第113話:開催、握手会

 誘拐したならば要求するのが誘拐犯のお約束。

 問題は誰に何を要求するかだ。


 取り合えず体を要求したらこの場で死刑が執行されることだけは分かる。

 いやまぁこんな人が見てる前で要求できるほど肝は図太くないんだけどね!


「シュンヤ、この車ではすぐに見つかる。換えの車がある場所に向かってくれ」

「何処に何があるかも分からんのに無茶言うなや。むしろイーサンが案内してくれへんか」

「すまないが私の地元はテキサスだ。ここだって数えるくらいしか来たことがない」


 こっちががどうしようかとアワアワしている間にも犬走とイーサンが今後について話してくれている。

 自分が何かすると大体事態がおかしな方向に転がるので、もうあの二人に全部任せよう。

 そして何か起きたら全ての責任をなすりつけよう。


 ルーシーさんを誘拐したのはあの二人に脅されたからなんですって。


 さてどうやってアリバイを作って誘拐罪をパスしようかと考えていると、エレノアに抱えられたナージーくんがこちらの袖を引っ張ってきた。


「フサーム、フサーム。車、あるよ。たくさんある! あっち、あっちの道!」

「ナージーくんや、車は勝手に乗って行ったら駄目なんだよ。いやまぁ誘拐しといて今更って気もするけど」

「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。フサームなら、みんなだいじょうぶ!」


 よく分からないが行き先も決まらない為、ナージーくんの言われた通りの道を走った。


 一時間後、ナージーくんの同郷の人達が集まって住んでいる区画にて、何故か大勢に囲まれて握手会をしている。

 これが女性ファンの群れであれば喜んで肉役になるところだが、全員が男だ。

 ついでにほとんどが自分よりも年上だ。

 アメリカではおっさんと握手しないといけない刑罰でもあるのだろうか。


 助けを求めるようにイーサンと犬走の方へと顔を向ける。


「こっちの速そうな車がええんとちゃう?」

「いつまで逃げればいいのか分からない現状、燃費と機能性を重視したキャンピングカーがいい」

「おぉ、これ凄いやん。キャンピングカーっちゅうよりもバスやで」


 自分を売り払って手に入れる車の調達に熱心であった。


 流れとしてはこうだ。

 ここの人達は元々イラクの超巨大外来異種"ラスール"もとい"ハラム"の近くに住んでいた人、そこに家族がいた人達である。

 あの甲種に匹敵する外来異種は原因不明の暴走からイラク空軍が空爆で駆除したのだが、それに自分が一枚かんでいると思われているのだ。

 一緒に行動していたから何かを察したのかもしれないが、一番大きな理由としてはあの地で多大な影響力を持っている老人カラムさんからフサームと呼ばれたからだ。


 鋭い剣、終わらせるものとして呼ばれた。

 だからきっとあの禁忌を終わらせたのだろうと。


 もちろん子供の言うことなので最初は大人の人達も半信半疑だったのだが、たまたま持ち歩いていたカラムさんの装飾ナイフを見せると全員が信じたのだ。


 そして男の人達がひっきりなしにやってきて握手やハグ、中には泣いて地面に膝を付く人までいた。

 アメリカって起訴社会って言うし、抱きついてきた人は痴漢で起訴してもいいかな。


 ちなみにエレノアとルーシーさんも同じような目にあっている。

 しかし、あちらは女性ばかりだ。

 ザイオン救済団体は人種を問わずに人を救済している為、こういった人達にもウケがよかったりするらしい。


 エレノアは慣れたように笑顔を振りまき、ルーシーさんは無表情のまま、成すがままに握手されたり会話を求められたりしている。


 そんな彼女とたまたま目が合った。


「いやぁ~、お互い大変ですね~~!」

「チッ」


 投げキッスされてしまった、助かる。

 とはいえもう我慢の限界だったのか、女性の波を掻き分けてエレノアと一緒に何処かに行ってしまった。


 一瞬止めようかと思ったが、よくよく考えたら追われてるのは自分と犬走くらいだろうから大丈夫か。

 犬走くん、キミは施設の壁の破壊して誘拐に手を貸したから同罪だ。

 アメリカ大陸の果てまで逃がさないから、そのつもりで。


 その後、手持ち無沙汰になった女性の皆様とも握手をしようと近寄ったら距離を置かれた。

 これはきっと宗教的なあれに違いない、そうに決まっているはずだ、そうであってくれ。


 それから一時間後、大きなキャンピングカーの中に荷物を詰め込む。

 当座の食料や水、さらに燃料やら何やら色々と都合してもらった。

 ちなみに自分達が乗ってきた車はここにいる人達が返しに行ってくれるらしい。


 ただし、少しばかり寄り道をしてからだ。

 これで自分達がどこに逃げたのか警察が混乱してくれれば上々である。


 荷物も移動し、食事も終え、あとはいつでも出発できる状態となった。


「これで全部やな。そういえばお嬢さん方は何処行ったんや?」

「そういえば途中でどこかに行ったけど……」


 もしかして何か事件に巻き込まれたのだろうか?

