第118話:カモン、スネーク

 最悪の圧迫面接からしばらくして―――。

 武器になりそうなものを調べる為の荷物整理である。


 どうしてこんなことをしているかというと、久我さんから今話題沸騰中のRというモンスターについての情報が送られてきたからである。

 重巡洋艦を撃沈ってなんだよ!

 なんでそんなのがホードに混じってんだよおかしいだろ!!

 戦うことは絶対に避けたいが、それでも万が一ということがあるので、ささやかでもいいので何か対抗手段を求めているというところである。


 着替えや下着は見ても嬉しくないので除外するとして、先ず犬走のトランクケースから調べていくことにした。


「あんちゃん、これなにかなぁ?」

「多節棍やで」

「なんでそんなものを……?」

「便利やし」


 そう言って狭い車内でグルグルと多節棍を振り回す。

 首だけで回転させたり、三つに曲がった状態でミニキッチンに置いてあったコップを弾いて先端に乗せたりした。


「どや、凄いやろ?」

「……で、その多節棍は当社で働く上でどのようなメリットがあるとお考えでしょうか?」

「はい、敵が襲ってきても守れます」

「ヤンデレには役に立たなかったのに?」

「つつつ、次は勝つで!!」


 うん、無理そう。

 いや外来異種の駆除でも使ってたし役立つのは知ってるんだけどね。

 ロマン武器かと思いきや、自由自在に使いこなせば本当に何でもこなせる万能の近接武器だった。

 ちなみに一度だけ貸してもらったのだが、ブンブン振り回すことしかできず知能指数がゴリラになっていた。

 

「まぁ役立たずは置いといて次はイーサンの!」

「二人共、散らかすなよ」


 本人の許可を得ていざ開封!

 …………武器になりそうなものが何もない!


「イーサン! 何もないんだけど!」

「飯盒があるだろう」

「キャンプ用品じゃん!」


 飯盒でどうしろっていうんだよ!

 飯炊いて誘き出すとかそういうの!?


「先ほどの戦闘で銃を手に入れた、問題ないだろう」

「まぁこの中で一番扱いに長けてるから文句はないんだけど……」


 それでも銃一丁に少ない弾数だと心許ないので何かないかと思ったのだが、制汗スプレーくらいしかなかった。

 じゃあ次は―――。


「じゃあ次はワタシですねっ!」

「スタァァアアアップ!」


 ワクワクした顔でトランクを開けようとするエレノアを犬走と一緒に止めた。


「え……ナ、ナンデ?」

「今イーサンが銃持ってるから! シャレにならないから!」


 頼りになる男が敵に回った時の絶望感よ……。

 なんなら今銃の安全装置が外れた音がした気がする。


「今のは空耳だ、安心しろ」

「なんだ空耳か………待って今俺の心読んだ?」


 怖い!

 今のイーサン、ヤンデレの次に怖いよぉ!!


「んで最後にアンタの荷物なんやけど……」

「そんな大したもんないけどね」


 先ず腰に隠し持っている霞の杖、ここで使ったらキャンピングカーが大破する。

 次にイラクで貰ったナイフ、切れ味はまぁ……そんなもんかって感じ。

 あとはライターに―――。


「なんやこれ、弾か?」

「あぁそれ膨張弾。口径が二十ゲージで専用の拳銃がないと使えないやつ」


 丁種の"おばけナメクジ"を材料にしており、水分が割れた弾頭に染み込むことで膨張する仕組みだ。

 別名確殺弾、非人道弾などなど、人に使ったらいけないやつ筆頭である。

 まぁ普通の拳銃を手に入れても使えないので無用の長物である。

 あ、でも蓬莱で銃がない状態でも弾丸をパーンさせたことあるし、工夫すれば使えるか。

 ……使う機会がないことを祈ろう。


 あとオマケにルーシーの買って来た荷物も見せてもらったが、使えそうなのは花火くらいであった。

 ……火薬を抜いて鉄パイプに入れるのってアメリカだと合法だっけ?

