第117話:和解への道のり
山を下って車に戻って来た直後、犬走がこちらに検知アプリを向けてきた。
『外来異種 ヲ 画面 ニ 収メテ クダサイ』
「なんや、偽者か」
「しばくぞこの野郎」
こちらも対抗して検知アプリを使ってやったが、もちろん外来異種判定にはならなかった。
「そういえばイーサンは?」
「狙撃ポイント見てくる言うてたぜ」
「それ、敵が狙撃してきそうな場所を見て回ってくるって意味だよね?」
犬走は意味深な笑顔を向けるだけなので、こいつを盾にして即座に車の中に避難する。
車の中ではジュースで喉を潤しているエレノアとインスタント豚汁をフーフーしているルーシーが寛いでいた。
「それで、そっちは大丈夫やったんか」
「あぁ、うん。木材加工所みたいな所で花火したら静かになったわ」
「人の命は線香花火のような儚く消えたとかそういう隠語なんか?」
こいつは人のことを何だと思ってるのか。
「普通に工場内のものを利用して粉塵爆発させただけなのに……」
「粉塵爆発は普通のカテゴリには入らへんで」
安全基準満たしてなかったんだよきっと。
「それで追ってきた奴らが倒れて動けない内に、銃を奪って足に一発ずつ撃ってきた」
「殺してないんか!?」
「お前は俺のこと何だと思ってんの!?」
「ホラー映画に出てくるカップルを殺すキラーやけど」
「馬鹿野郎! 殺すのは男だけだ!!」
「イケメンを殺したところであんさんはモテへんし女は逃げるで」
それでも世界の顔面偏差値の高い奴らをレギュレーション違反で排除していけば、いつかは自分も平均値になれるはず。
だからお前もいつか偏差値外にしてくれるわ。
「まぁ真面目な話、銃が統一されていたことから野生のレイダーじゃなさそうだったから、もっと大きな団体さんっぽいんだよね。それならわざと足撃って負傷させておけば救助で人手と時間が取られるから」
「野生のレイダーってなんやねん」
足を撃ったというところを聞いて、エレノアが安堵している。
やはり襲ってきた相手だろうと無闇に命を奪うのはよくないと思っているのだろう。
まぁあの状況で撃たれて助かるかどうかは知らないしどうでもいい。
「そういえば一人だけなんかすっげぇベロがデカイやつに舐めとられていったんだけど、あれ何だったんだろう」
「キミが見たものは"ダーティーキッス"だろう」
運転席にイーサンが戻って来たので詳しく聞いてみることにする。
「それってやっぱ危険なやつなの?」
「やつはひたすらその長い舌で人間の身体を拘束して舐め回す修正を持っているが、それだけだ。日本で言うところの丁種、Tier-1程度のモンスターだな」
そう聞いたらあの森の奥に連れてかれた彼は、そういうプレイを楽しんでいたように見えなくもない。
流石は自由の国アメリカだ。
……まぁ連れて行かれた先がホードの方向なのは気にしないようにしよう。
「さて、渋滞の原因になってた倒木もどかした。そろそろ移動するぞ」
イーサンの言ったとおり、しばらく待っていたら車の群れは道を流れていった。
その頃になってようやくルーシーは豚汁に口をつけていた。
あの格好で猫舌とは、狙っているな。
そして訪れる暇な時間。
ルーシーが自分が持ってきた残り一つのインスタント味噌汁にまで手をつけやがった頃、SNSを覗いているとニュースの切り抜き動画が流れていた。
『久我議員が巻き込まれたのは不運でしたがね、ありゃ自業自得ってやつですよ』
『一人だけ最先端の医療を受けて不公平ですよね~!』
日夜あの人が外来異種からの被害をどれだけ減らそうとしているのか、誰も気付いていない。
ガンの副作用と闘いながら仕事をしているというのに、誰も労わるようなコメントをしない。
まぁ…………何も言うまい、いつも通りだし。
≪テテテッテッテッテテン♪≫
スマホをいじっている最中に着信が来る。
画面に表示されている名前を見て、すぐに通話ボタンを押した。
「久我さん! 成仏してください!」
『生憎とまだ現世に執着してるよ』
声の感じからして元気そうだ。
いやまぁガンだし研究所の倒壊にも巻き込まれたしで満身創痍だとは思うけど、それでも声色は大丈夫そうであった。
『ニュースでもう知っているかもしれないが、私はガンだ。そして大勢のガンで苦しむ患者を差し置いて、ここで最先端の医療を受けていた。……黙っていてすまなかった』
「いえ、気にしないでください。というか難病で海外に治療に行く人だって普通にいるんですし、別に謝るようなことじゃないと思いますよ」
『そう思わない人も、多くいるものさ』
まぁ海外で本格的な治療を受けるとなると何千万とかってお金がかかるって話も聞くし、不公平だと思う人もいるだろう。
「俺はそうじゃないんで、気にしないでください」
『そうか』
「というかもっと他のこと気にしてください。自衛隊基地で筋トレさせられるとか、青森まで行って射撃訓練させられる俺のこととか!」
『分かった、次からもっと回数を増やすよう言っておこう』
「何も分かってない! 人の心が分かってない!!」
筋肉にたまりすぎて乳酸が毛穴から出てきそうで怖いんです!
