第123話:タンブル・オクトパス

【翌日】


 運転席と助手席にイーサンと犬走、ルーシーとエレノアが備え付けのベッド、そして自分がイスで寝ていたのだが、眠りが浅く目を瞑っている時間が多かった。


 昨日、ルーシーはプロビデンスという名前を出してからあからさまに機嫌が悪くなってしまった。

 簡単に言えば親のやらかしで自由に外すら出ることが憚れる新世代の子供達の集まりであり、ルーシーのように利用される理由がなければずっと檻の中というものらしい。


 その点、新世代であるにも関わらずイーサンに引き取られてテキサスで自由に育てられたエレノアは恵まれているようであった。

 両親が死んだというのに恵まれているというのもおかしな話か。


 その話の後にも聞きたいことはあったが、ルーシーがさっさとベッドにもぐりこんでしまいその話はそこまでとなった。


 あの時なにか気の利いた言葉でも言えればよかったのだが、余所者で部外者の自分の言葉なんて軽すぎてそよ風くらいにしかならない。

 しかも女性のスカートすらめくれない風量である、情けないものだ。


 ……とはいうものの、自分なんかで慰められる程度の不幸であればあそこまで捻くれてはいないだろう。

 少なくとも自分は同情できるほど器用じゃないし、ヤマアラシのジレンマを抱えられるほど互いに互いを必要としているわけでもない。


 ただまぁ……どんだけモンスターを駆除しようとも、追っ手を返り討ちにしようとも、こういったことに無力だなぁと思い知らされるだけだ。


 おかげでまた寝返りを打ってしまい―――。


≪むにゅっ≫


 何か柔らかいものを握ってしまった。


 …………いやいや、騙されんぞ。

 いくらすぐ近くで女の子二人が寝てるとはいえ、そんなまさか……ねぇ?


 あれだよ、イーサンのイーサンとか犬走の何かとかそういうのだよきっと。

 いやでも前方の席からこっちに来たら流石に分かる。


≪むにゅっむにゅっ≫


 実は夢なんじゃないかと思いながら手を動かすと確かに柔らかい何かが手に収まっており、鼓動のようなものも感じられた。

 よもやよもやというやつかこれは!?


 問題はこれが"どちら"のものなのかというものだ。

 ルーシーのものであれば、プロビデンスの話をして傷心中の女の子にお触りしたということで死刑になるし、エレノアのものであれば処刑人が起動する。


 常識で考えるなら今すぐ手を離して記憶から抹消すべきなのだが、それでも自分はこの柔らかさの大本が何なにかという好奇心を抑えきれずにそっと目を開けた。


≪むにゅん≫


 自分の手には、小さく柔らかい触手の塊のような肉塊が握られており―――。


「デエェッイッシャオラァァアアア!!」


 思わず叫びながら窓の外へ全力で投げ捨てた。


「俺のドキドキを返しやがれってんだこんちくしょうめ」


 一呼吸ついてもう一度寝ようとする。


≪ふにゅん≫


 手をついた先で、また別の柔らかな感触があった。

 よもやよもや、ここで天丼ネタなどあろうはずがない!


 心を躍らせ手の平に吸い付いた正体を見ると―――結合された触手の塊だった。


「ジョシュァアアアア!!」


 指に絡みついた触手を引き剥がし、再び窓の外に投げ捨てる。

 外に転がった触手の塊は風に流されるがまま、地面を転がっていった。


 それから数時間後、何のエッチなトラブルなど一切なく朝食の準備として外で火を炊いていた。


「それは"タンブル・オクトパス"だな。タンブルウィードという外を転がる干草があり、それと似ているのが由来だ。タンブル・オクトパスは転がりながらエサを巻き込みそれを捕食するのだが、稀に他の個体と絡まり結合して大きな動物もエサにすることがある」

「なんでそんなのが車の中に……」

「この季節になると多数のタンブル・オクトパスが転がるのだが、まれに車のマフラーや隙間から中に入る込むことがある。投げ捨てたのは正しい判断だ、流石だな」


 ベーコンエッグを作っているイーサンに褒められたけど全く嬉しくない。

 こんなことなら外じゃなくてベッドに投げれば良かった。

 そうすれば「おぉっと、こんなところにイタズラなタコさんがぁ!」とか出来たのに。


 まぁその時は問答無用で死ぬだろうけど。

 Toなラブるな展開は漫画の中だけだからね、仕方ないね。


「あんさん、暇ならこっち手伝だってくれへんか」

「馬鹿野郎! 美少女二人の手料理に野郎の手が加わったら捕まるわ!」

 

 犬走はバラ肉を焼き、エレノアは包丁で丁寧にニンジンを切り、ルーシーはたまねぎをみじん切りにしている。

 美少女の間に挟まるのは極刑だし、美少女の手料理に男が手を加えるのも重罪だ、法で定められている。


 ただ気のせいかルーシーがたまねぎを皮ごとみじん切りにしてるような気がする。

 まぁ鶏肉も皮が美味いんだし、たまねぎの皮も似たようなものだろう。

 そういうことにしておこう、そうじゃないと今の内から食べるの怖くなるし。


 そんなことを考えていると遠くに停まっていた車が大きく揺れたような気がした。

 自分達のようにロサンゼルスから離れる人達が所々の道路脇に停まって休憩していたりするので、あの車もその一つなのだろう。


 ……と思っていたのだが、あまりにも激しく上下運動している。

 あらまぁお盛んねぇと言いたいところだが、それにしては揺れ方に違和感があった。


 出歯亀のようで気が咎めたが、どうしても気になったのでその車に近づき中を見てみる。

 横側からはスモークフィルムのせいで中が見えなかったが、正面から見ると大きな触手の肉塊が見え、そのから細い腕が出ていた。


「イィィサァアアアン!! アメリカンな性癖が! 特殊なプレイになってる!!」


 思わず大声でイーサンを呼ぶと、この惨状を見たイーサンも思わず息を呑んでしまった。


「イーサンの趣味についてとやかく言うつもりはないけど、今は中の人を助けようよ!」

「私の趣味を勝手に決め付けないでくれ。とはいえ、これはどうしたものか……」


 車の窓が少し開いていることから、恐らくタンブル・オクトパスが車の中に入ってきて、しかもその隙間から伸ばした触手に別の個体が絡まり、徐々に中に入って大きくなりこうなってしまったのだろう。


 ちなみに大事になったせいでエレノアやルーシーもやって来て、触手だらけの車の中を見てしまった。

 エレノアは顔を逸らしてしまったがルーシーはしっかりと中を観察したことから、こういうのが好きなのか、耐性があるのかのどちらかだろう。


 ……これ、中身がマッチョな男だったら別の意味で精神的にダメージを受けそうだな。

 嫌だよ車の中から触手と体液まみれの半裸の男が出てくるとか。

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