第116話:ファースト・レイド
【カルフォルニア州:ウッドサイド】
非公式のモンスター研究所から甲種相当のモンスターが脱走したとのニュースを見てから数時間が経過した。
あれから何度か久我さんに連絡をしたものの、全く繋がらなかった。
死亡したという報せはないので大丈夫だとは思うのだが、ガンを患っているのでそこは心配だ。
「あの、アユム……大丈夫デスか?」
腹ごしらえにハンバーガーをつまみつつ、インスタントの味噌汁を飲んでいたらエレノアが心配して声をかけてきてくれた。
「ハンバーガーと味噌汁、合わないね」
「イエ、そういうコトではなく……」
日本で買っておいたミネラルウォーターを沸騰させて入れたので勿体無い気もしたのだが、イーサンとエレノアから絶対に水道水は使うなと言われたのでそうしている。
なんなの、アメリカの水道管怖いんだけど。
ちなみに運転席のイーサンと助手席で地図を見ている犬走はホットドッグを、机のある後部座席にいるエレノアはサンドイッチ、ルーシーはベッドで寝転がりながら自分と同じハンバーガーを食べている。
「ルーシーちゃま、お行儀が悪いザマスよ」
「テメーは食ってるものが汚ぇだろうが」
なんだとこの野郎、味噌汁が汚いだと!?
「いいか、味噌汁はなぁ! 大豆を発酵させた味噌というものを使った素晴らしいものではなぁ!!」
「やっぱ腐ってんじゃねぇか!!」
まぁ……うん、発酵食品ってそういうものだし……そこ否定したら味噌を否定しちゃう……。
「だいたいなんだよ、その黒い紙みたいのを白いの……」
ルーシーがまだ残っている具材を見て嫌そうな顔をする。
「ワカメと豆腐を……お知りでない!?」
「ワカメはこの国だと、食べナイ地域のほうが多いかもデスね。トーフはソイが原料になってて健康にもイイデスよ」
エレノアがルーシーに説明するも、あまり興味がなさそうだ。
まぁイーサンも最初は味噌汁とか遠慮してたからなぁ。
納豆スパ見た時なんか二人共目の前で十字を切ってたし。
だが、そんなイーサンでも夢中になったものがある。
そう、豚汁である!
色とりどりな具材のおかげもあり、今では某チェーン店で必ずセットを頼むくらいだ。
そうだ、確かイーサンのカバンにインスタントの豚汁が―――。
「アユム、日本では食で戦争が起こることは知っているな? キミは今その引き金に指をかけているぞ」
日本で色々と迷惑をかけても怒らなかったイーサンだが、この件に関しては本気で怒りそうなのでイーサンのカバンからそっと手を引く。
「でもイーサン、ルーシーが日本の食文化を知ったらモット打ち解けられると思わナイ? もしかしたらルーシーも好きになるかもしれないし、イーサンも同じ物が好きな人が増えるのは嬉しくナイ?」
ここでポストに弾かれた会話のボールをエレノアからのボレーシュート!
強烈なシュートが運転席のイーサンに突き刺さり、苦悶の声が聞こえてくる。
「……分かった、許可する」
「ヤッタ! それじゃあ用意しますネ」
しばらくしてイーサンはエレノアに屈し、彼女は嬉しそうにミニキッチンでお湯を沸かす。
あぁ平和だなぁと外の流れる風景に目を向ける。
外来異種のホードが来る進路だというのに、車の通行が多い。
というか時折道端で露店があったりする、このハンバーガーとかもそこで買ったもんだし。
「なーんでわざわざこんな危ない所に人が多いねん! ホードに巻き込まれたらどうするつもりや!?」
「怖いもの見たさ、今だとSNSの数字が欲しいのだろう。それにもし何かあったとしてもL・RADの範囲内まで逃げれば助かるだろうという甘えもあるだろう」
助手席にいる犬走が不機嫌そうに愚痴り、イーサンが真面目に答える。
ちなみに運転は犬走とイーサンで交代している。
ずっと後ろに座ってるのも居心地が悪いので交代しようかと提案したのだが―――。
「あんさんには絶対にハンドルは握らせへんで」
「アクセルも、ブレーキも踏ません」
と言われて何もさせてもらわなかった。
いやー後ろでふんぞり返ってるだけだなんて楽だなー!