『まぁそんなことはさておき―――』
さておかないで欲しいことなんですけど。
だが逆らえないので一先ず口をつむぐことにする。
『悪い知らせが二つある。先ずモンスター総合対策省のトップであるアイザックが査問委員会に呼ばれ、しばらく連絡ができない。だからキミをモンスターとして駆除する部隊がいくつか動いている』
「あぁ、さっき会いました」
そして別れました。
サヨナラはいつも唐突にって言いますし。
『……まぁキミが無事ということは、そういうことなんだろうな』
深く聞かないで察してくれる久我さんは本当に人の心がよく分かってらっしゃる。
『極力……極力、穏便に頼むよ。遺恨が残ると色々と面倒だから』
「任せてください、遺恨もまとめて消し飛ばしてやりますよ!」
『何も任せられない……!』
まぁ常識的に考えれば一般人が派手なことをしようとしても、せいぜい点火物豊富な花火をお出しするくらいだ、久我さんもそれを分かってることだろう。
花火大会の開催頻度そのものは襲ってくる人達次第だけど。
『本当に心配だ……ゲフッ! あぁ大丈夫だ、ありがとう』
「あれ、そこに誰かいるんですか?」
そう尋ねると久我さんの声が止まった。
『……まぁ、怪我人だからね。世話をしてくれる人もいるさ』
歯切れが悪すぎる、明らかに何かある感じだ。
「久我さん、ちょっとカメラ通話にしますね」
『いや! それは止めた方がいい!』
もしかしたら横で銃をつきつけられてて何かを言わされている状態かもしれない。
久我さんの制止を聞かず、カメラ通話に切り替えた。
画面の向こう側にはくたびれたスーツを着た久我さんと―――。
『ご飯、ちゃんと食べて、ます?』
「いやぁあああああああああ!!!!」
実在すら疑われていた最凶最悪のヤンデレ、鈴黒が笑顔でこちらに向けて手を振っていたので、思わずスマホを犬走へ投げつけてしまった。
「うぉっ、いきなりなにすんねん!」
犬走は直撃する前にそのスマホを掴み、そして画面を見て―――。
「ギャァアアアアアア!!!!」
こちらに思い切り投げ返してきたので、近くにあったクッションで受け止めた。
「久我さん! 今すぐそいつを殺してください! ナウで! ヤングな! そいつを! マストで!」
『確かキミは彼女に足を撃たれたんだったな、取り乱す気持ちはよく分かるが落ち着きたまえ』
「そんなんもうどうでもいいんすよ! いやもうそれは水に流してもいいくらいです!」
蓬莱から逃げてからパルチザンビルでは様々な怪奇現象が発生した。
デリバリー頼んだら梱包をとめる輪ゴムが誰かの髪の毛だったり、雨音のリズムがおかしいと思ってたらイーサンがモールス信号で会話しているみたいだとか言ったり、他にも色々と……。
「俺か犬走が代わりに牢屋に入ってもいいです! 今すぐ始末してぇ!!」
『キミの気持ちも分か……いや恐らく分からないが、それができない理由がある』
「どうしてぇ!?」
『研究所からモンスターRが脱走した後に、やつは私を狙おうとした。そこでたまたま甲種"鼠狩り"、マウスハンターが出てきてRに突撃。その隙に彼女は私を抱えて逃げたおかげで無事だった。つまりは命の恩人だ、無碍にはできんよ』
なるほど、なるほど……。
偶然研究所で脱走騒動があり、偶然そこでマウスハンターがやってきて、さらに偶然をトッピングしてヤンデレがいたと。
「久我さん騙されないで! 全部そいつが仕込んだんです!」
訪問販売詐欺に引っかかる老人を説得するように、力強く主張する。
『ひどい……私達、人助けをしただけなのに……』
だというのにヤンデレは対抗するどころか泣いたフリをしてきやがった!
