第126話:豚喰と闇叫

 犬走と馬鹿なやりとりを見られて、エレノアからは苦笑され、ルーシーはいつもの投げキッスされたりもしたが、概ね平和にローズさんの家に向かうことが決まった。


 ちなみに運転はイーサンで、ローズさんはその隣でずっと話しかけている。

 女の同士ならまだしも男の女の間にならば挟まっても憲法違反にならないので遠慮なく挟まりたいのだが、座席の余白が足りずに多分運転ミスって事故る未来しか見えないので我慢することにした。


 そんなこんなで道路を少し外れてキャンピングカーが荒れた地を走っていると、大きな金網で囲まれた敷地が見えてきた。


「あそこよ、イーサン。あっちから回って」


 ローズさんの言われたとおりにイーサンが車を運転する。

 銃のスコープを使って敷地の中を見てみるとサボテンやら何やらが広がっていた。

 ところどころ不自然に砂地があったものの、その緑の多さに驚いた。


 敷地の中に入ってからも周囲を観察していると工場のような建物や畑に牧場、とにかく様々なものが並んでいる。

 ここだけで一次産業と二次産業が揃い踏みである。


「あの、ローズさん? もしかして……お金持ちだったりします?」

「ノゥノゥ、全然だよ。赤字はないけど、お金が入ってもパパがすぐに設備投資しちゃうからいっつも大変だもの」


 いや、これだけ設備を揃えておいて赤字にならないだけもの凄いのでは……!?


「イーサン! イーサンも実家のテキサスで牧場やってたよね? なんかこう言い返したりできないの!?」

「規模も設備も比べ物にならない、無理だ」


 そんな簡単に諦めんなよ!

 金でも土地でも負けてるならフロンティアスピリッツという名の銃で勝負しようよ!

 世紀末はとっくに過ぎてるけど、今は悪魔が微笑む時代なんだ!


 そんなことをしていると遠くの影が徐々にこちらへ近づいてくる。

 遠目から見るに……馬だろうか。

 ローズさんが車の窓から身を乗り出して手を振る。


「あれ、父さんだ! ヘーイ、パパー!」


 しばらくすると小さな影だったものが徐々に明らかになっていき、馬に跨ったデカいオッサンへと変貌した。

 体格がいいというか縦はイーサンよりも、横幅なんか自分よりもあるせいかもの凄い恰幅があるオッサンだ。


「オォ、ローズ! 朝帰りに友達を連れてくるだなんてやるな!」


 どうやらローズのパパ様らしい。

 パパ様は走る車と並走しながら、車から身を乗り出しているローズさんとパパ様が抱き合う。


 あれは親子だから合法だな。

 赤の他人だったら犯罪だからなイーサン、分かってるのかイーサン、次やったら情状酌量の余地なしだからなイーサン!


「聞いてパパ! 実はモンスターに襲われてたところをこの人に助けてもらったの!」

「そうなのか、それじゃあ今日はしっかりもてなさないとな!」


 そう言ってパパ様が先導してくれたおかげで、すぐにローズさんの家……イエロー宅にたどり着くことができた。

 流石はアメリカというべきか、広大な土地にポツンと一軒家があるのは中々にシュールである。

 こういう風景は北海道でもそうそうないだろう。

 ……いや、あれだけ広いんだ、北海道ならもしかしたら一キロ間隔で家が建てられてるかもしれない。


「あら、お帰りローズ! 新しい男どころか女の子まで引っ掛けてきたのね」

「ただいま、ママ。私モテるのよ、知らなかったの?」


 リビングに通されると、そこにはローズさんのパパ様には劣るものの、それなりに体格の大きな女性が出てきた。

 ローズさんも、こう、ボン・キュッ・ボンのアメリカンな恵体なので遺伝なのだろう。


 そうして全員がリビングに集まったところで改めて自己紹介をする。

 パパ様はコルトン・イエロー、ママ様はジーナ、イエロー、そして触手プレイのローズ・イエロー。

 他にも兄弟がいるらしいが、今は遠くで仕事中らしい。


「イエローローズ……バーボンからか」

「よく分かったねイーサン! パパが好きなお酒からとってつけたんだよ」

「まぁテキサス生まれだからな。テキサスの黄色いバラ、ピッタリだよ」


 イーサンがそう言うとローズさんが嬉しそうに腕を組み、笑いながら背中を何度も叩く。

 そしてそれを見ているパパ様に自分のショットガンを差し出す。


「使いますこれ? スッキリしますよ?」

「いや使わんよ、むしろあんな良い男をよく捕まえたもんだと感心したよ。ありゃいいカウボーイになるぞ」


 どうして……どうしてイーサンばっかり良い目にあうんだ……こんなの許されない……。

 法はどうなってんだ法は、クソッタレ!


