巨大豚喰とダークライを駆除してテキサスまでショートカットする予定だったが、それが無理になったので明日にでもここを発つという話だ。
だが、こちらの事情を知らないローズさんがそれを引き留めて、パパ様もゆっくりしていけと言っている状態だ。
……ここでイーサンを婿入りさせるつもりなんだろうなぁと思いながらも助け舟は出さない。
俺はイーサンの幸せを願ってる、だからここで墓に入ろうイーサン!
年貢の納め時だぞイーサン!
まぁそれはそれとして、保護者がいない間にエレノアへ声をかける。
「エレノア、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「ハイ、どうしましタ?」
「エレノアの力あるじゃん? あれ、ダークライに使ったらどんな感じだったの?」
山や大波すら切り開いたあの力が通じなかったのか、それとも通じた上で駄目だったのか。
それによって話は色々と違ってくる。
「真っ二つにすることはできまシタ。でもオカシな異音をしながら闇が蠢いて、力を解いたらマタ元に戻っちゃうんデス」
真っ二つになっても生きてんのかアレ。
御手洗さんに止められてた霞の杖、禁断のマックスパワーを明日にでも試そうと思ったけど、止めといてよかったかもしれない。
「アッ! でもちょっと気になったコトがあって……薄かったんデス」
「俺の腹よりも?」
「ハ、ハイ……って、そうじゃなくテ! モンスターの内側にあった道具とかは無事だったんデス。だから、カーテンみたいなモンスターだったのかなっテ」
「ああ~~……」
ダークライは触れれば巻き込みーの、取り込みーの、飲み込みーのといった感じで捕食してくるので巨大な質量を持った暗闇みたいなものだと思っていたのだが、実際は布ような感じということか。
そしてどんなものでも巻き込むはずなのに、内側にあったものは無事だったと。
成る程ね、それなら―――。
「イーサン! ダークライと豚喰だけど、何とかなるかもしれない」
「…………」
イーサンと犬走が呆れたような顔をこちらに向けてくる。
「……なに?」
「いや、諦めも顔も悪いなと思っただけやで」
「駆除業者はキミの天職だよ、アユム」
こんな底辺な仕事が天職でも嬉しくともなんともないんですけど。
でも、こんな仕事をしていたおかげでキミ達と出会えたんだ、感謝してるよ。
お前ら絶対に逃がさんからな、覚えておけよ。
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