第112話:強制逃避行
何故、どうしてという疑問を口にする前に、ナージーくんの隣にいた男性が尋ねる。
「イーサン、空港で何かあったんだ?」
「話は後だ。今すぐ支部に向かってくれ!」
「了解、隊長」
「もう軍人ではない、隊長は止めろ」
まるで映画なやり取りをして全員が車に乗り込み、慌てて出発している他の車に便乗してすぐにその場から離脱した。
車で何処とも知らない目的地に向かっている最中、後回しにしていた説明をイーサンがしてくれた。
「簡潔に説明しよう。モンスターを検知するゲートにアユムが引っかかった、モンスター名は皮剥、その場で否定したものの、何名かの警備員が聞く耳を持たずに銃を向けてきた」
「それで、アユムが皆殺しにしてきたと?」
「んなことするかぁ! 普通に逃げてきたわ!」
この人は自分のこと何だと思ってるの!?
そうだ思い出した一緒にイラクとチェルノブイリに行ったジェイコブって人じゃん!
一緒にあんなことやこんなことしたのにそんな危険人物だって思ってたの!?
……いやまぁ思われても仕方ないことしたけどさ。
そんなこちらの気持ちなど知らないといった感じにジェイコブは気楽に笑う。
「いや、悪い。それにしてもとんだサプライズパーティーになったな」
「サプライズパーティー? もしかしてエッチなことをしないと出られない部屋に女の人と一緒に監禁されて、出た瞬間に赤ん坊を持った別の女の人が『あなたの子よ認知して』っていうやつ?」
「悪いな、男なら用意できるんだが」
止めろ止めろ!
それだと監禁部屋に入れられた時点で出られなくなる!!
エレノアが苦笑し、イーサンが咳払いして続きを説明してくれる。
「これから向かう場所はイラクでモンスターを駆除した後に行き場を失った避難民の一部がいるザイオン救済団体のサンフランシスコ支部だ。そこでキミに避難民に会ってもらおうと思っていたのだ」
「え? よくも街一つをぶっ壊してくれたなってお礼参りの為に?」
警察どころか避難民の人達にまで追われるハメになるのか、ヤバイな。
さて今すぐ車のドアを開けて逃げてしまおうかと考えていると、エレノアがツンツンとこちらの腕をつついてきた。
「違うヨ。アユミに見て欲しかったノ、アユムのやってきたコトを」
「俺が……やってきたこと?」
俺ができたことなんて何かを壊すことばっかりで、後は間に合わないことだらけだ。
「アユムはこの仕事、あんまり好きじゃナイよね。それでも知ってほしかったノ」
エレノアが大きく息を吸い、こちらの瞳を真っ直ぐに見つめて告げる。
「アユムのおかげで助かった人もイタんだって。あんまり良くないコトもあったケド、それだけがアユムのやってきたコトじゃないんだって、見てほしかったノ」
あまりにも眩しい顔を向けてくるので目を背けてしまう。
とはいえ、その言葉と親切心そのものを無碍にするわけにもいかないので、誤魔化す為に頭へ手を伸ばす。
「アユム、この手で何をするつもりだ?」
だが助手席にいたイーサンに掴まれた。
「ッスゥー……ナージーくんの……頭を撫でようかなと……」
そしてそのままナージーくんの頭へ手を持っていかれた。
ありがとね、わざわざ持ってきてくれて。
イーサンのそういうところ、頼もしいよ。
それから時間をかけて、何とかザイオン救済団体の支部へと到着した。
見た目が真っ白の大きな家で、どうにも嫌な予感がしたので尋ねてみる。
「ジェイコブさんや……あなた、小さい娘さんがいたりしない?」
「ん? おぉ、よく分かったな。将来はハリウッドスターだ」
どうしよう、某有名映画のラストを考えると今すぐここから逃げたい。
あぁでも父親が生きてるならまだ大丈夫なのか……?