 あの二人は顔がいいからね、そういうのを引き寄せてしまっても無理はないかもしれない。

 ―――おかしいな、その理論で言えば自分はもっと平穏無事なはずなのに、どうして……。


「スミマセン、お待たせしまシタッ!」

「……おっ? おぉ、おかえり。その両手の荷物は……?」

「エット、イーサンとか男の人には買うのが難しいものを……」


 意識が宇宙の根源と接続しそうになる前に、エレノアが戻ってきてくれた。

 男じゃ買うのが難しいもの……下着とかそういうのか。

 確かに平気な顔して買ったら指名手配犯が増えてしまうな。


「全員揃ったな。出発するぞ、乗ってくれ」


 イーサンの合図を聞いて我先にと犬走がキャンピングカーに乗り込む。

 エレノアは女性の人達と挨拶をしてから入り、自分は最後にナージーくんと固い握手をしてから乗る。


 ……あっ、そういえばルーシーさんのこと忘れてた。

 いやでもよく考えれば彼女は巻き込まれただけなんだし、ここで別れて普通に拠点に戻ってもらうのが一番いいのか。


 全員が乗り込んだことを確認して車のドアを閉め―――ようとしたら、誰かの足が差し込まれた。

 それどころか足を差し込んだ女の人は無理やりドアを開け、荷物を簡易ベッドに放り投げて我が物顔でそこに座る。


 服装はパンクっぽく、髪は青色で顔の半分を隠すかのようなソフトなモヒカン。

 耳にもピアスがあり、インパクトは抜群である。


「あ、あの~? 車間違えてませんか?」


 恐る恐る声をかけてみると―――。


「……チッ」


 投げキッス入りました、ありがとうございます。

 どうしよう、イーサン言って追い出してもらおうか……と思っていたら、エレノアが隠れるように笑っていた。


「あれ、もしかしてエレノアの知り合い?」

「フフッ、気付かないのもムリないですけど、その人はルーシーですヨ?」


 あのシスター服っぽいのを着ていた?

 ずっと無表情だった?

 ザイオン救済団体で、エレノアの後釜になった聖女の?

 …………ルーシー?


 ルーシーと呼ばれた女性が面倒くさそうに髪に手を入れて髪型を崩す。

 その姿は間違いなくフードを外した時の彼女であった。


「本当だぁ!?」

「マジでか!?」


 自分と犬走、二人して驚愕した。


「イーサン! イーサン! この人! ルーシーさん!!」


 自分の驚きを共有したくてイーサンを呼ぶのだが、こちらはあまり驚いていなかった。


「あぁ、彼女こそキミが誘拐したルーシー・ホワイト。二十歳の新世代だ」


 二十歳か、自分より年下……って今また凄い情報言わなかった!?


「ちょっと待って新世代なの!?」

「エレノアほどの力はないが、間違いなく新世代だ。彼女の力は―――」


 イーサンが言う前にルーシーさんがポケットから取り出したタバコをくわえ、その先端を指で弾くと火がつき煙が昇った。

 もちろんライターなど持っていない、指だけで着火したのである。


「ルーシー、車内は禁煙だ」

「いいからさっさと車を走らせろ、カウボーイ」


 すげぇ、あのイーサンを相手に中指立ててる。

 イーサンも何を言っても無駄だと思ったのか、諦めて車を走らせた。


 しばらく車を走らせた後、沈黙に耐え切れなくてつい口を出してしまう。


「あ、あのぉルーシーさん?」

「Sirをつけろペンギン野郎」

「Sir! ルーシーさん!」

「はいそれ女性差別な」

「理不尽すぎないソレ!?」


 チクショウ、まともに取り合ってくれないこの人!

