第121話:鎖と手綱

『皆さん見てください、まるで戦争が起きたかのようなこの惨状を。モンスターの侵攻を防いできたL・RADを狙うかのように着弾しています。まだロサンゼルスには三十機のL・RADがありますが、一部の市民は再びの着弾を恐れて他の都市へ避難しております』


 車の中のモニターには深夜にも関わらず緊急速報が流れており、先ほどの着弾したものと、その地点について報道していた。


 着弾したモノそのものは不明だが、専門家の意見によればC6N12H6O12(ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン)が含まれている何かが着弾したとのことだ。

 名前を聞いてもいまいち分からなかったが、ご丁寧にニュースの方でどれだけやばい物質なのかを説明してくれたおかげで、理解したくないのに分からせられてしまった。

 これが今流行の分からせモノちゃんですか……。


 取り合えず、直撃したら影すら残らないのはちょっとヤバイと思う。

 そしてそんな超ヤベーのをぶっ放すやつが付き添ってるホードの予測進路を逃走経路してる自分らもヤバイんだろうな。


「アユム、こっちに集中してくれ」

「ウッス」


 犬走が運転している代わりに、イーサンが後ろに来て机の上に銃を並べている。

 まるでどれで撃ち殺されたいかを聞かれるような状況である。


「キミに銃を持たせるのはとても不安だったのだが、むしろ何も持っていない時の方が危険だと判断したので、これから使ってもらう銃について覚えてもらう」

「イーサンの言ってる危険って俺の身の危険のことだよね? 周囲に及ぶ危険の方じゃないよね?」

「それで、私の方で使いやすいようにあらかじめ銃をカスタマイズしておいた」

「せめて誤魔化して!?」


 これ以上は追求しても無視されることは火を見るよりも明らかなので、おとなしく話を聞くことにする。


「ハンドガンについては説明するまでもないな、自衛隊と共に訓練したと聞いている」

「鼓膜が破れるかと思ったけどね」


 訓練といってもひたすらにハンドガンについて習熟させられるだけの作業だった。

 最初は適正があれば色々な銃器を扱えるようにさせられるつもりだったらしいが、見込みがないと判断されたのでとにかく慣れさせる為に撃ちまくることになった。

 様々な体勢で、構え方で、銃声を抑えるヘッドセットをつけたりつけなかったりで……まぁとにかく一生分の銃声を聞いたと思う。


「ではハンドガンを飛ばしてこちらのショットガンについて説明する。キミには精密射撃を求めない、遠距離での銃撃戦も諦めている。だからとにかく室内か接近戦において脅威になるものを選んだ」


 まぁショットガンなら散弾という名前の通り弾が広がるので当てやすいという配慮だろう。


「これはフルートで撃てるタイプだ。フォアグリップをつけてあるが、重量の調整も兼ねているだけなので無理に握らなくてもいい。それにストックとレシーバーもカスタムしておいたのだが―――」

「待ったイーサン! そんなに一気に言われても分かんない! あれか好きな子の前で得意なことを早口で喋っちゃう男の子的なあれなの!?」


 少し急ぎすぎたのを認めたのか、イーサンは一つ咳払いをしてから説明に戻った。


「なら要点だけ言おう。バレルにサプレッサーをつけてあるので銃声は抑えられるが音そのものは発生するので注意すること。あとはサイドにレーザーサイトをつけてある、それを照準にして撃て」


 あぁ、それくらいなら簡単に覚えられそうだ。

 それからイーサンの指示通りに軽く撃ち方やマガジンの交換の練習をしていたのだが、奥にあるものに目がついた。


「ねぇねぇ、あのデカいマガジンは使わなくていいの? なんかショットガンって言ったらあれ使うイメージあるんだけど」

「ドラムマガジンは取り回しが悪くなる。それに、キミが銃を使う場合は状況判断を優先させた方がいいだろうからな」


 状況判断?

 銃撃戦でそんなこと考えてる暇ないと思うんだけど……。


「恐らくだが、キミがその銃を使うとマガジンが空になるまで撃つだろう。ドラムマガジンの場合、それだけキミは身を晒すことになる。普通のマガジンを使うのは、銃撃戦において身を隠して一呼吸置かせる為だ」


 流石はプロである。

 よくそこまで考えているなぁと思わず小さく拍手してしまった。


「ところでイーサン、このあとの逃走経路ってどうすんの?」

「どう……とは、どういうことだ?」

「このまま逃げたら色んな人を巻き込むかもしれないって話」


 こちらが補給目的でロサンゼルスの都市部に入ろうとしたところで、目標Rからの砲撃がロサンゼルスに着弾した。

 人口密集地帯ではないものの、それなりの死傷者が出ている。


 アレがただの偶然ならばそれでいい。

 だが、そうではなかった場合―――自分達が立ち寄る都市にまた砲撃が降ってくるかもしれない。


 都市部にはL・RADがほぼ配備されており、ホードが都市部に近寄っても外来異種が嫌う音をぶつけることで進路を逸らす。

 

 だが、そのL・RADを目標Rが砲撃して破壊した。

 恐らくなのだが、L・RADを目標Rに使用したことで反撃された結果があの惨状なのだと思う。


 そしてL・RADをそういう風に使用できるのはお偉いさんだろう。


「つまり……こちらに追っ手を差し向けてきている相手がその気になれば、こちらが街に入った途端にL・RADを目標Rに使用して、こっちに無差別砲撃を行わせることも可能だってこと」