「ほら見て久我さん! 女の武器を取り出しましたよ! 凶器が出たらこれはもう正当防衛ですって! 撃ちましょう!! 心臓に四十発で頭に六十八発!」
『煩悩の数じゃないんだから』
そいつ相手にはまだ足りないと思います。
『そうだ、そこに犬走くんはいるよね?』
「はい! 今すぐ責任とらせます!」
ということで助手席から無理やり引っ張ってきてスマホを置いてる机の前に座らせる。
画面向こうの鈴黒は目に見えてご機嫌になり手を振り、犬走は見なくても分かるくらいに身体を震わせている。
「なななな、なんでっしゃろかかかか。わわ、わいは! わいは絶対に脅しには屈っしへんで!!」
「もう気持ちで負けてる……」
アメリカの部隊員の顎を素手で粉砕した奴とは思えないほど弱ってる……。
『あー、彼女はマウスハンターが偶然だと主張しているが、キミ達と同じで私もそう思わない』
自分と犬走の首がとれるくらい激しく縦に振る。
『さて……そんな彼女を排除しようとしたらどうなると思う?』
それは~……そのぉ……やば…い……ッスゥー…………ねぇ。
「暴れるくらいなら御の字でしょうなぁ。下手したら数年、数十年単位でテロられることも覚悟せなあきまへんで。なんせ蓬莱という限定環境でそれに似たことを実行したアホを隣で見てはりましたし」
そう言って犬走がこちらを見る。
なんだよ、こっちが悪いって言いたいのかよぉ!?
『もうっ! そんなこと、しないよ!』
鈴黒がわざとらしく頬を膨らませて抗議するが、あの頬を膨らませる行為は爆弾を用意しているという暗喩だろうか。
『人はね、人を傷つけなくても、不幸にできるんだよ。誰も死ななくても、生きてるだけで、人はみーんな不幸になれるよ』
「こわいこわいこわいこわい!」
「おいバカこっちにしがみつくな!!」
今一瞬あちらさんの目がやばかった!
絶対に導火線に火が点いた!
恐怖というミキサーで正気がジュースにされかかっている自分らを困った顔で見ながら、久我さんが喋る。
『まぁそれならばいっそ手元に置いておいた方がいいだろうということで、彼女の要求を飲むことにした』
要求!?
もしかして出来る限り苦しんで死ねとかそういうのですか!?
『一つ目、今アメリカには不法入国している状態だからそれをなんとかしてほしい。というわけで私の怪我をダシにアメリカ側にこの要求を飲ませる』
あ、意外とまともな要求だった。
……いや、まだだ!
一つ目ということは、二つ目もあるということだ!
『二つ目、日本に亡命したいので保護してほしい。その際は犬走くんと同棲したいとの要望があったのだが―――』
自分と犬走の二人で首を高速で横に振る。
『こちらについては譲歩してもらった。こういうのは権力側で押し付けるものではなく、個人の自由によるものだ。だから安心してくれたまえ』
「イエエェェイ!!」
「フウウゥゥゥゥ!!」
二人してハイタッチしてガッツポーズを決める。
だというのに画面の向こう側にいるヤンデレさんが笑顔を崩さないから怖くなってきた。
『この二つの誓約を守る限り、我々に最大限協力することを約束してくれた』
「…………あれ、その二つだけですか?」
正直なところもっと色々と、もしくはヤバイ条件をつきつけてくると思っていた。
『あぁ、私がこの約束を守る限り彼女は味方になってくれる。そして約束を守る私を害することはないだろう。キミ達がどうしても無理だというならばこの件を拒否することも検討するが……どうだね?』
「ま、まぁ~ええんとちゃいます? 久我はんの安全も確保できますし、見えないところで放っておくよりかはまだマシやと思いますから。……あ、でもいきなり会うとかそういうのはちょう勘弁してもろて」
自分も犬走と同じ意見である。
だから賛成してもいいのだが……だ……が……どうしても何かが引っかかる。
そんな自分の考えを見抜いているのか、鈴黒が画面の前に来た。
『あなたの考え、分かります。今までのことを考えると、都合がよすぎる、そう思ってます。今までずっと恵まれてなかった、だから都合がいいと警戒する。分かります、私達もそうです』
「私達……?」
彼女のいう私達という一括りには久我さんは入ってないはずだ。
ならば私"達"というのは誰のことだ?
しかしそんな疑問などお構いなしに、彼女は独白を続けた。
『だから、あなたが納得できるように、しましょう。无题を、俊哉さんを守ってください。傷ついても、倒れてもいい、だけど死なないように』
「まぁそれくらいなら……」
「もし、取り返しのつかないことになったら―――日本を、教科書にしか存在しない国にします。これは約束ではありません、覚悟・決意・決定事項です」
そして通話は一方的に切られた。
最後に見えた彼女の顔は怒りでもなければ不機嫌でもない。
なんてことのない、まるで散歩するかのように、それが当たり前なのだという顔をしていた。
「なぁぁああああんでぇえええええ!!」
「どぉぉおおおおしてぇえええええ!!」
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