ジェイコブが水中自殺して紅茶を出されたら窓ガラスをぶち破ってでも逃げようそうしよう。
ジェイコブが門を開けて扉に手をかけるところで動きを止め、エレノアの服のフードを被せた。
「すまないエリー、今日だけは顔を隠しておいてくれ。キミの影響力はまだ大きい、ここで下手にバレてまた担ぎ上げられると後任の聖女様との戦争が始まる」
「エット……ワタシは別に争うつもりはないんだケド……」
「そうだろうな。だが周囲の人間が勝手に持ち上げて戦わせるから性質が悪いんだ」
そういえばエレノアって今は亡命の際にザイオン救済団体から脱退してるんだっけ。
でも団体そのものを解散したら行き場を失う人が出るどころか下手するとカルトに引っ張り込まれることもあるので、別の人と挿げ替えたとかなんとか。
……瀬戸際の会も別の人と挿げ替えられねぇかな。
無理か、なりたい人いないだろうし。
ジェイコブが扉を開けてロビーに入る。
想像していたよりも中は広く、各所に複数のテーブルやイスが配置されているものの、まるで礼拝堂のような場所だった。
入口の近くで大勢の人がたむろしている。
その中心にはシスター服のような真っ白のローブを着ている女性がおり、ジェイコブがそちらへ声をかける。
「すまないルーシー、軽く挨拶だけさせてくれ」
すると人の群れが割れて、ルーシーと呼ばれた女性がこちらにやってきた。
「紹介しよう。彼女はルーシー、ここで一番偉いから機嫌を損ねないように」
紹介されたルーシーという女性はエレノアよりも年上のようであり、無表情のままこちらへ会釈した。
「イーサンと、こっちの……は知ってるよな。じゃあ初顔の方だけ紹介しよう。これがあのアユム・コウヤだ。機嫌は損ねてもいいが、噛み癖があるから近づかないでくれ」
まるで野生の犬かワニみたいな扱いである、エサを忘れたらどうなるか思い知らせてやろう。
取り合えずこちらも軽く会釈をする。
手を繋いでいたナージーくんも彼女に向かって手を振るが、無表情のまま一瞥するだけであった。
ちょっと心配になったので横にいたイーサンをつついて尋ねる。
「ねぇ、あの人の機嫌が悪いのって俺の顔が悪いから?」
「彼女はいつも不機嫌なだけだ」
なるほど、ポーカーフェイスのようなものか。
「映画だと昔イーサンが手を出したせいで気まずい雰囲気ってエピソードがあると思うんだけど」
「私にそういう経験はない」
「つまり……俺と同じって、こと!?」
「そう…………だな」
めっちゃ苦虫を噛み潰して飲み込んでるみたいに言うじゃん。
そんなことをしていると外が騒がしくなっていることに気が付き、イーサンが窓辺から確認する。
「警察が集まってきているな。数はまだ少ないが……」
「イーサンが捕まっても、俺だけは味方だから」
「狙いはキミだ」
なんだよまだ分かんないだろ!
どうしてそこで諦めて決め付けるんだよ、もっと疑おうよ!
「奥の部屋に隠れてもらおうとおもったが遅かったな、裏手にもいる」
門の呼び鈴が鳴らされる。
ジェイコブがルーシーさんに目配せをすると彼女が扉を開けに行き、自分達は急いで近くの死角になりそうな場所に隠れた。
スマホの翻訳アプリで音が出るとまずいのでアプリを切ったのだが、何を喋ってるのか分からない。
肉体言語で喋ってくれれば派手な音がするので分かりやすいのに。
「■■■■、■■■■■」
「■■? ■■■■■■■?」
「チッ!」
警察との問答の最中に何か聞こえちゃいけないものが聞こえた気がした。
「ねぇイーサン。今あのルーシーって人、舌打ちしなかった?」
「投げキッスだろう」
そうか警察相手サービス精神が旺盛な聖女様である。
それにしてもまだ話は終わらないのだろうか。
もしかして警察も満更じゃなくて会話を引き伸ばしてる可能性が……!?
と思っていたらイーサンが肩を叩いてきた。
「一応聞いておきたいのだが、キミならこの状況をどうする?」
「そこら辺にいる外来異種を警察に投げて混乱してる隙に逃走」
「"L・RAD"の配備により都市内部でモンスターを見ることはほとんどない」
アメリカの治安よくていいね。
あとは野生の流れ弾さえなければ日本より暮らしやすい国になるんじゃなかろうか。
「それじゃあここに金属ナトリウム・ルビジウム・セシウムとか―――」
「念のために聞いておくが、水と組み合わせるつもりじゃないだろうな」
「やっちゃダメって言われたら、やりたくならない?」
イーサンが眉間を押さえてうなだれる。
どうやら爆発物の利用は条約で禁止されているらしい。
クソッ、ここに法律なんてものがなければ―――とっくに突入されて射殺されてるな。
アメリカが世紀末国家じゃなくて良かった。
さてどうしたものかと考えていると、他の人達がなんだかソワソワしていているように見えた。
そりゃ警察に包囲されてれば不安にもなるか。
……いや、この手があったか!
スマホの電源を入れて音量を最大にする。
そして動画サイトを開いて、ある動画を再生した瞬間にそれを窓ガラスに投げつける。
突然の音に驚き全員がそちらに注目する。
それに合わさるように、外に落ちたスマホから銃撃音が大音量で鳴らされた。
「撃たれたぞ! 逃げろぉ!!」
その声を合図に、支部の中にいた人達がパニックになりルーシーさんを押しのけるようにして外へと逃げていく。
ここが日本だったら「何言ってんだアイツ」みたいな目で見られるところだが、ここは銃社会のアメリカである。
身近にある危険だからこそ皆が敏感に反応するものだ。
「よしこれに紛れて逃げよう!」
「アユム! 後で話がある!」
うん、先ず逃げ切ってからね!