 そんな自分を見かねてイーサンが助け舟を出してくれる。


「ルーシー、キミを巻き込んだのは申し訳ないと思っているが、何処で降ろせばいい?」

「降りたくなったら勝手に降りる」


 ルーシーがぶっきらぼうに言い放ち、イーサンの顔が歪む。


「……危険だぞ」

「だからどうした。そっちのキティが家出したせいで、アタシは囚人よりも息苦しい役割をやらされてんだぞ。少しくらい羽を伸ばさせろ」


 イーサンが諦めたかのような溜息を吐くところを見るに、どうやら同行は決定らしい。

 それにしても、男よりも男らしいな。

 なんなら自分と性別交換してくれないだろうか。


 ……いや、女性になっても顔が変わらなかったらそれはそれで生き苦しいか。


「まぁ今更お荷物が増えたところで別にええんやけど、逃走経路はどうするんや?」


 新顔を前にしてお荷物宣言とは犬走も負けていない。

 とはいえあちらさんは気にしていないようなので、そのまま話を続けることにした。


「エレノアの地元ってシアトルだっけ。そこまで逃げるのはどう?」

「それはちょっとヤメた方がいいカモ……? 確かにワタシの生まれ育った街だけど、友達も皆いなくなったし、助けてくれる人がいないと思うカラ」

「それじゃあシアトル……北方面はなしっと」


 最悪ドンパチするハメになるのに、エレノアの思い出の場所で暴れるわけにもいかない。

 そうなると次の候補は―――。


「イーサン! 他意はないけどテキサスっていいところだよね!」

「絶対にダメだ」


 褒めたのに拒否られた、解せぬ。

 だが北がダメなら南か東しか行く方向がないわけで……。


「そもそも、アユムが追われている理由が分からない状態で入るのは危険だ。下手をすれば自警団にも追われることになるぞ」


 その自警団を組織してるの、イーサンじゃないよね?

 チクらないよねイーサン?

 僕達仲間だよね?


「取り合えずニュースでも見てみよか。モンスターとして追われてるのか、犯罪者として追われてるのか、モンスター犯罪者として追われてるのかで対応もちゃうからな」


 モンスター犯罪者ってなんだよ。

 モンスタークレーマーの亜種か何かか?


 キャンピングカーに備え付けられたモニターをつけると丁度ニュースがやっていた。

 報道内容は……近づいてきている外来異種の群れ、ホードについてだった。


「せやせや、そういや最初はこれを見にきたんやったな」

「それが今では誘拐犯だよ、どうしますかボス」

「取り合えずトカゲの尻尾切りでお前さんを警察に突き出すところからやな」

「じゃあ俺はヤンデレにお前を差し出すことにするわ」


 二人してにらみ合ってバチバチ火花を散らせるが、そんなことしてる暇なかった。

 ニュースではホードの予定進路について報道しており、その近辺には近づかないよう住民に呼びかけていた。


「ねぇイーサン、このホードって街には入らないの?」

「昔は街にも侵入されて多くの犠牲者が出ていたが、今は"L・RAD"がモンスターを遠ざけるのでそれもない。その予定進路も付近に配備されている"L・RAD"で誘導しているものだ」


 成るほどね、つまりわざと近づいたりしなければ人が巻き込まれる心配はないと。


「イーサン、逃走経路が決まった。このホードの進路を通ろう」

「正気か!?」

「いやいや、これがベストだって。ホードの通り道なら封鎖されることはない、パトカーに追われて捕まりそうになっても、逆にホードに突っ込めば追ってくるあっちも巻き込まれる。どうせ追われるなら、潰しあってもらえる環境の方が良くない?」


 少なくともイキナリ銃をぶっ放されるよりかは、外来異種の群れの方が安全だ。

 銃はほんとどうしようもない、知覚外からパーンされたら何もできないもん。


「……分かった、その線でいこう」


 しばらく唸っていたイーサンだが、覚悟を決めて承諾してくれた。


「それでイーサン、これホードの通り道ね」


 スマホの地図に予定進路を書き込んだものを見せる。


「……アユム、ハメたな?」

「俺は悪くない! 悪いのはホードなんだ!!」


 ホードの予定進路はオレゴン州から今いるカルフォルニア州へ。

 そしてそのまま南東へと進み……その先にはテキサス州があった。


 イーサンが物凄く嫌そうな顔をしながらも、理には適っているので反対はしなかった。

 さぁイーサンの地元にゴールする前に自分の無罪が証明されるか勝負だ!


 そこでニュースの方が急に慌しくなっていた。

 どうやら緊急放送らしく、ニュースキャスターの顔つきが険しいものになっていた。


「おっ、どうやらようやく大将のご尊顔がアメリカデビューやな」

「かかってこい! 肖像権侵害で訴えてやる!」


 だが犬走と自分の予想とは裏腹に、サンフランシスコの北にあるゴールデン・ゲート国立保養地についてであった。


『数時間前、ゴールデン・ゲート国立保養地にありました非公式のモンスター研究所においてTier-4に相当するモンスターが研究所を破壊して脱走。ホードに合流する可能性が極めて高いと政府から発表がありました』


 つい先ほど提案した自分の作戦を今すぐなかったことにしたい気持ちがあったが、すぐにそんなものはなくなった。

 ニュースの下部にはモンスターの脱走に巻き込まれた人々の名前が流れており―――そこには、久我さんの名前があった。


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