第124話:ショットガン・マリッジ

「ちょっと退いてろ」


 自分とイーサンが触手まみれの車の前で立ち尽くしていると、ルーシーが金属バットを持ってやってきた。


「待てルーシー!」


 イーサンの制止も聞かずにルーシーが車の窓に向けて思い切り金属バットを振り下ろした。

 普通ならばガラスが割れるかヒビくらいは入りそうなものだが、車には一切傷がつかずに何かが焦げる臭いがした。


 そういえばルーシーは衝撃を熱エネルギーに変換できるんだっけ。

 これならドアを貫通して中に居るタンブル・オクトパスを直接炙れる。


 だが中の触手は暴れるだけで車から出てこようとはしなかった。

 それどころかわずかに見えていた腕が更に奥へと飲み込まれようとしていた。


「マズイ!」


 イーサンがルーシーの持っていたバットを奪い、それで窓ガラスを叩き割って腕を掴む。

 それでも触手の中から引っ張り出すことはできず、飲み込まれるのを食い止めるのが精一杯のようであった。


「チッ!」


 ルーシーとエレノアがイーサンの背後からしがみついて一緒に引っ張るがビクともしない。

 自分もここに加わるべきかと悩んだが、下手に後ろから抱きついたら野性の流れ弾が飛んできそうで怖い。

 いやまぁそれは半分冗談として、力が拮抗しているということは今すぐ飲み込まれることはないということでもある。

 なら状況を打破するチャンスでもあるということだ。


「なんやなん……おわっ、これまたえらいもんになっとるな!?」


キャンピングカーに戻ってイーサンに渡された銃を取ってくると、料理を中断した犬走も一緒についてきた。


「今思ったんだけど、お前が作ってた料理置いとけば車から出てこないかなアレ」

「アレに折角作ったカレーは勿体無いやろ」

「何やってんのかと思ったら朝からカレー作ってたのかよ!」

「いや今はまだ食わへんで? しっかり寝かしてから食うた方が美味いやん」


 ドロドロのカレーは正義、一理どころかこの世の摂理である。


「んじゃカレーを美味く食べる為にもこいつをさっさと駆除するか、頼んだ」

「いやいや……プロのあんさんがやるべきやろ」

「……二人共、どっちでもいいから早くしてくれ」


 厄介事を押し付けあってたらイーサンに怒られてしまった。

 真面目にやるかと意識を切り替えるが、触手プレイについては造詣は深くないので適切な対処方法を知らない。

 ……対処療法みたいな感じでいいか。


「イーサンこれ弾ってどんなの入ってる?」

「スラグ弾が入ってるはずだ」

「おっけぃ!」


≪ドゴン!≫


 中にいる人に当たらないよう、角度をつけて撃ってドアを外す。

 反対側も同じように撃ち、両側のドアが外れた。

 もちろんタンブル・オクトパスは外に出てこない。


 ここから地道に触手を切り分けて中の人を救助してもいいが、時間がかかりすぎる。

 ということで時短でいこう。


「犬走、ちょっと棒貸して」

「えらい嫌な予感がするねんけど、壊さんよな?」

「大丈夫、バラバラになることはないはずだから」


 犬走が使っている武器である棒を受け取る。

 それを思いっきり触手の中にぶっ刺して反対側のドアから出してからルーシーを呼ぶ。


「ルーシーさんや、ちょっとこれ持ちながら力使ってて」


 こちらに意図が分からないのか、ルーシーは首をかしげながらも棒を持つ。


≪ドゴン! ドゴン! ドゴン!≫


 そして自分はその棒に向かってショットガンに残っていた弾を全て撃った。

 銃撃による衝撃は棒を伝わり、その衝撃が熱エネルギーに変換されて車の中にいたタンブル・オクトパスを中心から焼く。


 流石に銃の衝撃による熱量は堪えたのか、触手で絡めらとられていた人を拘束する力は弱まり、イーサンが一気にその女性を引き抜いた。


これでもう気兼ねする必要はなくなった。


「ヒャァッ! ゼロだぁ!!」


 ショットガンのマガジンを交換して、車の中にいるタンブル・オクトパスの向けて乱射する。

 いくつもの大きな穴が空き、身の危険を感じたタンブル・オクトパスはバラバラになって車の外へと逃げていった。


 逃げる外来異種を一方的に撃って怖さというものを教えてやりたいが、流石に弾が勿体無いので止めることにした。


「って何しとんじゃアンタぁ!」


 ショットガンを下ろした瞬間に犬走が後頭部を思いっきりはたいてきた。


「いきなり何すんの!?」

「こっちの台詞や! 人様の獲物を壊すな言うたのになに銃をぶっ放しとんのや!」

「いやいや大丈夫だって! ルーシーが威力を熱量に変換してるから―――」


 そう言って棒を持っていたルーシーの方に顔を向けると、彼女が火傷で真っ赤になった手をこちらに見せ付けてきた―――ので、銃を置いて土下座した。


「…………許してください、何でもしますから」


 言い訳を許してもらえるなら、熱エネルギーに変換する力を持ってるんだから自傷ダメージはないと思ってたんです。


「責任、取ろうや。ショットガンマリッジって知っとるか?」

「それ知ってる! 子供ができたから結婚するってやつだよね!?」


 モテない自分にとってそれはむしろご褒美です!

 ありがとうございます!!


 だが犬走は自分が置いたショットガンをルーシーに差し出した。


「ちゃうで、娘を傷物にしたアホな男をショットガンで始末するアメリカの儀式や」

「マリッジ要素どこいったの!?」


 ルーシーがショットガンを受け取り、こちらを睨みつけてくる。

 そして最後のお楽しみなのか、土下座している自分をゲシゲシと蹴ってきた。

 辞世の句に季語は必要なのかどうか考えていると、ルーシーは大きな溜息をついてショットガンを犬走に突き返した。


「別に撃ちゃしねぇよ、そもそも弾切れしてんだろうが」

「ゆ、許された……!?」

「そもそも、アタシがやらかしたせいで中にいた奴が飲み込まれそうになったわけだしな。テメーをどうこうする権利もねぇだろ」


 まぁ確かに要救助者が飲み込まれて死亡……なんてことになったら気まずいどころの話じゃない。

 そういった意味では自分がカバーしたおかげで無事だったことに安堵すべきだが、それでも女性を火傷させてしまったのは反省しなければ。


 せめて氷でも持って来ようかと思ったのだが、さっさとショットガンを車の中に置いてきた犬走が氷の入った袋を持ってきてルーシーに渡したのでやることがなくなった。


 そういえば助けた女性はどうなったのだろうかと見てみると、倒れた女性に顔を近づけているイーサンと目が合った。


「……アユム、これは人工呼吸だ」

「うん、知ってる。気にしないでいいよ」

「ならその手に持ってるスマホを今すぐしまえ」

「イーサンが変なことしてないって証拠の為だから! 変なことに使わないから!」


 自分はイーサンを信じている、気絶してる女性にエッチなことをしないって。

 だがそれはそれとして、撮影はすべきである。

 大丈夫、やましいことがなければこの動画が公開されたとしても何も問題はないはずだ。


 だから気にせずブチューってしてくれイーサン。

 人の命がかかってるんだ、社会的な地位くらいくれてやればいいじゃないか!

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