とはいえ、勢いのある人の群れである。
中に入り込もうとしたのだが勢いがありすぎたせいで弾き飛ばされてしまい―――偶然にも、偶然にも入口で警察官と言い合っていたルーシーさんの後ろから抱きつくような姿勢になってしまった。
そして目の前にいる警察官と、黙ったまま見詰め合う。
やっべ……どうしよう、逃げ遅れた。
いや、この状況で先ずやらねばならない事がある!
「痴漢じゃないんです信じてください!!」
大声を出して無罪を主張したのだが、目の前にいた警察官は驚いて後ろへ下がってしまった。
≪タァン!≫
何かが目の前を通過した感覚と銃声。
反射でルーシーさんを抱えたまま地面を転がって中へ避難する。
イーサンとエレノア、更に逃げ遅れたナージーくんも一緒に避難してそのまま扉を閉めてくれたので、近くにあったテーブルやイスをバリケードにして封鎖した。
「撃たれた! 痴漢冤罪で撃たれた!!」
「あれは現行犯で有罪だ。しかし、流石に発砲が早すぎる」
こちらが引き起こした騒動と本物の発砲により周囲は更に喧騒に包まれた。
どうやら野次馬もいるらしく、あそこで逃げ切れれば紛れ込めただけにあの失敗が残念でならない。
まぁある意味では成功とも言えるけど、流石に命を賭けてまでやりたいことではなかった。
そういえばルーシーさんは大丈夫だろうかと思ったが、自分よりも先に立ってこちらを見下していた。
相変わらずの無表情だが、目力が先ほどよりも強くなってる。
不機嫌レベルがあと少し上がればビームが出るかもしれない。
そんな空気を壊すかのように、残り四つあるスマホの一つがバイブレーションで通話を知らせていた。
地獄の草むらから仏が飛び出してくるのを期待して通話ボタンを押す。
『よぉやっと出た! 先に逃げるなんて白状すぎひんか?』
「なんだ、お前か……」
そういえば犬走は空港で消火器を使って煙幕を撒いてたから合流できなかったんだった。
あーあ、久我さんからだったらこの場を打開するような連絡をくれただろうに。
『人様の声聞いて溜息つくとはいい度胸やんけ、あんさんの荷物だけ道路に投げ捨てるで』
「いや今それはどうでも……待った! お前いま何処にいる!?」
『イーサンの同僚からザイオンなんたらの支部におるって聞いてそっちに向かって、今見えたとこやけど……なんや仰山人がおるなぁ』
しめた!
天から雲の糸は降りてこなかったが、騎兵隊は出張してきてくれたようだ!
「実は今ちょっと問題があって……南側から入ってきて」
『南側って……駐車場見えへんで?』
「うん、だからそのまま」
こちらの言いたい事を理解したのか、電話の向こう側で絶句している顔が見えた気がする。
『……速度は?』
「アクセルベタ踏み」
『あーあー……どうなっても知らへんでぇ!!』
そしてけたたましいエンジン音が外から聞こえてきたので、急いで壁から離れる。
野次馬の悲鳴、警察の静止、パトカーとの衝突音。
それら全てを跳ね飛ばして、大きなバンが木製の壁を突き破って中に入ってきた。
「キャアッ!」
近くにいたエレノアが悲鳴をあげるが、今はそれに気にかける余裕はない。
煙の中、急いで声をあげたエレノアを引っ張ってバンの後ろのドアを開けて中に転がり込む。
自分に続きイーサン達も飛び込んできたことを確認して、合図する。
「出せ!」
「あいよぉ!」
そして車は急加速し、再び激しい衝撃が襲う。
自分は落ちないようにエレノアを抱えながら車の取っ手に捕まる。
銃声や大きな声、そしてサイレンの音がするが徐々に遠くなっていった。
身体を起こして後方を見ると、どうやらいきなり乱入してきたこの車によって野次馬がパニックになり、それが邪魔しているようであった。
「あー、助かった。イーサンは大丈夫に決まってるから、エレノアとナージーくんは怪我しなかった?」
「だいじょーぶ!」
「ハイ、ビックリしたけど平気デス」
イーサンに抱えられた二人には怪我一つないようで一安心する。
…………あれ、何かおかしくない?
運転してるのは犬走で、後部座席にはイーサンと抱えられたエレノアとナージーくん。
そして自分が抱えたエレノア……いや、違う!
土煙で分からなかったけどこれエレノア違う!
「……そろそろ離せ、ペンギン野郎」
前略、お袋様お元気でしょうか。
あなたの心配は杞憂に終わり、息子はしっかりと女性を捕まえました。
ええ、どこ出しても恥ずかしい立派な誘拐犯です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます