第120話:着弾地点ロサンゼルス

 キャンピングカーの中にある唯一のベッドでルーシーが寝ている。

 身体の所々にある撃たれた場所には、包帯ではなく冷やしたタオルが置かれていた。


 冷やす……まるで火傷でもしたかのような処置だ。

 新生代ということは分かっているのだが、その力がさっぱり分からない。


 鳴神くんのような念動力なら弾を逸らしているだろうし、当たったなら血が出ているはずだ。

 中国の悟空という新世代のように皮膚が岩のように固ければ冷やす必要もない。


「いちいち大袈裟なんだよ」


 そう言ってルーシーが起き上がってタオルを剥ぎ取ると、わずかに赤い痕が見えた。


「今更だけど、なんで撃たれて大丈夫なの……?」

「彼女の力は運動エネルギーを熱に変換することができる。だから先ほど撃たれた時も銃弾の運動エネルギーを熱量に変換し、火傷だけで済んだということだ」


 運転しているイーサンの説明を聞きながらルーシーの方を見る。

 またタバコを咥えて、その先端を指で弾いて火を点けていた。


「Savvy?(お分かり?)」


 とてもよく分かる実演、ありがとうございます。

 それにしても運動エネルギーを熱に変換とは、これまた凄い力である。

 バットで殴るだけでステーキとか焼けそうで便利だ。


「……ん? もしかしてトラックに轢かれたら服が燃えてアッチッチでエッチッチなことになるのでは!?」

「いや、その前に全身大火傷で死ぬやろ」


 それもそうだ。

 というか公道でストリップショーならぬ人間の丸焼きはちょっと性癖が特殊すぎる。

 ……いや、アメリカなら受け入れられる可能性も……!?


「アホなこと考えてんじゃねぇよ」


 ルーシーがタオルを自分と犬走に向かって投げつけてきた。

 使用済みタオルありがとうございます!

 とはいえ、使用済みタオルを使用したり出汁とかとったら本気で殺されると思うので大人しく洗濯籠の中に放り込んでおいた。


 ……そういえば、こんな状況だとわざわざ洗濯物を分けるとかそんなことする余裕ないよね。

 ということはつまり、みんなまとめて洗濯するってことだよね!?


 あー困りますアメリカさん!

 そんなニッチなことやって合法なんですかアメリカさん!?

 それはちょっと移民が大変なことになりますよアメリカさん!!


「あんさん、今とてつもなくアホなこと考えとるやろ」

「失敬な、真面目に馬鹿なこと考えてた決まってるだろう!」

「そんなどーでもいいことは横に置いといて、こっちに集中してくれへんか」


 そういって犬走が机の上に並べた銃器の数々を見る。

 先ほどの襲撃で追っ手から没収したものだ。


「……これ、警察に見られたら問答無用で捕まるよね」

「せやろな。けど、これでも一回の戦闘で使い切るで」


 サブマシンガン二丁にマガジンが五つ、それがあの時間が迫っている状況で持って逃げられる限界だった。


「それでもイーサンなら……イーサンなら全弾ヘッドショットで返り討ちにできるはず……!」

「漫画のキャラでもそこまではできへんやろ」


 そこまでできたら完全にチートである。

 オートAIMにオートショット、更に壁貫通にウォールハックまで完備されてるイーサンだ。


「アユム、そろそろロサンゼルスに到着する。今の装備では不十分だ、そこで武器を調達するぞ」


 そんなこんなで、イーサンからの強い要望によりロサンゼルスに向かうことになった。

 殺傷事件が起きた際も日常茶飯事だと言われた場所だ、不安しかない。


 数十分後、大きなトレーラーに囲まれてしまい道端に車を停めるハメになった。


「君らがくるだなんて、本当にクラッチだよ全く!」


 トレーラーからは銃で武装した男達と、いかにも高級そうな服装を着たボスのような人が降りて来た。


「やぁやぁ久しぶりだね。ここには観光? そんなわけないか、ロス程度のスリルじゃ満足できないだろう」


 ボスっぽい人がすっごく親しげに車から降りた自分たちに語りかけてくる。

 アメリカに知り合いはいないはずなのだが……。

 と思っていたら、犬走が肘でこちらをつついて小声で教えてくれる。


「あれやで、蓬莱におった人や」

「あぁっ!」


 そういえばいたような気がしなくもない。

 といってもあの時は殺すことばっかり考えてたから、あそこにいた人たちまではほとんど覚えてない。


「いやぁ~どうもどうも!」


 日本人特有の愛想笑いを浮かべて握手でもしようと手を伸ばしたのだが、お相手さんは笑顔のまま一歩引いてしまった。

 あちらさんのタイミングというかお約束が分からない!


 気まずくなった手を引くのだが、あちらさんは気にせずに喋る。


「アイザックから追われてることは聞いている、私はその援助に来たんだ」


 その人が腕を大きく回して合図をすると、トレーラーに積まれてあるコンテナが開かれた。

 中には食料や燃料だけではなく銃器まで完備されていた。


「遠慮はいらない、好きなだけ持っていくといい!」


 なんと太っ腹だろうか!

 自分が女なら「抱いて!」と言っていたかもしれない。

 そして重みで潰して遺産と保険金をゲットしていたことだろう。


「あの……どうしてそこまで……?」


 あまりにも都合が良すぎる展開に、疑い尋ねてしまった。

 しかしあちらは気にせずに笑顔で答えた。


「コウヤとイヌバシリ、キミ達は命の恩人だ。これくらいはサービスするさ」

「―――ありがとうございます」


 あの海底で自分は殺すことしかしてこなかった。

 それでもこの人は助けられたと、そして恩を返してくれるのだと言う。

 それが嬉しくもあり、恥ずかしいせいで顔を逸らしながらお礼を言うことしかできなかった。


「蓬莱におったんやから金持ちさんやね、遠慮なくもろていこか」


 そして犬走は颯爽と中に入って行ってしまった。


「感謝を」


 次にイーサンが手短に礼を言って中のものを物色していった。


「これが終わったら、お礼を言いに来ますネ」


 そして最後にエレノアと、無言のルーシーが入っていった。

 本当は自分も入ろうと思ったのだが、これからの逃走劇に必要になりそうなものが全然分からないので任せる事にした。


 とはいえ、折角ロサンゼルスに来たのに何もせず離れるというのも勿体無い気がする。


「そういえばロサンゼルスで美味しい物ってありますか? ちょっとそれ食べていきた―――」

「食料ならコンテナの中にたんまりある。好きなだけ持っていきたまえ」


 ………気のせいか、自分が言い切る前に止められた気がする。


「なんかこう屋台とかでもいいので―――」


 少し横にスライドしてロサンゼルスの街並みを見ようとする。

 しかしあちらさんも同じく横に移動して塞いできた。


「日本人のキミには合わないだろうね! コンテナの中には日本製のものもあるからそれを食べるといい!」


 ……気のせいかな、ロサンゼルスに入ろうとするのを邪魔してるように思えてきた。


「あー! そういえば森の中に入ったせいで汚れちゃったなー! ちょっと少しだけでもお風呂借りたいなー!」

「携帯シャワーも用意してあるぞ。なんならここで使ってみるかい?」


 三歩横に移動する。

 あちらも三歩移動してきた。


 仕方が無いので車の中から洗濯物をまとめたカゴを持ち出す。


「そういえば服も汚れたなー! 洗濯しないとなー!」

「それはこっちで処分しよう。新しいのを沢山持って行くといい」


 そう言って自分が抱えていたカゴをお付の人が奪い取ってしまった。


「えっ! 自分達の使用済み衣服を預かってどうするつもりなんですか!?」


 もしやもしやと思っていたら、お付の人がカゴに燃料をぶっかけて着火し、まとめて焼却処分してしまった。


「そこまでか! そこまでして街に入ってほしくないのか!?」

「あぁその通りだ! キミ達の邪魔はしないからそちらもロスの平和を乱さないでくれ!!」


 この人遂に隠さなくなったぞ!?

 自分が何したってんだよチクショウ!!


「わりと残当やぞ」


 犬走が食料を運びながら出てきた。


「この旅でキミの自己認識をしっかりと改めてくれ」


 次にイーサンが銃やら弾丸を抱えて出てきた。


「ハッ」


 そしてルーシーは鼻で笑いながらタバコやら日用品を持って出てきて―――。


「エット……ファイト、だよ……?」


 最後にエレノアが申し訳なさそうな顔をしながら、衣服を持って出てきた。


「そうかそうか、つまりみんなそういう人なんだね?」


 もう怒った。

 そこまで言うならロサンゼルスには入らないよ。


 コンテナの中には米とカレールーがあり、車の中には飯盒もある。

 だからこの境界線でカレーパーティーしてやる、覚悟しやがれ!


 せめてもの嫌がらせをしてやろうとコンテナから米とカレールー、それに日本産のミネラルウォーターも抱えて出てきたところで上空に何かが横切り―――。


 大きな音と共に、水飛沫が上から降ってきた。


「うぉっ!? なになにアメリカ式のスコールなの!?」

「いや……ちゃうで」


 犬走が指差した方向を見る。

 先ほどまで見えていたロサンゼルスの街並みにあった一部分が消えていた。


 全員がその光景に呆然としている中、今度は光る何かが上空を横切り―――着弾した。


 雷のような轟音、そして視界がなくなるほどの土埃がこちらに襲い掛かってきた。


「アユム、まずいぞ! 今のは大口径の榴弾砲に匹敵する威力だ!」

「はぁっ!? なんでそんなもんが―――」


 飛んできた方向はホードからであった。

 つまりRの仕業だと考えるべきなのだが、一つ不可解なことがある。


 暴れるのであれば無差別に攻撃してきただろうに、どうして今……このタイミングでロサンゼルスに攻撃してきたのか。


「あぁクソッ……やっぱりこうなったか! 悪いがスグに出発してくれ!」


 まだ土煙が晴れないまま、ボスの人が合図をしてコンテナを閉めて移動準備を始めた。


「あ、あの―――」

「もしも無関係な人達を巻き込みたくない気持ちが一片でもあるのであれば……もスグにここから離れてくれ、頼む!」

「……分かりました」


 聞きたいことがあった。

 言いたいこともあった。


 だがその全てを飲み込んで、頷いた。

 これまで起きた事が……今まで生きてきた人生が、誰かを巻き込み続けてきた実績があったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る