なんか偉くなったって気がするなー!
よーし真昼間からベッドで寝ちゃおっかなー!
凄い贅沢だなー!
「チッ」
ベッドに近づいた瞬間に威嚇の投げキッスが飛んできた。
もっと近づいたら本気の投げキッスが来るのだろうか。
そうしてエレノアがお湯を豚汁の容器に入れた頃、急に車が停車した。
「あれ、なんかあった?」
「どうやら先の方で何かあったらしい。ホードに合流しようとして他の外来異種が遡ってきたのかもしれん」
あぁ、ホードってコロニー化した空間が移動しようしているようなもんだから引き寄せられることもあるのか。
逆に言えばホードを放置しておけば隠れてる外来異種を一気にまとめられるから、そういった点では便利な現象なのかもしれない。
取り合えず車を捨てて逃げなければいけない可能性も考慮して、全員で外に出る。
他のドライバー達も車の外に出たり、近くの人と話している。
とはいえ、遠くから悲鳴が聞こえたりはしてないので誰も危機感は持っていなさそうに見える。
ちなみに自分は変装の為にエレノアのパーカーを借りてフードを被ってる。
大丈夫、ちゃんと新品のやつです。
だからイーサンさん、ナイフのように尖った視線を送るのは止めてください、死んでしまいます。
「おーい! 前の方で事故があったからしばらく動かないぞー!」
前の方から男の人が大声をあげながら走ってくる。
ああやって何が起こってるのかを教えてくれるのはありがたい。
とはいえ、あんな長袖長ズボンで暑くないのだろうか?
ズボンだって、あんなりじんぐりむっくりな感じで……。
その男がこちらの横を通り過ぎようと瞬間、銃口がこちらに向いていた。
もしかしたらという予想をしていたこともあり咄嗟に地面に転がる。
だが発砲される前に犬走がその銃を足で上空へと蹴り飛ばしていた。
銃を蹴り飛ばされた男が背中の方へと手を回しナイフを取り出そうとするも、それよりも速く犬走は男の懐へと潜り込み、無防備になっていた顎へ両手の掌底を叩き込む。
男の首がゴムのオモチャのように揺れ、そのまま地面へと倒れこむ。
それに遅れて前方からこちらを包囲するかのように何名かの男達が銃をこちらに向けてきた。
「まだこんなにおるんかい!」
「全員車の中に避難しろ!」
イーサンが蹴り飛ばされた銃を拾い上げ、突然の銃撃戦が始まった。
銃声や悲鳴が山に響き渡る。
エレノアとルーシーと一緒に車の中に入った後、いくつかの道具をポケットに入れてから再び外に出ようとしたのだが、エレノアが手首を掴んできた。
「アユム、外は危険デスよ!」
「流れ弾に怯えてる他の人たちも危険だから、囮になってくる」
一番最初の男はイーサンや犬走を無視して自分だけを狙った。
相手が誰なのか、理由が何なのかは知らないが、流石にこのまま無関係な人達がいるとやりにくい。
「アユムッ!」
エレノアの手を振り払い外に出る。
イーサンは銃で応戦し、犬走はベルトを鞭にしてまた一人から銃を奪っていた。
流石は自分の身体を思い通りに動かせる新世代、こいつマジで白兵戦になると強いのな。
「ちょっ……おとなしく車の中におれや!」
そんな犬走からの言葉を無視して山の斜面を駆け上る。
一斉にこちらに弾が飛んでくるが、大きな木々が盾になってくれたおかげで無事だった。
相手はイーサン達を牽制しながらこちらへと寄ってくるのが見えた。
どうやら何がなんでもこちらを殺すつもりらしい。
こちらの想定よりも素早い動きでこちらに詰め寄ってくる。
だが急な地震によりあちらとこちらの間の地面に大きな裂け目が開いた。
「走って! ハヤク!」
どうやらエレノアが車から出て力を使い、援護してくれたようだ。
男達が迂回してくる間に少しでも距離を離す為に全力疾走で山を登る。
走って、登って、走って、走って、木の枝やら藪やらを無視してひたすらに走る。
道どころか前すらほとんど見えない森の中を走っているというのに、後ろから男達が迫ってきている男達との距離はドンドン縮まっていく。
さぁどうしたものかと考えていると、急に開けた場所に出た。
どうやら木材の伐採と加工をしている工場のようだった。
工場といっても壁などがない、とても風通しのいい場所のようなので隠れる場所はほとんどない。
それでも中に駆け込んで何か使えるものがないかとそこら中を引っ掻き回して探す。
大きな鉄のゴミ箱に大量の袋……中身が気になって見てみたら大量の木屑であった。
あれかな、クッションとかに緩衝材として使う為にとってあるのかな。
あと大きな業務用の扇風機がいくつもある。
壁なくてエアコン使えないからああいうので涼んでいるんだろうなぁ。
他にはチェーンソーなどの道具が並べられており、ゾンビが来ても大丈夫な供えがあった。
問題はこちらに来ている敵は銃を持っていてしかもゾンビのように鈍くない。
チェーンソーで切りかかるというのは自殺行為である。
そして手持ちの道具は適当に引っつかんできた懐中電灯とセロテープと―――。
「なんでアルミホイルなんか持ってきたんだ俺……」
せめて包丁とかそういうのを―――。
いや、むしろこっちの方が好都合か。
むしろ全員まとめて片付けられる。
先ずはありったけのブルーシートを使って扇風機と袋がまとめてある部屋を閉鎖空間にする。
次にチェーンソーの燃料を取り出しその部屋にぶちまける。
もちろんこれをぶっ掛けて火達磨にするだなんてことはしない。
それからその部屋にある大きな鉄のゴミ箱から袋を全部取り出して別の場所に置く。
それから加工途中の木の板を支えにして、鉄のゴミ箱を逆さにしておく。
ここで遠くから男達がやってきた足音が聞こえた。
そしたら今度はさっき取り出した袋を破き、扇風機の起動させる。
すると破けた袋から木屑が大量に宙を舞った。
扇風機の音で男達がこちらに気付き、駆け足で近づいてくるのが聞こえた。
なので、急いで逆さにしておいた鉄のゴミ箱の中に隠れる。
しばらく待つとブルーシートを潜って中に入ってくる音が聞こえてきた。
大量の木屑が舞い、ほとんど視界がないに等しい空間にだ。
まぁ分かるよ、こっち銃どころか懐中電灯とセロテープ、アルミホイルしか持ってないもん。
これでどうするんだって感じだよね。
だからこうする。
懐中電灯から電池を引っこ抜き、アルミホイルを丁度いい三角形に千切ってそれをセロテープを使って電池の両端に貼り付ける。
そして完成したソレを鉄の箱の隙間から外へ出し、支えになっていた木材を蹴り飛ばして蓋をする。
≪ボフォッ!!≫
生きた炎が部屋に入った男達を襲った。
大量の木屑、燃料、そして電池とアルミホイルによる急造の発火装置。
まぁ簡単に言えば粉塵爆発である。
しかも木屑と燃料がアメリカンな量であった為、その火力も比例して大きなものとなったのだ。
ゴミ箱を持ち上げて軽く周囲を見てみると、全員が地面に転がっていた。
四人はうめき声を上げており、二人は至近距離で喰らったせいか動かない。
だから落ちている銃を拾う。
一発、二発、三発、四発。
念のために五発、そして六発。
多分これで一先ずは大丈夫なはずだ。
ここの工場で働いている人達にゴメンナサイと両手を合わせて、元の道へと戻ることにした。
道中、一匹の外来異種と出くわした。
その外来異種は馬のように大きく、しかしその顔には口しなかった。
肝心の口からは長く太い下が出ており、一番最初に犬走にやられた男が巻きつかれていた。
もしかしてこれから第二ラウンド開始かとうんざりしたのだが、あちらはこちらをしばらく観察……目が何処にあるのか分からないが、観察したかと思うとすぐに離れていった。
どうやら見逃してもらえたらしい。
それにしても初見だなアレ、今度イーサンに聞いてみよう。
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