第122話:共感性怪物の子供達

 かつてアメリカにおいて、ある噂が広がった。

 モンスターを取り込むことで特別な力を手に入れられるというものだ。


 もちろんそれは嘘であり、噂も政府が流したものであった。

 政府はそういった人間を増やしたかったという目論見よりも、そういった人間が増えても社会に受け入れられるように、特別な力を持つ者が当たり前の存在なのだと周知させる為のものであった。


 しかしその噂が、ある意味において大いなる間違いであったと思い知らされる事となった。


 アメリカに限らず、移民世代というものは地域によって排斥されることがある。

 そういった人々にとって現在の社会というものはどれだけ努力しても馴染めず、入ることもできないものであった。


 だからこそ、その既存の枠組みを破壊する為に特別な力というものを手に入れて一発逆転を狙う人が多かった。


 モンスターの体液を摂取するくらいならばまだマシである。

 一部の過激な人間はモンスターの一部を自らの欠損した箇所に移植することすらやってのけた。


 勿論そんなことをすれば拒絶反応によって苦しみ、死ぬこともある。

 そのせいで大勢が死に、近所が綺麗になったと大笑いした人々がいた。

 だが淀む体液を吐き出しながらも、継ぎ足した四肢が腐り堕ちながらも一部が生き残ってしまった。


 つまはじきになった者達は生存した彼らを特別視し、自らを救う救世主のようにあがめた。

 だが何も変わらなかった。

 彼らは神に選ばれたわけではなく、たまたま生き残っただけなのだから。


 これにより彼らに対する排斥はますます強くなった。

 違う人種どころの話ではなく、モンスターを取り込んだヒトデナシ共とまで言われた。


 迫害された人々は大いに嘆いた。

 別に何かを滅ぼそうというつもりもなく、ただ輪に入る為に同じになりたかっただけなのに、残ったものは異形のレッテルだけ。

 最早後戻りすることはできず、石を投げられる未来を歩むことしかできなかった。


 しかしそれを甘んじて享受できるほど人間というものは賢くはないのだ。


 ある日、ある裕福な子供が誘拐された。

 数日後にその子供は解放されたがその目にはモンスターのものが移植されており、その眼球にはあるメッセージが刻み込まれていた。


『これでこの子も同じになった』


 そう……迫害された人々はもう"同じ"には戻れない。

 だから彼らは他の人々を自分達と"同じ"にすることにしたのだ。

 この凶悪な事件は大々的に報道され……大いなる狂気は大陸中の迫害されし人々の間に広がった。


 ミズリー、サウスダコタ、オレゴン……各地で同じ事件が発生した。


 警察は彼らが復讐あるいは革命を目的としていると予想していたが、その実態は盲目的な祈りに近かった。


『自分達と同じ気持ちになれば、きっとこちらの気持ちも分かってくれるはずだ』


 テレビのインタビューに答えたその加害者の女性は、恨みなど一切感じさせずに笑顔でそう言ってのけた。


 アメリカ全土がこれに震撼した。

 恨み辛みで犯行に及んだのであれば理解はできずとも納得できる。

 しかし犯人達は共感という一点のみで子供の目を抉りとってみせた。

 共感を求めておきながら一切の理解に及ばないテロリストが……迫害されし人々がアメリカ全土にいることに人々は震えた。


 こうした経緯からアメリカ政府はモンスターの体液を摂取、もしくは移植した人々を養護する施設を各地に用意して彼らを保護した。

 社会のセーフティーから零れた人々が、狂気に浸らないようにする為に。

 そしてモンスターの影響……モンスターが発するC粒子が人体にどのような影響を及ぼすのかを調べる為に。


 アメリカ政府は大いなる過ちをおかしてしまった。

 だが、その過ちが大きな一歩となってしまった。


 保護された人々は徹底的なまでに恐れられ、忌避された。

 そのせいで彼らはさらに孤立し、追いやられた者達同士で集まった。


 いつしか彼らは互いに愛し合い、子を成した。

 C粒子を色濃く引き継がれたその子供達の一部は特別な力を発現させてしまった。


 つまり……人工的な新世代を誕生させることに成功させてしまったのであった。

 かつて非人道的な人体実験により医学が発展したように、この事件によってC粒子に関する研究も大きく飛躍した。

 施設内のC粒子濃度を調整することで小型コロニー化させ、モンスターによる被害と情報の漏洩を防止させるなどのテクノロジーも開発された。


 しかし、それでも新世代に対する扱いだけはどうにもならなかった。

 政府と研究者達の倫理観の下敷きとなっている宗教によって、彼らの持つ人間性が拒絶反応を出したのであった。


 だから彼らはそれらの問題を全て先送りにすることにした。

 今はもう一つしか残っていない箱舟の名前はプロビデンス。

 箱舟の中にいるのは果たして神の福音を授けられた子供達なのか、それとも船と共に沈むべき魔の残り香なのか。


 その答えが、もうすぐ出ようとしていた。

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