 そしてそれに大勢の無関係な人が巻き込まれることだろう。

 それを聞いてイーサンがこめかみを押さえる。

 見えはしないが、運転席の犬走も苦々しい顔をしていることだろう。


「……気が進まないならここで降りてもいいんじゃない? ほら、エレノアとルーシーもいるんだし」


 イーサンにとってエレノアの命は他の何よりも代え難いもののはずだ。

 少なくとも俺とエレノアのどちらかしか助けられない時、イーサンなら必ずエレノアを助ける。

 そんなイーサンだからこそ、ここで降りても安心してエレノア達を任せられる。


「俺はほら、こういうの慣れてるし気にしなくてもいいよ」


 人を巻き込むのも、大勢の犠牲の中で生き残るのも、イーサンはともかくエレノアにはキツイだろう。


「それにウチはポチもいるし」

「人様を犬扱いすんなや!」


 悪いがお前だけは逃がさんぞ、蓬莱でもさんざん付き合った仲なんだし。


「まぁ断られても勝手についていくつもりやったけどな。監視もあるけど、囮をここで失くしとぅないし」

「人をヤンデレの囮にするとか、お前人として恥ずかしくないの!?」

「あんさんが人を語るのが一番おかしいやろ」


 失敬な!

 こちとら人を囮にはしない、盾にするだけだ。


 そんなことをしていると袖を引っ張られる感触があり、そちらを向く。


「………………」

「ッスゥー………早起き……っすねぇ」


 ベッドで寝ていたエレノアと目が合った。

 どうやら先ほどの話を聞いていたのか、悲しそうな顔をしている。


「え~ま~、なんといいますか~……危ないから……ね?」


 エレノアが理論武装で立ち向かってくれるのであればその全てを迎撃する準備ができていたのだが、彼女は黙ったままこちらを見るだけである。

 死ぬほど気まずいからお願いだから何か喋って!


「助けてイーサン!」

「キミは少し女性の扱い方をここで学べ」

「いいのか本当に学んで!? もしも俺が女性を口説くプロになったら、自分でもどうなるのか分からないんだぞ!?」


 軽くイメージしてみるが、どうしても途中でお巡りさんがくる未来図しか思い浮かばない。

 原因は途中でお金を無理やり握らせてるせいだと思う。


 そんな困った自分を天が助けるかのように、ポケットのスマホが久我さんからの着信を知らせたので即座に通話ボタンを押した。


「久我さん! 助かりました!」

『うん、まぁロサンゼルスがああなったから心配して連絡したのだが無事そうでよかったよ』


 こちらとしてはこんな深夜に起きてる久我さんの身体が心配です。

 歳もあるけどガンもあるし、しかも近くに病原菌というかヤンデレがいるんだしなんか変な感染してないか怖い。


「そうだ、久我さんに聞きたいことがあるんですけど―――」


 そしてオープン通話にして先ほどまでの問題について相談する。

 L・RADを利用した外来異種の無差別砲撃の箇所については否定してほしかったのだが、何か心当たりがあるかのような唸り方をしていた。


『それについては非公式ながら確認できている、恐らく間違いないだろう』


 マジかよ、俺一人殺す為にそこまでやるのか。


「それにしても、そんなこと知ってるだなんて久我さん凄いですね!」

『あー……いや、これに関しては私は関係していないというか……』


 なんだろう、とても歯切れが悪い返事である。

 まるで強盗の人質にされている人が、警察から掛かってきた電話を誤魔化すかのような感じである。


『(わたしのこと、秘密で、お願いします、ね?)』

『―――まぁ私にもそれなりの人脈があるということでね、そういうことにしておいてほしい』


 電話口から聞こえた小声で全てを察した。

 というか把握してたとかアイツは本当に何なの!?


「まぁそういうわけで、何とかできる方法はないかなと相談したくて」


 こちらが逃げれば逃げるだけ被害と巻き込まれる人の数が増えていく。

 だからといって奇跡に賭けてホードと目標Rを駆除したところで、今度は諸手を挙げて特殊部隊がやってくる。


 本当にどうしようもないことばかりだ。

 別にいいけどね、慣れてるし。


 だから久我さんが無理だといってもそれは当然だと思っていたのだが―――。


『一つだけ何とかする方法がなくもない……かもしれない』

「マジっすか!?」


 正直なところかなり驚いている。

 ここが日本ならまだしもここはアメリカだ、久我さんの力が及ばないことの方が多い。

 だというのにこんなクソみたいな状況を何とかする方法があるとは……。


『別件で御手洗くんもアメリカに来ているのは覚えているかな』

「あぁ、なんかC粒子の研究所がどうこうとか言ってましたね」


 別れる際に「良ければ立ち寄って実験されていってください」とめっちゃ明るく言われた恐怖で今まで忘れていた。


『ニューメキシコ州からテキサス州に入ったところに核廃棄物処分場に偽装された施設があるらしい。秘密施設ということもあり低レベルのコロニー化もされてるだろうから、ホードによって破壊されることもないだろう』


 つまりそこに逃げ込んで保護してもらえればホードをやり過ごせるし、追っ手もこちらを見失うかもしれないということか!

 人体実験されるかもしれないという可能性を置いておけば一番安全な場所かもしれない。

 ……一番危険な可能性を横に置いておいたらそれもそうだろうという気がしなくもないが。


『施設の名前は確か……』

「プロビデンスだよ」


 久我さんが答えるよりも速く、エレノアと一緒にベッドで寝ていたルーシーが起き上がって答えた。


「親に捨てられた新世代のガキ共が集められたクソったれな施設で―――アタシの古巣だ」

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