第111話:袋を食い破る鼠達

「……え、俺のこと?」

「動くな! ゆっくりと両手を頭の後ろに回せ!」

「動かずにゆっくり動けってどうすればいいの!?」


 警備員からの理不尽な要求をどうすればいいのか困っていると、イーサンが銃口から守るように自分の前に立ってくれた。


「アユム、念のために確認したいのだが……キミはアユム本人なのか?」

「本人だよ! こんなツラした奴が他にいるなら拝んでから始末するよ!」

「ならば証明してくれ。でなければ庇いきれない」


 イーサンと言い合ってる間にも係員の人達は避難誘導をして、警備員は続々とやってきている。

 これは早急に自分が人間であることを証明しなければヤバイ。


 しかし証明といってもアプリで撮影するだけではダメなのだろうか?

 いや、今度ポケットに手を入れたら躊躇無く撃たれるかもしれない。

 つまり、言葉で証明しなければならないということだ。


 ……できるかそんなもん!

 言葉で人同士が分かりあえるなら、民族が五つで言語が四つ、三つの宗教と二つの文字を持つ国なんて存在してねぇんだよ!!

 助けてチトー様!!


 ……いや、逆に考えよう。

 人間であることの証明は難しいかもしれないが、皮剥であることを否定する事なら簡単だ。


「アユム、まだか!?」

「任せろ! 鶴の……七面鳥の一声で全部解決してみせる!」


 途中で台詞を噛んだりしないように深呼吸して心を落ち着かせ、そして声をあげた。


「俺は皮剥だッ!!」


 しばらくの沈黙、そして―――。


「本部、対象がモンスターであることを自白した! 攻撃許可を!!」


 こちらに向けられる銃口が増えた。


「なんでだよ! どうしてだよ!?」

「それは私の台詞だ! 今のを聞いてどうして人間であると証明できると思った!?」

「いや皮剥って生きる為に人の顔と記憶を奪うわけじゃん!? そんで殺されない為に必死に外来異種じゃないってことを主張したりするじゃん!? だから皮剥は自分のことを皮剥って言わないの! 常識でしょ!?」


 それを聞き、イーサンは心底呆れた顔をして諭すように語り掛けてきた。


「……キミの常識が、アメリカの常識だとは思わないことだ」

「クソがぁぁああああ!!」


 どうやら事態は更に悪化したようで、このままだと冤罪で射殺されることになる。

 そんな自分を庇うようにエレノアまでこちらにやって来てしまった。


「皆サン、落ち着いてクダサイ! この人は大丈夫です! 信じてください!」

「こっちに来るんだ! それはモンスターだ、キミの知っている人じゃない!」


 だが警備員は彼女の言葉にも聞く耳を持たず、銃は向けられたままである。

 このままでは自分のせいでイーサンとエレノアまで巻き添えになってしまう。

 こうなれば無理にでも逃げるべきかと考えていると、久我さんがこちらの方へと近づいてきた。


「諸君、銃を下ろせ! 彼の身柄は私が保障……ぐっ!」


 そこで言葉は止まり、苦しそうな顔をして膝をついてしまった。

 体調がよくないとは思っていたが、ここまで悪いとは思っていなかった。


 アメリカにとっても大事な要人が倒れたことで全員の視線がそちらに向いた。

 その瞬間、白い煙が周囲を覆いその場に居た全員が混乱する。


「おい早ぉ逃げや!」


 声のした方向を見ると、レバーを紐で固定された複数の消火器を噴射している犬走がいた!

 あいつ見ないと思ったらあんなの用意してたのか。


「イーサン!」


 自分を守ってくれているイーサンの背中を叩く。

 アイコンタクトでこちらの意図を察したイーサンがすぐさま移動を開始し、自分とエレノアもそれに続く。


 その途中、倒れている久我さんと目が会った。

 何を言うべきか迷っていると―――。


「自分の、心配をしなさい……ッ!」


 ガンで苦しんでいるであろう、久我さんに言わせてしまった。

 今ここで何かを言うよりも、先ずは逃げ延びることが安心させる方法だと考えてすぐに全力疾走でその場から逃走した。


 警備員の囲いから突破し、周囲のパニックになった人々に紛れてとにかく走る。

 だが警備員は後ろから横からと的確にこちらへ詰めて来る。


「イーサンこれ逃げ切れると思う!?」

「監視カメラがあるからな、とにかく体力勝負だ。せめて外に出られれば……」


 息を切らしながら階下を降りていくと、突然各所でシャッターが降りて来て通路が封鎖されてしまった。


「体力から筋力勝負に変わったみたいだけど」

「これをどうにかするなら火力だ。今は知力を振り絞って逃げるぞ!」


 そうして再び走り出すが、警備員やシャッターのせいで行動できる範囲が狭まってきている。

 包囲が完了する前にどうにかしなければならない。


 そうだ!

 ガラスの壁一枚の向こうは外なのだ、これを蹴破ればすぐに外出れるじゃん!


 そう思って数少ない自分の体重を乗せた全力のドロップキックをガラスにぶちかますのだが、≪ガィン≫という共に弾き返されて思いっきり腹と地面がディープなキッスをしてしまった。


「アユム、分かってると思うが体当たりした程度でここのガラスは割れんぞ」

「分かってたらやってないわ!」


 そういうのは先に言え先に!

 いや聞く前にやった自分も自分だけどさ!


「二人共離れテ、ワタシが開けるヨ!」


 そうだった、ここには地面どころか山すら切り開いた新世代のエレノアがいた!

 彼女がその力を使う為に両手を合わせる。


 だが遠くから徐々に怒声が近づいてきた。

 エレノアの力は強力だが時間が必要であり、間に合いそうもなかった。


「あーもー! こうなったらどうなっても知らないもんね!!」


 半ばヤケになりながら霞の杖を取り出して、五つあるカプセルの一つをチャンバーに入れる。

 杖の持ち手を捻ると先端にある穴から霧が噴出し、その白い霧は人の頭を掴めるほど大きな狼の爪となった。


 かつて蓬莱で使用した秘密兵器"霞の杖"。

 あの時は火力だけが追求されていたせいでとんでもないことになった。

 今回改良されたこの杖は、持ち手を含めた安全性に配慮されたものである。


 といっても簡単な仕組みだ、カプセルを五つに分けたことで威力を分散させているだけ。

 まぁ五つ全部入れたら前よりヤバイ被害が出るらしいが、そんなことはそうそうないだろう。

 ……なんだろう、急に不安になってきた。


 不吉な気配から目を逸らす為に霞の杖から出て暴れている霧の爪をガラス戸に振り下ろす。


≪ギギイイイイィィ!≫


 不協和音と共にガラス戸は割れるどころか抉られたかのような穴が空き、劇的ビフォターアフターにより通気性が上がり防犯性がガクっと下がった。

 穴から下を覗いたイーサンがエレノアを抱える。


「よし、飛び降りるぞ!」

「えっ? 俺は担いでくれないの!?」

「重量オーバーだ!」

「なんだよそれ、女は軽くて男は重いってことか!? 男女差別だぞ!!」

「そうかなら羽毛のように着地してくれ」


 そう言って一足先にイーサンが飛び降りてしまった。

 大丈夫、飛べる、紅の豚だって飛べだんだから自分だって飛べるはずだ!


 意を決して飛び降りてイーサンの隣に着地するも、落下の衝撃を殺しきれずにそのまま地面を転がってしまった。


「アァーッ! 足が、足が!」

「ああ、ちゃんと付いてるから安心しろ」

「足が三本に!!」

「下品なネタは止めろ!」


 それを聞いてエレノアはキョトンとしており、イーサンはしまったといった顔をした。


「ねぇイーサン、ナニが下品なの? 足が三本あるとナニがどう下品なの?」

「アユム、キミにサプライズを用意しておいた」


 そう言ってイーサンは倒れた自分の首根っこを掴んで無理やり走らせる。

 もちろんまだ立ってないので四足走行するハメになっている。


「イーサン! 他の人が見てる! おかしな趣味な人だって思われちゃうよ!!」

「安心しろ、今のキミは人ではなくモンスターだと思われている」


 そういえばそうだった、皮剥だと間違われているんだった。

 つまり今なら法的にアウトなエッチなことをしても罪には問われないということ……?


「この事態を利用して何かよからぬことをした場合、私が責任をもって駆除するということを忘れるなよ」

「シナイヨ、ソンナコト、シナイアルヨ」

「するのかしないのかどっちなんだ」


 イーサンのドスの効いた声を聞いて、頭の中にあった八十八の不埒な考えを追い出す。

 そうして混乱する人の波を掻き分けて駐車場へと到着した。

 もしかして映画みたいにカギを使わずに車を動かすとかそういうのを見せてくれるのだろうか。


 期待しながら立ち上がってイーサンの後をついていくと、何かを見つけたかのようにそこへ一直線へ走りだした。

 そこには一人の大人と子供がいた。

 こちらに気付いて手を振るその子供を、自分達は知っている。


「フサーム、フサームッ!」


 かつてイラクで大勢を見捨てて逃げた時、たった一人だけ見捨てなかった子供。

 ナージーくんがそこにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る