 取り合えず使えるものがほとんどないという結論が出たところで車が止まった。


「あれ、何かあったイーサン?」

「どうやらトラブルのようだ」


 イーサンが車を脇に移動させて停車させ、車から降りる。

 自分達もそれに続いて外に出ると、森の木々の間に太いロープのようなものが張り巡らされていた。


 そのロープに子供が一人引っ付いてしまっており、その近くで両親と思われる男女が子供を引っ張っていたのだが、こちらに気付いて助けを求めてきた。


「子供がトイレをしていたらこれに触ってしまったんだ! なんとかできないか!?」

「大丈夫です、危ないので二人は少し後ろに下がっていてください」


 パニックになっている両親をイーサンが落ち着かせ、エレノアは泣いている子供の頭を撫でながら励ましている。

 こういうところは本当に手際がいいなぁと感心していたら、ルーシーがポケットから出したスティックキャンディを子供の口に突っ込ませる。

 キャンディのおかげで子供は泣き止み、暴れることもなくなった。


「さて……それでどうすべきか」


 腕を組んで悩むイーサンの横から紐を観察しつつ尋ねる。


「これなんなの?」

「Tier-3の"ゴルディオス・スネークライン"だ。蛇型のモンスターで触れると粘着性の体液で獲物を捕らえ、弱ったところで頭がやってきて捕食するモンスターだ」


 わぉ、アメリカらしい凶悪なモンスターだ。


「切ればいいんじゃない? ナイフ貸そうか?」

「ヘビ型とは言ったが、その実態はスライムのようなものでマチェットでも切断は難しい。土や泥は付着しないので、それを接着面につけていった少しずつ離すのがいいだろう」


 とはいえ、時間をかけてたらホードとか怖い人達が追いついてくる。


「俺にいい考えがある!」


 車の中に戻り、ライターと制汗スプレー……あとついでに花火を持ってきた。


「山火事になるから止めろ」


 手っ取り早く解決しようとしたら止められたでゴザル。

 いいもん、いいもん、それならそこら辺にある枝にタオル巻いて、それで即席松明作って炙るもん!


 だがこちらがヘビの燻製を作ろうとしている間に子供は紐から離れ、救助が完了した。

 つまり自分がやったことは完全に無駄だったということだ。


 その時、後ろからやってきたバンが道の脇に止まる。

 それと同時に後部ドアから勢いよく覆面を被りボディアーマーをつけたあからさまな奴らが降りて来て―――。


≪パパパパパッ!!≫


 サブマシンガンを構えた奴らは警告もなく、無関係な親子ごとこちらに発砲してきた!