「それでローズ、我々はテキサスまでの時間を短縮できると聞いてキミを送ったのだが、どういう方法を使うつもりだ?」

「そうそう! ねぇパパ、パパの秘密の倉庫にあるアレで皆を送ってあげれない?」


 話を振られたパパ様だが、どうにも顔が険しい。


「アー……それはちょっと無理だ」

「なんで!? イーサンは命の恩人なのよ!」


 まぁローズさんを引っ張り出したのはイーサンだからそう言っても過言じゃないけど、あの触手共を追い出したのは自分とルーシーのツープラトンだから、少しくらいはこっちにも視線を向けてくれていいと思うの。

 ……いやまぁ全部の責任もとい手柄をイーサンに押し付けたから自業自得ではあるけれども。


「ローズのお願いを聞いてやりたいのは山々なんだが……分かった、ついてこい」


 パパ様が重い腰を上げて部屋を出て行ったので自分達もその後についていく。

 家の裏側をしばらく歩き、倉庫の近くにまで来るとおかしなところに気が付いた。


「なんてことだ……ここは鳥取だったのか」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」


 ルーシーに頭を叩かれたが、倉庫の裏手には鳥取砂丘が引っ越してきたと思うくらいの砂地が広がっていたのだ、そう勘違いしても仕方が無いだろう。


「砂地に足を踏み入れるなよ。中にデカい"豚喰"が潜んでいるからな」


 豚喰という名前を聞いて犬走がこちらに目線を向けてきた。

 これは自分が食われるから気をつけろという意味なのか、それとも砂の下に戻れという意味なのか。

 まぁどっちにしてもあとでしばく。


「"豚喰"(スワロウ・スワィン)は巨大なミミズのようなモンスターだ。土を食い砂状にして巣となるテリトリーを広げる。昔はこのモンスターで家畜をよく食われたので豚喰と呼ばれている」


 どういう復讐方法がいいかを考えてたらイーサンが外来異種について説明してくれた。

 それにしても豚を食うくらい大きいのか……閃いた!


「問題はまだあってだな、倉庫の中に厄介なのがいるんだ」


 そう言ってパパ様が大きな倉庫の扉を開けようとするので、イーサンと一緒に手伝う。

 外は真昼間だというのに中は真っ暗で、まるでここだけ夜のようだった。

 ……いや、異常だ。

 天井の隙間からも日光が降りてきているというのに、まるでそこだけ切り抜かれたかのように光が空中で途切れてしまっている。


「あれは"ダークライ"か。あの暗闇に近づくと車だろうが何だろうが影に巻き込まれて飲み込まれる。その時に絶叫のような金切り声を出すことから"ダーク"と"クライ"をかけて"ダークライ"と呼ばれている」

「オォ、よく知ってるな未来の婿さんよ。何とかなんねぇか?」

「それは難しいかと。光だけではなく武器や銃弾をも飲み込むせいでこちらの攻撃は通じない。だから基本的にはその場所を焼き捨てることで移動させることしかできない、駆除報告例ゼロのモンスターだ」


 ワーオ、甲種じゃないのに駆除できたことないってヤバイな。

 けど、積極的に動くような外来異種じゃないだけマシか。


「お前さんらを送ってやりたい気持ちはあるんだが、豚喰とダークライの二匹をどうにかしねぇと無理だ」


 モンスターに困っているパパ様も似たように頭を掻き、それを知らずにここまで送迎タクシーさせてしまったローズさんも似たように頭を掻く。

 親子だからか、その仕草がそっくりである。


「いえ、折角ですから何とかしてみましょう。ご安心を、こちらにはプロがいますので」


 そう言ってイーサンがこちらに顔を向けてきた。

 自分の後ろを見るとエレノアとルーシーがおり、イーサンの言いたいことが分かってしまった。


 要は新世代の二人の力を利用して何とかしようということだ。

 見損なったぞイーサン!

 女の子二人にそんな危険な役目をやらせるだなんて、お前に人の血は流れてるのか!?


「頼んだぞアユム、シュン」


 ……犬走の方を指差しして確認し、犬走もこちらを指差しして確認する。


「いよっ、プロ! いやぁ新世代のエースは頼りになるなぁ!」

「いやいや謙遜せんでええで先生、頼りにしとぅない秘密兵器の出番や」


 しばらくの沈黙、そして―――。


「頼りにならないじゃなくてしたくないって何なの!?」

「なーにが新世代のエースや!? ワイの力なんて後ろの二人に比べればカスやぞ!」


 そうして再び押し付け合い、もとい揉み合いが始まった。

 だがイーサンが間に挟まって、肩に手をかけてきた。


「どちらか片方じゃない、二人共だ」


 見損なったぞイーサン!

 か弱い男二人をモンスターに突っ込ませるだなんて、お前に人の血は流れているのか!?

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