「伏せろ!」


 イーサンは声をあげると同時に拳銃を抜き、犬走は体勢を低くしながら武器を取り出す

 俺は咄嗟に木の陰に隠れ、エレノアは子供に覆い被さる。

 しかしルーシーだけはその声に反応できず―――子供を守るかのように前へ立ち、銃弾に晒されてしまった。


「ルーシー!」

「―――ッツゥ!」


 エレノアの悲痛な声にルーシーが苦悶の声で返す。

 撃たれたというのに倒れるどころか血も出ていない。

 よく分からないが無事なら今気にすることではない。


 全員がルーシーに注目している間に、俺はすぐさま制汗スプレーに花火をくくりつけて着火し、松明と一緒に奴らの足元に投げつけた。


≪バァン!≫


 激しい爆音に武装した男達が怯み、その隙に犬走が懐まで潜り込んだ。

 男達は至近距離で銃を使おうとするが、犬走は狙いを定めさせないよう常に男達の死角へと移動しながら多節棍を叩き込んでいく。


 イーサンは子供と両親、それにエレノアとルーシーを伏せさせて銃を構える。

 犬走が集団の中にいるということもあるが、弾数が少ないので下手に撃てないのだ。


 そうこうしている内にまた別のバンがやってくる。

 嫌な予感どおりに、武装した男達が降りて来た。


「こんなんばっかか!」


 大声で愚痴りながら森の中へと入ると、新しくやってきた男達は仲間の援護よりもこちらへの追撃を優先してきた。


 森の中は先ほどのゴルディオス・スネークラインの体が張り巡らされているので、急いで上着を脱いで近くの土と泥を皮膚に塗りつける。

 これで少なくとも上半身はモンスターに触れても捕まらない。


 後ろから追ってくる男達もモンスターを避けながら走ってくるも、何人かは引っかかり身動きが取れなくなっている。

 だがあちらは銃で武装している、一人にでも追いつかれれば俺は死ぬ。


 そういえばこのモンスターは伸縮性があることを思い出した。

 そこで急斜面を上り、モンスターの体を掴んで引っ張る。


 思いっきり引っ張り、足元にあった拳よりも大きな石を添える。

 男達が斜面から顔を出してきたのを見計らい、手を離した。


≪ボグォッ!≫


 スリングショットの要領で飛んだ石が嫌な粉砕音の共に一人の男の顔面に入った。

 これでドンドン数を減らそうとまた斜面を登るが、嫌な予感がしたのでそのまま逃げる。

 案の定、男達は斜面から顔を出す前に銃だけを出して撃ってきた。


 さぁて問題はこれからだ。

 手元にはもう武器になりそうなものはない。

 このまま逃げて、逃げ続ければ追っ手が全員モンスターに捕まるかもしれない。


 だがそんなラッキーに期待して報われたことなど一度もない。

 ならば行動するしかない。

 そのせいで最悪な目を出し続けてきたが、それでも俺はサイコロを振り続けるしかないのだ。


 森の中を駆ける。

 モンスターの体が縦横無尽に張り巡らされており、最早蜘蛛の巣の中のようである。

 腕で無理やり隙間を作りながら走るも、あちらさんは俺よりもスマートなのでどんどん距離が詰められていく。


 そうして目の前に急斜面が現れた。

 何度も斜面を上っていたことで、かなり上の方まで来ていたようだ。


 斜面を下れば上から撃ち下ろされる危険性がある。

 俺はそのまま迂回しようとして―――モンスターの体を思いっきり引っ張った。

 もちろん本気で引っ張ったところで伸びるだけ、意味がない。


「ふんぬぬぬぬぬっ!!」


 大声すらあげて引っ張ったせいで男達に気付かれた。


≪パパパパパパッ!≫


 男達がモンスターの体を避けつつ銃を撃ちながらこちらへ近づいてくる。

 あと二歩……一歩……今ッ!


 俺はモンスターの体を引っ張ったまま、急斜面を下る。

 先ほどまで掛かっていた負荷に、俺の全体重が加わりそれは千切れた。


≪バッシィン!≫


 限界まで張り詰められたワイヤーが千切れたかのように、モンスターの体が暴れる鞭のようにしなり、男達に襲い掛かる。


 以前テレビで見たことがある。

 ある釣り人が船を止める為のロープを結ぶ場所に座っていたのだが、張り詰めたロープが千切れてしまった。

 今までロープに掛かっていたエネルギーがそのまま暴れる運動エネルギーへと変換され、釣り人を襲う。

 釣り人は運よく腕一本を犠牲にして助かったそうな。

 ……そう、運が良くても腕が切断される可能性があるのだ。


 今回は状況が少し違う。

 どちらかと言えば掃除機のコンセントを収納するボタンを押したらケーブルが暴れたとかそういう方面か。


 まぁ上から何も音が聞こえないことから、威力は十分だったらしい。

 男達が足を踏み入れた場所は紐の過密地帯でもあったことから余計に危険だったことだろう。


 そしてそのまま斜面から滑り落ちないように移動し、車の場所まで戻った。


≪パシャッ≫

『外来異種 ヲ 画面 ニ 収メテ クダサイ』


 汚れた身体の自分をいの一番に出迎えてくれたのは、スマホの検知アプリを向けてきたイーサンと犬走であった。


「……なんか言うことない?」


 あからさまに不機嫌な顔をして抗議する。


「あんさん、人間やめとるやろ」

「……言わない優しさというものもある」

「エレノア! この二人がいじめる!!」


 自分が何を言っても堪えないのでこの集団の中で一番ヒエラルキーの高いエレノアに泣きついたのだが、彼女は困ったように笑うだけだった。

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